閑話3.友のために
「なんでだよ!?なんで俺は狼騎兵との戦いに行けないんだよ!?」
「バカ者!お前が行ったところでどうなるというんだ!ガナイの足手まといになるだけだ!」
「でも、ロイだって一緒じゃないか! 俺は、ロイの力になりたいだけなのに…ッ!!」
ロイとガナイが狼騎兵との戦いに備えている頃、ケセナの街に避難する集団の中で盛大な親子喧嘩が行われていた。
友人一号のヴィンスと、その父親デンゴである。
ヴィンスはロイたちと一緒に残りたかった。
残って村のために、ロイのために狼騎兵と戦いたかった。
妹を亡くした事で心が荒れ、他人を傷つけることばかりしていたが、ロイとポロンの兄弟に自分の愚かさを気付かせてもらった。
赤子のポロンを抱いたロイに石を投げつけた自分を許して友達として受け入れてくれた。
シンディやバダからも邪険にされたが、そんな二人のためにも体を張って助けてやっていた。
そんなロイを心から尊敬した。
―風魔法だって使えるようになったんだ!それでロイたちを助けるんだ!
ヴィンスはそう強く心に思ったが、当然、父親のデンゴが6歳の子供を戦闘に向かわせるという暴挙に出るはずもない。
猛烈に反対され、烈火のごとき激しさで怒鳴られた。
「6歳やそこらのお前などが行っても邪魔だと言ってるんだ!」
「ロイだって子どもだろ!」
「ロイとお前は違う!なぜ…!なぜにそれが分からんのだ!」
デンゴにとって、ロイは難しい存在だ。
一時期、荒れていたヴィンスが突然大人しくなった。
やんちゃ坊主なのには変わりないが、当たり散らすような乱暴さが無くなり、明るく健全な子どもに戻った。
それに一役買っていたのがロイであることは分かってはいたが、ロイの非凡さは尋常ではない。
不治の病と言われた魔力過多症から弟ポロンを救い出し、ゴブリンの群れを僅か6歳で魔法で全滅させ、大人でも知りえない知識と知恵を小さな体の中に秘めている。
デンゴはロイの事をガナイと同じ次元の生き物と見るようになった。
ロイも化け物である――と。
二人の心持ちが、優しさで溢れている事は知っていたが、自分に理解できない範疇にいる二人とは適度な距離を取ってきた。
それが自分と家族を守るのに必要なことだと考えていたからだ。
しかし、息子のヴィンスはロイに傾倒した。
経緯からすればそうなるのも仕方ないように思えるのだが、デンゴは不安でしかなかった。
そして、ヴィンスは当然のように今回の狼騎兵との戦闘を志願した。
父としてデンゴが焦り、ヴィンスを思えばこそ怒り狂うのも仕方のない事だった。
「いいかヴィンス」
「………」
「おそらくだが、ガナイとロイの防衛は成功すると俺は見ている」
「―っ!?」
「狼騎兵の強さは周知の事実ではあるが、ガナイのそれは常軌を逸している。常識から外れているという意味ではロイも同じだ。その二人が殿を務めるんだ、普通ではない結果が起きても何の不思議もない」
デンゴの言葉にヴィンスは驚いた。
推測で楽観的な事を言わない堅物の父親がそんなことを言ったからだ。
驚きに戸惑っていると、デンゴは努めて冷静に、そして静かに語り掛け始めた。
「お前という戦力は、多少、二人の力になれるかもしれん。だが、戦場に立つという事は裏を返せば敵の標的になり得るということなのだ。そしてお前が狙われればガナイ達はお前を守るために命を懸けてくれるだろう。だがそこで万が一、お前のためにガナイ達が命を落とすようなことがあった時、お前はミアやポロンたちにどういう顔を向けるつもりだ?」
「………ッ!」
ヴィンスの目の前に、血だまりの中で倒れるガナイとロイの光景が浮かんだ。
そして、その傍でで泣き崩れるミアとポロンの姿までも―。
唇を噛み、そのイメージを払拭しようともがくが、どうしても最悪の想像が頭から離れなかった。
「…お前にはまだ早いのだ。狩人として歴の長い俺でさえ、狼騎兵との戦いではガナイはおろかロイにだって及ばないだろう」
「…………親父でも、なのか?」
「魔物相手と人間相手では立ち回りも警戒すべきことも変わってくるものだ」
ふう、一つ息を入れてデンゴは真っすぐにヴィンスを見る。
「これからだ。お前の全てはこれからなのだ、ヴィンス。
自分を知り、人を知り、狩りを知り、戦いを知る。それができなければロイの隣に並び立つことはできないと思え」
ヴィンスは拳を握り、歯を食いしばってうなだれた。
足元が涙に濡れた。
デンゴは少しの間、友のために何もできない自分の無力さに打ちひしがれている息子を待った。
賢く、心の優しいこの息子は、やがて自分で顔をあげて前を向けると信じていた。
「……親父。俺に弓を教えてくれよ」
ヴィンスがそこから歩き出すのに、そう時間はかからなかった。
―――。
ケセナの街のはずれにある森の中に、一組の親子が入っていく。
二人とも、既に胸当てや弓籠手を身に付けた狩人の装いだ。
「…………」
「…………」
決して親子仲が悪いわけではなく、家ではむしろちゃんと会話をする関係である。
しかし、二人は家からここまで移動する間、ずっと無言だった。
息子が何も喋らないのは、自分が狩人として森の中でどう立ち回るかを頭の中でシミュレーションしているのだとこの親は知っていた。
だから、森に入るまでは声をかけることはしなかった。
「ヴィンス」
「はい、師匠」
ケセナに来た時から、ヴィンスは狩人として接するときは父のデンゴを師匠と呼んだ。
それが親子の甘えを消すためだと自分で辿り着いた結論だと思ったデンゴは、頼もしくなった息子を嬉しく思う気持ちと、早すぎる親離れの寂しさを同時に抱いた。
「本来6歳の子どもが獲物を仕留める弓を引くなどできようはずがない。しかし、お前は風の力を借りてその不可能を可能にできる。弓そのものの訓練でもお前の筋は悪くないと見ている。」
「はい」
「ロイがどんな道を歩こうとするのかは分からんが、トークンに住んでいれば必然と冒険者にならざるを得ないだろう。才能もあるしな。だが、お前はまず、狩人としての経験を積んでほしい」
「………」
「ロイと一緒に冒険者になるのだとしても、ここでの狩人としての経験が、きっとお前たちの助けになってくれるはずだと俺は思っている」
「わかりました」
「励め、ヴィンスっ!
…ロイの隣はきっと恐ろしく大変だぞ?」
「はい!」
短い会話を終えた親子が、さらに深い森へと進んでいった。
優秀な狩人が多くいるケセナの街。
そんな街の中でも、デンゴはその腕を誰からも認められるほどに優秀な狩人だった。
そのデンゴから狩人として合格を言い渡されるまでに、ヴィンスは2年とかからなかった。




