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モノゴイと呼ばれた男  作者: クラノ恩樹
第1章 開拓村編

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32.逃げる

「――ッ!」


俺たちから見てシンディの家の左にある森の方から声がしたような気がした俺は、ハッとして思わずヴィンスと顔を見合わせた。


「ヴィンス!今の声聞いた?」


「あ、あぁ。聞こえた。でも、今のって…」


シンディの家の中の様子を伺っていたバダを見るとも森の方を向いている。

どうやら、俺たちの空耳というわけでもないようだ。


「なんて言ってたか聞き取れた?」


「……ああ。()()()()って」


そうなんだ。

確かに「たすけて」という声が聞こえたんだ。


それも子どもの声で――。


「まさかッ!?」


俺とヴィンスは次の瞬間、示し合わせたわけでもないのに同時に走り出していた。


この村に後から移住してきた人はそんなに多くない。

村の中心部に住む場所を見つけることができずに、この辺りに住むしかなかった人はほんのわずかだ。


そんな場所に住んでいる子どもなど、思い浮かぶのは一人しかいない。


(シンディが危ない!)


走りながら事態の想定をする。


考えられるのは――


「魔物が出たか?」


「ま、魔物だって!?なんでそう思うんだよ!」


俺の呟きに、ヴィンスが敏感に反応する。


「叫び声が『たすけて』だったからだよ」


「だから、なんでそれが魔物なのかって聞いてるんだ!」




 たすけて




それは何らかの脅威が、現在進行形でその身に迫っていることを意味している。

端的に言えば追われているのだ。


もちろん、事故に遭って怪我をして動けないなどの可能性も考えられるが、聞こえた叫び声は一回だけ。

おそらく、足場の悪い森の中を全力で走りながら連続して叫ぶことができないのだろうと考えたのだ。


それを走りながらヴィンスに伝えると、顔をしかめながらも納得したようだ。


「でも、魔物だとしたら俺たちが向かってどうにかなるのかッ?」


「…そこは!何とかするんだよ!」


「何とかって…!それにポロンは置いて行かなくていいのか!?」


「俺の傍の方が安全だ…。コリージさんやシンディのお母さんだって、大人だけど信用できない。

 もしも今、誰かに預けろと言うのなら、俺はヴィンスにポロンを託す!」


「―――ッ!」


「ポロン、少しだけ静かにしててくれよ?

 それと、お前の魔力(ちから)を借りる時が来るかもしれない。その時はよろしくな」


「あーい!」


俺たち三人は声の聞こえた森の中へ走っていく。






(怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!)


「イヤァーッ!助けて―ッ!」


シンディは森の中を必死の形相で逃げ回っていた。


自分の背中を蠢くように追いかけてくる影が多数。


二足歩行。

歪んだ顔。

不規則並ぶノコギリの様な歯。

手に持つのは棍棒や石斧。


言わずと知れたゴブリンである。


ゴブリンについては、開拓村へと追い出される前に家の中にあった書物で読んだことがあったから、一目でそれが何なのか分かった。


魔物の中では最下層に並べられるゴブリンを、シンディは雑魚モンスターだと軽く考えていた。


しかし―。


(あんなに…………あんなに恐ろしいなんて…ッ!)


醜悪な顔と向けられる敵意に身が竦んだ。

身体が硬直する前に叫び声をあげて走り出せたのは僥倖と言える。


だが、状況は極めて悪い。


ゴブリンの数が10や20ではなかったのだ。

50匹、60匹…いや100匹はいるかもしれない。


その数から果たして逃げ出せるのだろうか?


(誰か…誰か助けて!)


シンディは懸命に走った。

木の根に躓こうとも、茨で顔や腕から血を流そうとも、迫る黒い波から懸命に逃げる。


しかし、やはり6歳の子供が魔物から逃げ続けることなど不可能。

何度目かの転倒の時、ついにゴブリンの一匹に追いつかれてしまった。


「イ、イヤ…ッ!こないでッ!こないでッ!こない………ヒッ!?」


立ち上がれずに尻をついたまま、それでも後ずさりして逃げようとした。

だが、シンディは指一本動かすことすらできなくなってしまった。


目の前の相手の表情が、たとえ魔物でも分かってしまったからだ。


近づいてくるゴブリンが、おぞましい顔で笑っているのだと――。


(どうして!?どうして私ばっかりこんな目に合うの!?

 お父さんからは嫌われて、村の皆からも嫌われて、ついにお母さんもあの大嫌いな男に泣きつくようになった!

 誰も…誰も助けてくれないッ!味方なんかいない!もう!もうッ、イヤァーッ!!)


二やついているゴブリンの顔が、母に近づく下衆な男の顔と重なり、嫌悪感で吐き気すらこみあげてきた。

が、すぐに、自分も母と同じように虐げられるだけの存在なのだ、と悟った。





――シンディは、やけにゆっくりに見えるゴブリンの棍棒を呆然と眺めていた。






「「シンディッ!」」



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