32.シンディの痛み バダの痛み
ヴィンスが泣き止むのを待って、俺とヴィンスとポロンはシンディの家に向かっていた。
さっきまで石を投げつけられていたのが噓のように、何のわだかまりもなく会話を弾ませている。
さすが子供同士。打ち解けるのも早い。
「ガナイさんかっこいいよな~。俺もあんな親父が欲しかったよ」
「何言ってるんだよ。デンゴさんの狩りの腕は村一番だって父さん言ってたぞ。
そんなすごい人の子供なんだ。もっと胸を胸張れよ」
ガナイから聞いたが、デンゴさんの弓はすごいらしい。
何もない平坦な場所であればガナイもそれなりに弓を使えるらしいが、木々の間を縫うように獲物を射る事にかけてはデンゴさんの右に出るものはいないという。
あの天才ガナイが敵わないのだ。
デンゴさんも弓の天才なのかもしれない。
「えっ、そうなのか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「家ではそういう話をしないし、ダラダラばかりしてて母ちゃんに怒られてるしさ。
そんな姿しか知らないからダメオヤジだと思ってたんだよ」
それを聞いて俺は吹き出してしまった。
「ちょっ、お前笑うことねえだろう!?」
「ごめんごめんっ。
俺もこないだまで、母さんに頭の上がらない父さんをダメオヤジだと思ってたからさ。
ヴィンスも同じだと思ったら可笑しくて」
「えっ?お前ん家もそうなの?」
「そうさ。というか、どこの父親も家ではダメオヤジなんじゃないか?」
「ははは!もしそうなら笑えるな!」
…うん。
ヴィンスは良いやつだ。
ボッチ脱出だ!
途中までは楽しく話しながら歩いていたが、段々とヴィンスの喋りも足取りも重くなってきた。
(そろそろシンディの家が近いのか?)
そう考えていると、ヴィンスが指を差して重い口を開く。
「…あれがシンディの家だよ」
(こ、これは…なんというか…)
見事なまでにみすぼらしい家だった。
家の傾きはあまりなかったが、土壁には所々に穴が開いており隙間風どころではない。
村の中心にある井戸からも遠く、近くに川などの水場もない。
生きていくのに疲れてしまっても無理のない環境だった。
(これじゃあ心が荒むのも分かるよ…)
家の状況のひどさに思わず顔を歪ませたが、その後に目にした光景はさらに気持ちをドス黒くさせた。
「あ、あれって、バダの父ちゃんじゃないか?」
「そう、だね…。確かにコリージさんだ…」
「そういえば、バダの父ちゃんがシンディの家を手助けする担当になったって言ってた」
「でも、水とか食べ物とか何も持ってないよな?」
「う、うん…」
遠目からだがコリージさんの顔が二やついているのが分かる。
今にも外れそうな家のドアを乱暴に叩くと、中からシンディと同じきれいな青色をした髪の毛の女性が出てきた。
きらめくような髪とは対照的に、その顔は少しやつれており表情も暗い。
――嫌な想像が膨らむ。
たとえ男女の揉め事があるとしても、この村で弱者の足元を見るような取引があるのだと考えたくはなかった。
だが、俺の希望は砕かれた。
軽い口論の後、2人はシンディの家の中に入って行ってしまった。
(コリージさんは、シンディのお母さんに体を要求していたのか。その対価として生活の援助をしてやると…。)
この世界に転生してきてから、ここまで嫌な気持ちになるのは初めてかもしれない。
落ち込みながら、ふとヴィンスを見やると同じように暗い顔をしていた。
その中で繰り広げられることは、きっとヴィンスには想像できないだろうが、目にしたくない場面だとその眼には映ったようだ。
「なあ、ロイ…」
「うん…?」
「俺、ちゃんとシンディに謝るよ。」
「…うん。」
ヴィンスは、良いやつだった。
傷ついた人に寄り添おうとできる優しい気持ちをちゃんと持っていた。
…あれ?何かいる?
家の向こうの壁に小さく動く影がある。
「お、おい!ロイ!あれ、バダじゃないのか!?」
まさにそれはバダだった。
自分の父親の後ろをつけて来ていたのか、シンディの家の壁に隠れながら中の様子を伺っている。
(バダは、コリージさんがシンディのお母さんに迫っていたのを知っていたんだ…!)
バダは事あるごとに卑怯者と喚き散らした。
それは本当の卑怯者が自分の父親だと知って傷ついた、心の叫び。
でも認められなくて俺やシンディに八つ当たりしていたのだ。
バダは硬く拳を握り、唇を噛みながら震えている。
(そりゃあ、バダもシンディもやり切れないよな。
自分の父親が弱い立場の人を食い物にしている下衆野郎だって知ったら…。
そして、その下衆野郎に縋らなければ生きていけない現実を突きつけられたら…。)
「なあ…ロイ。どうすればいいのかな?どうしたら、シンディもバダも笑えるようになるかな?」
そう言ったヴィンスは、2人の痛みを思い涙を流していた。
「ごめん、ヴィンス。俺にも…分からないよ…。分からないんだ…。」
ヴィンスは、いいやつだ。
ついさっき、できたばかりの友達の優しさだけが俺の救いだった。




