閑話2.狼騎兵の帰還
「ゲイル隊長、本当に、スラムに置いてくるんですか?」
「ん?」
「あのガキの事ですよ」
「…ミジョウ様のご指示だ。しょうがないだろう。」
「あのガキ、みどころあったんですけどね…」
「元々の人格を上書きされたんだ。もはや災害と共に我らを翻弄した人物ではない。忘れろ、考えすぎると体に悪い。」
「し、しかし―っ!」
意識を失ったロイを連れて、狼騎兵たちはガンデッド国へ帰ってきていた。
ガナイにケガを負わされた兵士や魔狼たちは救護棟へ行ったり、自分の部屋に戻ったりしていたが、狼騎兵隊長のゲイルの周りに何人かの兵が残って話をしていた。
その中には、副隊長のキッドのほか、ペニー、ショーンといった中心人物も混ざっている。
3人ともゲイルの人柄についてきた男たちで、ゲイルもこの3人のことを特に信頼していた。
「…お前らの気持ちは分かる。はっきり言って、あの親子の姿には俺だって揺れたよ。だが、どうしようもないんだ。俺たちは囚人ではなくなったが、ガンデッドから出られない、奴隷のような扱いだ。どうしようも、ないんだよ…」
自分の父である災害ガナイのために、村の連中のために頭を擦り付けて嘆願し、自分一人が犠牲になろうとした6歳の子供の姿を見て、何も思わないはずがなかった。
「でもですよ!?
俺たちが村人を追った時に見つけたアザルトの奴が、自分が浸かっていた水のプールに近づこうとする俺たちを威嚇して拒んだんです!
あのプールは、きっとあのガキがアザルトのために作ったものですよ!」
そんなふうに声をあげたのはペニーだった。
まだ年若い彼は、特に感情的になっている。
「落ち着け、ペニー」
「だけど…!」
キッドに諭されて、少しだけペニーは落ち着いて話すようになった。
「…アザルトの奴、妊娠してましたよ。きっと、何かの拍子に流産の危険が起きて、それをあのガキが敵であるアザルトとお腹の赤ちゃんを助けたにちがいないんです。あんな、回復効果のある水、俺は他に知りませんからね…。」
その言葉を聞き、誰もが口を噤んだ。
自分の家族や仲間に対してならまだしも、敵であり言葉すら通じない魔狼に対しても、そこまでの気持ちを行動に表すことがどれだけ大変で尊い事か。
それが分からない者はこの場にはいなかった。
「…アザルトは俺たちと一緒には来なかったな」
誰かの言葉に、皆が無言で頷いた。
「あのプール、というか水そのものを守ってたような感じだった」
「スタークスの馬鹿、また荒れるな…」
皆がポツリポツリと話し出す中、副隊長キッドの一言で重苦しい空気が少しだけ変わった。
「その前に、あいつは懲罰房行きだ」
「大体、あいつは考え無しなんですよ!」
「その通り、自分だけ良い思いしやがって!」
「それじゃ、あいつと一緒じゃねえか…」
やりきれない気持ちを必死に塗り替えるように、誰もがスタークスの話題に飛びついた。
ようやく場の雰囲気が明るくなり始めたが、ゲイルとペニーだけは一言も喋らない。
ペニーは最後まで誰かのために行動したロイの事を考えて胸を痛めていただけだったが、ゲイルは違った。
(確かに、あのロイとかいう子供は見事だった。はっきり言って惜しい人材だった。何より、あのミジョウにあそこまでの事を言わせる人物など見たことがない。いつか、あの呪縛から解き放たれることがあるのだろうか。もし、それができたら対ミジョウの切り札に…)
ゲイルは、ガンデッド国において至高と呼ばれるミジョウに、心からの忠誠を誓ったわけではなかった。
むしろ、反対に打倒ミジョウを心に刻んでいた。
(このままミジョウの独裁を許していいはずがねえ!ヴィルシャークの旦那は必ず助ける。未だ、ミジョウに呪われて時が止まったままのお嬢もな…!)
6歳という幼子でありながら狼騎兵たちの心に、それぞれの影を落としたロイ。
その矮小な存在が彼らをどんな道へと誘うのか、今は誰も知らない。