91.お客様第一号
ゲイルが遠征に行っているので、訓練は毎日ガーディさんと行っている。
ガーディさんは格闘の達人で、双剣使いのゲイルとはまた違った組手ができる。
スキルは特級体術を取得しているが、現実世界での経験が足りないためそのスキルを十全に使いこなせていない。
実際にガーディさんと拳を合わせたときも、『上級に達するであろう体捌き』と言われているので、修練宝塔内で取得したスキルを完全には自分のものにはできていないことが証明されている。
「だいぶ動きが良くなってきたな。上級者の仲間入りと言ってもいいだろう。」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、スキルを持っているとはいえこの短期間でここまで成長するとは思っていなかった」
「全部ガーディさんのおかげですよ。こうして毎日付き合って頂けるんですから」
俺たちは訓練後の夕食を取りながら、今日の一日を振り返るというのが一連の流れになっている。
ガーディさんが持ってきてくれたパンをほおばっていると、ガーディさんが初めて褒めてくれた。
体術は全ての動きの基本だと俺は考えているので、この上達はもの凄く嬉しい。
「ところで、靴磨きの方はどうだ?」
「全然ですね。まあ、気長にやりますよ」
「そうか。…店回りはどうだ?」
ガーディさんもゲイルも【物乞い】というワードを使いたがらない。
俺としてはなんとも思っていないのだが、気を使われているようだ。
「物乞い行脚ですよね、すごく面白いですよ。ずっとブレずに邪険な対応する人もいれば、世間話くらいはしてくれる人もいます。少しずつ、顔見知りが増えるのは嬉しい事です」
「行脚………まあいい。成果が出ず、辛い思いをするならやめておけと言うところだが、お前が面白いというなら続けてみるといい」
「はいっ。仲良くなってくると、いろいろ教えてくれるんですよ。例えば、捨てるものにも段階があって、このゴミ山にくる前に一度別の置場に溜められるんですって。そこは状態の良いゴミが多くて、そこで漁りつくされたあとの残りがこのゴミ山に来るそうなんです。それを当てにしてる人たちからすると、店回りしてゴミを集めようとするのは横取りみたいなことで、イザコザになっちゃうそうなんですよ。だから、捨てるものでも安易に渡せない、っていう事情を教えてもらえました」
「ああ、そういえばそんなところがあったな。行ってみるのか?」
「うーん、行ってみたいとは思いますね。俺は自分のものにできなくても触ればスキルを発動できるので、探してるふりしながらスキルを取得することが可能ですし…。ただ、靴磨きしようとしてるのにそんなところに居たら、お客さん寄り付かないんじゃないかとか、ちょっと悩んでます。縄張りみたいのもありそうですしね」
「まあ、何か面倒ごとがあれば俺に言え。お前もその年にしては異常に強いし頭も回るが、一人でできないこともたくさんあるだろうからな」
「はい!ありがとうございます!」
誰かと話をしながらの食事はとても楽しい。
父さんや母さん、ポロン、シンディ、バダ、それとヴィンスに会えないのは寂しいが、ここでも温かい繋がりを持てている事に心から感謝した。
「ごちそうさまでした!」
―。
(今日も誰も来なかったな。そろそろ一か月になるというのに何の成果も無し………どうしよっかな?)
いつものように一日中靴磨きの客を待っていたが、一向に誰も来ない。
このままさらに待ち続けるのか、場所を変えるのか迷っていた。
だが、靴磨きそのものをやめるつもりはない。
イマイチ成果が出ていない物乞いだって続けるつもりだ。
靴磨きは街や人を観察できるし、物乞いは情報収集ができる。
道行く人の服装や馬車を見るだけで偉い人の階級も予想がつくようになったし、店の品ぞろえを見るだけでも、売れ行きとかどんなものが需要があるのかなど伺い知ることができる。
人脈を作って仲間を増やすという目的の一つに対しては、この動きも効果を発していると思うのだ。
(でもなぁ、金にならないことをずっとやってるのも怪しいよねぇ…)
「おい!」
「えっ?」
いろいろそんなことを考えていると、ふと声をかけられた。
(もしかして、お客様第一号か!?)
気持ちがウキッと跳ねあがる。
「こんな場所で店広げてんじゃねえ!邪魔なんだよ!」
…違ったか、文句を言いに来ただけのようだ。
まあ、考えてみればこれまでこういう事が無かったのが不思議だったのだ。
「これは大変失礼いたしました。今片付けをしますので……」
帽子を取って頭を下げる。
(あれ?この人、どこかで……)
何かこの人の顔に引っかかるものがあった。
下げた頭を上げずに考えこむ。
どうしても思い出せず、そのままチラッと顔を覗き見た。
(あっ!こいつはまさか…ッ!)
思い出した。
この男、開拓村を襲撃してガナイをリンチしていた狼騎兵のうちの一人だ。
あの時のことはロッカの時からずっと未だに夢に見る程の出来事だ。
忘れられるわけがない。
当然、スキルを失ったガナイを集団で襲った連中の顔もしっかりと脳裏に焼き付いている。
カッと頭に血が上っていくのが自分でも分かった。
―叩きのめしてやるッ
ほぼ反射的にそう思い、右手に土氷剣を創り出そうと魔力を練ろうとした、その時。
「あれっ?ボレスさんじゃないですか?こんなところでなにやってるんです?」
後方から別な男が話しかけてきた。
その声にハッと我に返って、練り上げようとした魔力を体内で霧散させる。
(あ、危ないところだった…っ。こんな場所で騒ぎを起こしたら打倒ミジョウどころではなくなってしまうぞ)
「んんっ?なんだお前か、ペニー。先に帰ったんじゃなかったのか?」
声をかけられた男が後ろを振り返る。
どうやら、おかげでこの男にはバレなかったようだ。
「ボレスさんこそですよ。まだこんなところにいたんですか?遠征帰りの一杯をやろうって隊長が言ってたじゃないですか」
このボレスとかいうやつは襲撃時と同じ戦闘用の格好のようだが、あとから来たこの兄さんはビシっと身なりを整えていて、ルックスもイケメンだ。
「ボレスさん、この子に靴磨き頼むんですか?ボレスさんがオシャレに気を遣うなんて、もしかして誰か目当ての子でもできたとか?」
ニヤッとしながら気さくに話しを振られたボレスが慌てて言葉を返す。
「バカ言うな!このガキがこんな場所で店広げてて邪魔くせぇから追っ払ってやろうとしたんだよ!」
「追っ払うって………別に悪い事してないと思いますけど?ほかの露店なんかもっとデカデカと店広げてますよ。かわいいもんじゃないですか」
「そうは言ってもだな、前は無かったのに目障りなんだよ、こんな場所で……」
目障りとはひどい言い草だ。
初日こそテキトーに店を開いたが、次の日には周りの露店さんとか警備兵さんにも話を聞いて、どこで商売しても問題ないと確認を取っている。
「まあまあ良いじゃないですか。それより、準備してきてくださいよ。遅れちゃいますよ?」
「うあッ、そうだったぜ!体拭いてから、急いで行くからよ!」
ボレスはそう言って、向こう側へと急いで走り去った。
「ちゃーんと、おめかししてから来るんですよ~!?」
茶化されたボレスは遠くから『うるせえ!そんなんじゃねえ!』と叫んでいた。
(ふう、こんなこともあるんだな。あの時の事を思い出すと、途端に制御が効かなくなりそうだ。慎重に過ごしていかないとな…)
「靴磨き、頼める?」
「………えっ?」
心の中で反省していると、突然話しかけられてビックリしてしまった。
お兄さんはこちらの反応に逆にビックリしている。
「え?君、靴磨き屋さんじゃないの?」
「えっ?」
「えっ?」
「「………………」」
お互いにキョトンとした後、無言になってしまった。
「お、お客様ということでしょうか?」
「そうだよ。じゃなきゃ声かけないでしょ?」
「す、すみません!初めてのお客さまなので、対応ができずに………申し訳ございませんでした!」
慌てて取り繕うと、楽しそうに声を上げて笑った。
「あはははっ、いいよいいよ。それじゃ、早速お願いしようかな?」
「はい!よろこんで!」
前世でも自分の革靴を毎日欠かさず磨いていたし、ここ一か月間ずっと見本用の靴を磨いていたから、手つきもそれなりにサマになっていると自分で思う。
「先ほどはありがとうございました」
「別にお礼を言われるほどの事じゃないよ。それにしても、へぇ…。僕が初めての客にしては手つきが良いね」
「本当ですか?ありがとうございます」
「この辺であまり靴磨きに水を使う人を見たことがないんだけど、皮は痛まないの?」
「ああ、それなんですけど、誤解なんです。こうやって十分に水で湿らせた布で汚れを浮かせて落とした方が良いんです。このまま油で拭き上げてしまうと、汚れが付いたままになって逆に良くないんですよ」
「そうなんだ、知らなかったよ。確かに汚れが落ちてきたね」
「ありがとうございます。それにしても良い靴ですね。何の皮か聞いても?」
「ああ、これはブラックホーンっていう牛型の魔物の皮でできてるんだ。そこまで珍しい素材でもないけど、丈夫で長持ちするし、履き心地もいいから結構人気なんだよ」
「そうでしたか。教えて頂き、ありがとうございます」
そんな会話をしながら、記念すべき第一号のお客様の靴を丁寧に磨き上げた。
もっとうまい人はいるのだろうが、胸を張れる出来だと思う。
「お待たせしました。出来上がりです!」
「おお、すごいね!これでお店に行っても恥ずかしくないよ。実は狙ってた女の子にも会いに行こうと思ってね」
なるほど、プレイボーイでしたか。
存分にそのルックスを活用していらっしゃるというわけですね。羨ましい。
「お役に立てて何よりです!」
「ははっ。ところでお代は?」
「銅貨3枚です」
「相場も勉強しているね。さすがだよ」
「よろしければ、ぜひまたいらしてください」
「ああ、そのときには声をかけるよ」
いい仕事ができたと満足感いっぱいで深々とお辞儀をした。
「……………………?」
イケメンお兄さんの足が動くまで頭を上げないつもりだったが、歩き出す気配がない。
どうしたのだろうと不思議に思い、顔を上げるとなぜか頭を下げている。
「ど、どうなされたのですか?」
慌てて声をかけると、お兄さんは悲痛そうな顔で肩を震わせながら謝罪してきた。
「開拓村では、本当にすまなかったね。そしてアザルトの事、本当にありがとう…」
―ッ!
(そ、そうか!さっきの狼騎兵と同じ隊の人間かッ!)
ボレスとかいう男と同じ仕事をしているなら、このイケメン男だって狼騎兵なのだ。
そんな単純な事を完全に失念してしまっていた俺であった。