89.鍛冶屋にて
「おっ。また来やがったな、変な物乞い野郎」
靴磨きを始めて5日間が経過した。
変わらずの閑古鳥だが、まだ一か月も経っていないのだから焦る段階じゃない。
そもそも普通にスキルを取得しようと思ったら、相応の期間を要した血の滲むような努力が必要になるのだ。
じっくりとやっていこう。
ところで今はある鍛冶屋の店に来ている。
『物乞い』のためだ。
俺のように捨てるものをねだりに来る子供たちは多いらしいが、当然ほとんどのお店で門前払いを喰らう。
カリムさんも最初はそんな店主の一人だった。
そのカリムさんに『変な物乞い』と言われるのは最初の出会いに原因があったからなのだが…。
―物乞い開始初日のこと。
「すみません、捨てるだけのゴミやガラクタはありませんか?」
何件もあるお店を手当たり次第に声をかけてゴミ集めをしているうちに、カリムさんの店に辿り着いた。
(ようやく見つけたよ…カリムさんの店)
カウンターの向こう側で作業をしている長身スキンヘッドの店主に声をかけると、彼はウンザリした様子で顔を顰めた。
「またか…。まったく、闘技場のおかげで商いができてる俺が言うのもなんなんだが、貧困連中の救済も国の仕事だと思うんだがな」
ボソッとそんな呟きが聞こえたが、俺は知っている。
この人は、『助けてやりたいのはやまやまなんだがな…』といつも心の中で考えているのだ。
他の店の人たちはそうではない。
目の前の利益以外は全て害虫、とでも言うように問答無用で追い出されてしまうのだ。
「おい、お前にくれてやれる物は何もねえ!とっとと帰んな!」
口調は荒くて怒っているようにも見えるが、俺は知っている。
この人は身寄りのない子供を見ていられないだけなのだ。
「もしかして、僕みたいな人って結構来るんですか?」
カリムさんの怒声に怯むことなく質問する。
すると、その顔がますます険しくなった。
「…ああ。お前だけじゃねえ。子供も大人も、食い扶持を探して毎日のようにここにくるんだ。特別扱いはできねえのさ。分かったらさっさと…」
なんとなく、言いたいことは分かるな。
ゴミであれガラクタであれ、一つでも渡してしまえばその人は味をしめて毎日ねだりに来るだろう。
さらに、周りの人間はどうしてあいつだけ、と不満を募らせる。
最後には喧嘩や殺人にまで事が大きくなってしまう可能性だってあるのだ。
もしかしたら、以前にそういうトラブルがあったのかもしれない。
早く追い出したいカリムさんの言葉を最後まで聞くことなく、俺はガラクタになってしまった武器や防具が無造作に入れられている箱に向かった。
そして、刃がボロボロに欠けている長剣を一つ手に取って眺めた。
「おい!帰れと言ってるだろうが!」
俺はその短剣を持ったままカリムさんに向き合った。
「これボロボロだけど、店主さんなら研ぎなおせば使えるようになるよね?どうしてやらないの?」
「………ッ!?」
「剣そのものに歪みは無いし、持ち手の部分もしっかりしてるから、この店なら何なら短剣にして売り出すこともできるんじゃない?」
そう言いながら俺は、懐から布に包まれたものを取り出した。
折れた刃、だけになった元は長剣だったものである。
「お、お前に何が分かる!いい加減なことをッ! ………む、それは?」
「ゴミ山から拾った長剣のなれの果てを、捨てられた砥石の欠片で修繕してみました」
カリムさんの目の色が変わった。
「………お前、どこで習った?」
ふふふ、やはり食いついてきたな。
当然だ。カリムさん本人に修行を付けてもらったのだからな。
ロッカがため込んだスキルの中に、カリムさんの刃物研ぎのスキルがあったのだ。
やってもやっても上手くいかず、スキル空間の中でだが、その修行は実に3年ほどかかったし、
他にもプラス5年ほどかけてたくさんの修繕技術を学んだ。
それでどうにか上級鍛冶のスキルを取得するに至ったのだ。
ただ、裁縫や調理についてもそうなのだが、一から作ろうとすると碌でもない物しか作れない。
リペアはできるが、素材からでは剣の一本もまともに打てはしない。
助手の腕も修繕技術も一人前と認められたが、一から作ることができないのだ。
調理も同じで、上級調理スキルがあるにも拘らず【下準備のみ】の限定がついているためか、どう見ても食べ物でない物ができてしまう。
下準備までは完璧なのだが何故か見た目と味付けが悪魔への生贄みたいなものができてしまうのだ。
裁縫についても以下同文で、布を切り出すところから作り始めると、最終的に腕や頭を出すことができない立派な雑巾だけが手元に残る。
(修理だけはできるんだけどなぁ…)
不思議に思っているとエマさんが、
『人格の全然違うロッカと一つになったため、感覚が安定していないんじゃないか?』
とアドバイスをくれた。
『時間が解決してくれるってことですかね?』
と俺が聞くと、何も言わずにニッコリするだけだった。
(えっ?もしかして俺は死ぬまで生贄料理しか作れないのか?キャベツの千切りとかすげえ早いのに、それだけなの……俺?)
と、落ち込んだ。
まあ、それは置いておいてカリムさんが食い殺すような目で睨みつけてくる。
「どこで習ったと聞いているんだ、答えろっ!これは俺の研ぎ方だ!弟子でもなければこんな芸当はできるはずがない!」
目つきは怖いけど、優しい性格を知っているから怖くない。
「スキルですよ。自分はスキル持ちですからね」
「なんのスキルだ!?」
「物乞いに来てなんですけど、それを言う必要あります?」
「ぬっ?……んん……それは、だな…」
さっきまでの剣幕はどこへやら、急に黙り込んでしまった。
工房を見渡して、ずっと呻りながら俺の磨いた長剣の刃を不思議そうに眺めるカリムさんに話しかける。
「この箱の中にある武具、ここで俺に修理させてもらえませんか?」
「なに?」
「もし、これらを二束三文でも売れる状態にできたら、捨てるほかない残った本当のジャンク品を俺に譲ってほしいんです」
カリムさんの目が点になった。
パチクリしているが、白髪交じりの無精髭が生えているおっさんなので可愛くはない。
「……金が欲しいとは言わんのか?」
「お金は要りません。まあ、欲しくないと言えばウソになりますが、他人の持ち物で稼ごうなんて考えはありません。物乞いには物乞いなりのプライドがあるんです」
「も、物乞いのプライド……?なんだかよく分からん奴だな…」
スキンヘッドの頭を前後に何度も撫でながら、何やら考え込んでいる。
やがて、俺の提案について答えが出たのかその手が止まった。
「分かった。金はビタ一文払わねえが、それでいいなら来てみてもいい」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、俺は名乗らねえしお前の名前も聞かない。変に慣れ合うと面倒だからな。」
「了解しました!」
こうして、俺は『変な物乞い』としてカリムさんの店で武具の修理をすることになったのだった。
―。
「今日も修理を心待ちにしている物がいっぱいあるぞ、変な物乞い」
「有難くやらせてもらいますよ、店主殿」




