閑話4.トークンにて
「ただいまー!」
ダンジョンと冒険者の街・トークン。
その街のとある宿屋に大きな声が鳴り響いた。
宿屋の名前は『シーガル・ジャーニー』。
近くに海はないというのに、海鳥のシルエットが看板になっているという、少しだけおかしな店なのだが、煮込みシチューが絶品と評判の宿屋だった。
今は、昼時間も過ぎてお客もほとんどこない静かな時間帯。
夜の仕込みの真っ最中だった強面の店主は、突然の来訪者に目玉が飛び出るほどに仰天した。
「お、お前ミアか!?」
「あら、父さんただいま。元気そうね」
「た、ただいまってお前…!」
店主の名前はジョナ。
ミアの父親だった。
娘のミアが評判の悪い男と一緒になると言って出て行ったきり、早8年。
ビックリするなという方が無理な話である。
「ミア!?あなた今、ミアって言わなかった!?」
三階の部屋を掃除していたのは母親のアニーだ。
ジョナの声を聞きつけてドタバタと階段を駆け下りてくる。
「ミアって聞こえたけど………ああッ!本当にミアなのね!?」
「ただいま母さん!」
「ああっ!ミア!よく無事で…!」
母のアニーはミアと抱き合って再開を喜び、一方の父ジョナは口をパクパクさせてその二人のやり取りを見ているばかりだ。
「…こ、ここがミアさんの家?」
「そう……みたいね」
「あーい!」
ガナイとミアに引き取られることになったバダと、シンディ、は宿屋の入り口でその様子を唖然として見ていた。
ポロンだけはいつも通り、平常運転である。
―。
開拓の村からトークンの街へと無事に避難を終えた一行は、とりあえず宿屋を営んでいるというミアの実家に足を運んだ。
開拓村の人たちにとって、ツテと言えるものはそれぐらいしかなかったからだ。
「ねえ母さん、2,3日みんなを泊められないかしら?」
とりあえず、食事場所に村の皆を案内し、お茶を出してもてなすアニー。
ミアとシンディとバダは同じテーブルに座り、その向かいにジョナとアニーが座っている。
ジョナは不機嫌そうに横を向いて座っていた。
ポロンは………というと、既にアニーの膝の上にニコニコしながら寛いでいた。
「ん?いいんじゃないかしら。ねえ、あなた?ポロンもそうしたいわよね?」
「あい!」
「うふふ、ポロンはとってもかわいいわねぇ」
アニーはとても成人となった娘がいるとは思えないほど美人で若々しい。
ミアの姉と言ってもいいくらいに似ていて、しかもスタイル抜群のミアより胸も大きい。
「い、いやしかしだな、アニー!ミアはあの男と突然いなくなって今まで何の便りも無かったんだ!今更戻ってきてどういう………!」
どうやら、父のジョナはミアがガナイと一緒になる事を認めたくなかったらしい。
強面の男がアタフタと言葉を並べている姿は、あまり格好のいいものではない。
そんなジョナの言葉に、アニーの目がギラリと光った。
「突然いなくなったって言うけれど、それは、あなたがミアの話を聞かなかったからでしょう?私はちゃんと経緯も含めて聞いてるわよ?もちろん、ガナイ君とも話しているしね。娘の結婚から逃げて知らないふりをしているあなたが悪いのよ。」
「ぐっ…!」
「大体、困ってる娘を助けてやれない程、器の小さい男だったのかしら?この宿の店主様は?」
「ふぐぅ…!」
強面のジョナは撃沈した。
この男に、もはや何の発言権もありはしないだろう。
その後、ミアはこれまでの経緯を両親に話した。
開拓をし始めた頃の大変さとそれが軌道に乗ってきたことは楽しそうに聞いてくれていた。ジョナは横を向いたままである。さっきとまでと違うのは首が折れる程、項垂れて落ち込んでいることだった。
「見ての通り、30人くらいいるんだけど………大丈夫かな?」
「大丈夫よ!少し窮屈かもしれないけど、皆さんが寝る場所ぐらいは作って見せるわ!」
「さすが母さん!ありがとう!」
ミアとその母親アニーの会話に誰一人として着いていけない。
まあ、そのおかげでとりあえずは寝る場所に困ることは無くなったので深く考える者はいなかった。
「でも、さすがに全員分の食事代とかを賄うことは難しいわ…」
口もとに手を当てて、困った顔をするアニー。
なんでもないそんな仕草を見て、避難してきた何人かの男が見とれてしまった。
「ぬう…っ!?」
その様子を見たジョナに睨みつけられて、視線を釘づけにされていた男たちはそそくさと視線を外す。
(この店、アニーさんのおかげで成り立ってるな…)
と誰もが思った。
そんなことは意に介さずミアが元気よくアニーの心配事に答えた。
「大丈夫よ!ここに来た時点で戦いの毎日が待ってるって皆が覚悟しているもの!早速今から食材を取りに向かうわよ!」
「うおおぉぉっ!」
宿屋、シーガル・ジャーニーに開拓村の男たちの声が鳴り響いたのだった。