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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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86話 あのガキは

「では」


 時計塔の外。

 運河が多いためにただでさえ狭い路地。そこに無理矢理詰め入れた馬車に収容されているグレイを確認したエルンストは、ゼノフォードの方に振り返った。


「後日、事情聴取をさせてもらう。貴様の住所を書け」


「嫌だなぁ」


 ゼノフォードは、エルンストが突き出してきた書類に目を落としつつも、それを受け取る気などない、とでもいうように腰に手を当てた。


「個人情報をほいほい人に教えるのは、僕のポリシーに反するんだけど。

 先に個人情報保護規約とか、そういうのを読ませてもらえないかい?」


「貴様が何を言っているかはまるでわからんが、そんなものはない。

 とにかく決まりは決まりだ。本来ならばリテンハイムの警察局に来させるべきところを、この私がわざわざ来てやるといっているのだ。むしろありがたく思え」


「ちぇ、面倒だなぁ。

 どんなに詳しく事情を聞かれたところで、どうせこれからグレイ君が君に話す内容と同じだろうに」


「グレイ君? 誰だそいつは」


「……あー……」


 この容疑者は『ライナー・ドレイガー』として追われていた。事情を知らないエルンストからしてみれば、彼が本当は『ヴァルド・グレイ』であるという事実は知らないのだ。


「……やっぱり、第三者の説明が必要になるかもしれないね」


「初めからそう言っているだろう」


 ゼノフォードは渋々エルンストから書類を受け取り、住所を記載した。

 書き終えたのを確認してエルンストはそれを回収し、丁寧に鞄にしまい込む。

 ここを発つ用意を整えると、エルンストは馬に乗った。


「また近いうちに会いにくる」


 エルンストもエルンストで、仕事なので渋々仕方なく、という感情が滲み出ていた。

 その嫌味な響きを敏感に察知し、ゼノフォードは「ハッ」と鼻で笑った。


「それは楽しみだね。ぶぶ漬けでも用意しておこうかな」


「――フン。いちいち意味のわからん奴だ」


 エルンストが脚で馬体を押し、舌鼓ぜっこ――舌を鳴らして合図をすると、馬はすぐに石畳を蹴り、トルカーナを後にし始めた。


□□□

 森の中。

 先導して凶悪犯を乗せた馬車を連行するエルンストは、手綱を握り締めた。


(――俺は鈍いたちじゃない。だから、いくら連中が隠そうとしたところで、容易に想像がつく)


 脳裏によぎるのは、あのガキだった。


(あいつは――あの『ゼノ』とか名乗ってた奴は。

 ――第二皇子、ゼノフォードだ)


 推論など、するまでもない。

 もう少し捻ることはできなかったのかと思うほどに、安直な名前。

 帽子で隠しているつもりなのかもしれないが、白金色の豊かな髪に紫色の瞳、端麗な顔立ちという、特徴的な容姿。

 ついでに、帝国城の騎士であるアルノーと接点があることも頷ける。アルノーが彼のことを『殿下』と呼んでいたことも。


 しかも以前の動向から、彼がマフィア組織『ピエトラ』と縁があることは確実。

 逃亡したゼノフォードはトルカーナで死したと言われているが、ピエトラが手を回して彼の死を偽装したと考えれば、何ら不思議ではない。


(別に奴の正体に気付いたからといって、城に突き出したりするつもりはない)


 もしもゼノフォードが『本当に』とんでもなく凶悪な罪人だというなら、そうもいかないが――。


(正直、奴が暗殺計画なんて企てるような人間だとは思えんからな)


 ゼノフォードは、こう言っていた。『皆、僕とは会って間もない、赤の他人』と。

 それは裏を返せば、ゼノフォード自身の周囲への認識――少なくとも彼が思う客観的な関係値の認識と言えるだろう。

 つまりゼノフォードは、周囲の人間とは『赤の他人』という関係だと思っているのだ。

 だが同時に彼は、そんな『赤の他人』と言える相手に代わって自ら人質になるような、『超』がつくほどのお人好しなのだ。


(――俺のときも、そうだった)


 エルンストの父オットー・クラウゼが逮捕されたとき、その多額な保釈金を用意したのはゼノフォードだった。

 ゼノフォードは実質的に自分の利になるからと動いただけなのかもしれないが、エルンストが彼に借りがあるのは事実だ。


 とにかくゼノフォードの本性は、耳にしていた噂話――愚かで保身的な自惚れ屋だというものとは、かけ離れているようだった。


 そして。

 もしかすると、本人ですら気付いていないことかもしれないが。


(奴は――異様なほどに、他人を信用しない人間らしい)


 ゼノフォードが人質になっている間、周囲からひそひそと漏れ聞こえてきた言葉によれば、ゼノフォードは魚屋の看板娘を通じて『警察に突入させるように』と仕向けていたらしい。

 だが周囲がそれを是とせず、結果として警察に突入しないようにと騒いでいた――という構図だったと、エルンストはみた。


 が、このような流れになるであろうことは、ゼノフォードも予見していただろう、というのがエルンストの見立てだ。

 だからゼノフォードの意図としては、その真逆――『魚屋の娘ら住民の同情心を刺激し、逆に警察に突入させないよう誘導しようとしていた』可能性の方が高そうだ、とエルンストは踏んでいる。


 ただ一言、『警察の突入を阻止してくれ』と言えばいいものを。それでは不足と考えたのだろう。

 ゼノフォードは、魚屋の娘のことを――そして周囲の人間のことを、まったくと言っていいほど信用していないのだ。


 それからゼノフォードは、説教をしたエルンストに対して、このようなことを言っていた。


『へぇ。これは、看板娘君がよほど熱心に君たちを説得してくれたみたいだね。

 「ただの貧民街の孤児が人質に交代した」って聞けば、君は僕のことなんて顧みずに突入してくるかと思ったのにさ』


 第一印象が良くなかったからなのかもしれないが、彼がエルンストのことを信用していないことは間違いない。

 そして決定打は、これだ。


『僕がいなくなったところで、何がそんなに悲しいんだか』


 そう。

 自分のことを大切に思ってくれている者など、誰もいないと。

 本気で、そう思っているということだ。


 そんな他人を信用しない人間が、暗殺を企てるとして。果たして、公衆の場でマフィアに計画を持ちかける――など、不用心なことをするだろうか?


(奴は何者かに嵌められて、暗殺計画の首謀者という罪を被せられたか。

 或いは何らかの目的があって、自らその罪を被ったのか。

 ――そのいずれかなのだろうな。

 まあ、探るつもりはないが)


 そう、エルンスト自身、探るつもりはない。

 だがもしかしたら、探ろうとしている人間がいるかもしれない。

 いや、真相を探るならば別段まだ良い。


 それよりも、可能性として高いのは。


 ゼノフォードの生存に気付いた、彼を『第一皇子暗殺計画の首謀者』だと信じる者が、彼を捕えようとすることだろう――。


「――ん?」


 何者かが、向かい側から馬で駆けてくる。

 ローブを被った大柄な男。故に正体はわからない。だが――。


「今、帝国の紋章が見えた気がするが――」


 衣服に帝国の紋章をつけている者。それは紛れもなく、帝国城に所属していることを示していた。


 エルンストは、だった今すれ違った男の方を振り返った。

 男が向かう方向は、トルカーナしかない。


 城の人間が、わざわざトルカーナに行く理由はなんだ?

 トルカーナに滞在している休暇中の騎士、アルノー・リーベンタールに用があるのか。

 もしくは――。


「――胸騒ぎがする」


 エルンストは、部下の警官たちに向けて指示をした。


「容疑者をリテンハイムまで移送するように」


 それだけを告げると、エルンストは来た道を引き返した。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新まで、少々お待ちいただけますと幸いです。

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