88.靴磨き初日
あれから俺は、数日の準備期間をおいて市街地の方へ来ていた。
計画していた靴磨きを実行するためである。
最初の10日間程はいろんな店を回ってゴミを集めた。
靴を磨くための布を手に入れなければならないし、いつまでもガーディさんの食事を頼っているわけにもいかないからだ。
運が良かったのは、ゴミの中から修理可能な革製のベルトや手袋などを見つけることができたことだ。
一日、ゴミ集めをして精々3つか4つくらいしか使えそうな物はなかったが、それでも10日ほどで最低限の靴磨き道具を揃えることができた。
それと、ゴミの中から今着ているボロ服より余程上等なものを探せたのも良かった。
水魔法で洗浄し、火と風魔法のドライヤーで乾かして裁縫スキルで修繕をして自分の物とした。
『服くらい準備してやる』
とガーディさんもゲイルも言ってくれたが、どこで俺たちの繋がりがバレるか分からない。
どうにもならない時には力を貸してほしいと、今のところは気持ちだけありがたくいただく事にした。
多少ダボつき感はあるが、まずまず清潔感のある身なりに仕上がった。
清潔感は客商売する者にとって必須の条件だろう。
自分としては、仕立て直した濃い緑色のベレー帽がお気に入りである。
「さて、と…」
布の切れ端を縫い合わせたズダ袋に道具を入れて少しブラつく。
(宿場はあっちに固まってて、闘技場はそっちだから……ふむ、この辺りにしてみるかな)
ここなら道も広いため見晴らしも良い。多少、靴磨きのために馬車が止まっても渋滞を起こすことはないだろう。
大きな布を敷いて捨てられた木材で作った簡素な台を置き、脇に道具を並べて腰を下ろす。
靴磨きだと分かりやすいように、ゴミから拾った靴を予め磨いておいてこれも脇に置いておく。
準備ができたと見本用の靴を一つ手に取り、俺は静かに靴を磨き始めた。
(なるほどね、朝は結構早くから闘技場に向かうんだな。)
今は日の出後2時間くらいたった頃だ。
そんな時間から馬車は宿場町の方から次々と闘技場に向かっていく。
馬車のまわりを護衛らしき人たちが囲うように追随する。
(おっ。あの盾、呼んでいるな)
(あのハンマーも光ってるな。上背はないのにあんなに大きなハンマーを振り回すのか?触れれば上級棒術を取得できそうだが………ま、焦らずに行こう)
そんなことを思いながら、素通りしていく馬車と人々を観察し続けた。
しばらくすると、闘技場の方から大きな歓声が聞こえてきた。
それと同時に人通りも落ち着いてきたが、俺は黙々と見本の靴を磨き続けた。
空が赤く染まり始めても、誰も靴を磨いてほしいと近寄ってはこない。
(とりあえず、宿場への帰りまで粘ってみるか)
闘技場からの馬車が動き始めたが、結局この日は誰も靴を磨きには来なかった。
―。
「あめえ!」
「ぐぅ…っ!」
「なんだそれは!もっと、剣筋を見極めねえと今みたいに吹っ飛ばされるのがオチだ!」
「ああ…!分かってるよ!もう一回だ!」
相変わらずのゴミ山に帰ってきた俺は、ゲイルに剣の稽古をつけてもらっていた。
ゲイルのような剣捌きをするにはまだまだ先が遠そうである。
「ほらよ、食いやがれ」
少しずつ、自分でもゴミ集めからの修理、そして売却、と金を作ることができてはいるが、ガーディさんもゲイルも食事を持ってきてくれる。
いずれは、稽古のお礼に飯をごちそうできるようになりたい。
「サンキュー」
ガーディさんには頭が上がらないが、俺はゲイルには遠慮がない。
その方が、俺達らしい関係な感じがする。
「ところでよ、今日行ってきたんだろ?靴磨き。どうだった?」
「今日はボウズだったな。ま、初日だしこんなもんだろう。何日かやってみるが、日が暮れる辺りには宿場町付近に行ってみるのもアリかと思ってる」
「そうか、あんまりノンビリも困るが、焦らずにな」
「ああ、分かってるよ」
「それにしても、ここがゴミ山の真下だなんてな。お前の多芸ぶりには舌を巻くよ」
「そりゃどうも」
そう。
俺は土魔法を使って穴を掘り、ゴミ山の下に地下室を作ったのだ。
運よく上級にまで上がっていた土魔法を使えば、臭いも水漏れもしない空間に加工するのは簡単な事だった。
空気循環だけは今のところ自分の風魔法でどうにかしている。
街の外まで穴を伸ばし、そこから風を取り込むのが、今は精一杯なのだが、まあ、そのくらいなら俺の魔力総量をもってすれば一年中続けられる。
「そっちはどうだ?クロコの方は見つかりそうか?」
「いや、ダメだな。そもそも俺らは最近外回りが主だからな。接点すら見つからねえ」
「そうか。まず、安全第一で頼むよ」
「そうだな」
それから一時、会話が止まる。
こんなとき、大体ゲイルが考えている事は一つなんだ。
「なあ、ショーンは……」
「大丈夫。今日も行ってきたよ」
「そうか。すまねえな…」
「なんてことねえよ」
「そうか、すまねえな…」
「何回言うんだよ。謝るなって」
「……ああ」
ショーンさんは禁断症状が出ている。
ゲイル特製仕様の小屋だから壊れずにいるが、酷い暴れようだ。
相棒のそんな姿を見ていられない様子のゲイルに代わり、俺がお世話をしているのだ。
稽古と飯の恩返しというのもある。
この話題が終わると、ゲイルは自分の家に帰っていく。
首を鳴らしながら立ち上がった。
「さて、明日から20日程遠征に出る。しばらく稽古はつけてやれないが、とりあえず、無事でいてくれ」
「20日か、長いな。お前もケガなんかするなよ」
「はっ、誰にそんな口聞いてんだ?」
こんなふうにして、俺の靴磨きとしての初日は終わった。




