31.昨日の敵は今日の
ちゃんと謝ってくれたヴィンスに俺も応えようと思う。
「もういいさ。ヴィンスはバダを殴ってまで俺たちを守ってくれたよ。もう気にしてないさ」
誠意をもってそう声をかけた俺の腕の中で、ポロンの威嚇が強烈になってきた。
「うあーっ!むあーっ!」
(ぽ、ポロン…!今、大事なところだから、静かにしてて!)
何度かあやすように揺らしたり、撫でたりしたが、一向に収まる気配がない。
俺は諦めて、ポロンには好きにしてもらう事にした
ヴィンスは下を向いて黙ってしまっている。
「…なんで、悪ガキみたいな真似してたんだ?」
できる限り穏やかな声で聞いてみた。
「…」
ヴィンスは黙ったままだが、ここは待ってあげよう。
今は、きっとそうすべきなのだ。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…俺にも、妹がいたんだ」
ようやくヴィンスがぽつりぽつりと話出してくれた。
それを聞いて思い出したのだが、そういえばデンゴさんの家にはもう一人子供がいたのだ。
ヴィンスの妹は生後7か月のあたりで高熱を出し、1歳の誕生日を迎えられずにそのまま還らぬ人となってしまったらしい。
「母ちゃん取られたみたいで最初は嫌だったけど、妹が居なくなって家の中が寒くてさ。俺も後から段々寂しくなって…」
それで寂しさを紛らわすためにガキ大将みたいにやんちゃをしてたわけか。
俺が抱いてたポロンに気づかないくらいに、こいつも心に傷を負ったのかもしれない。
「だけど、シンディをいじめるのは良くないと思うぞ?」
「それは、あいつが…!」
「あいつが?」
「…な、生意気だったから…」
(お前は何様だ!)
と思わないでもないが、男の子だし先に移住してきた先輩としての意地みたいなものもあるのだろう。
今回はスルーしておいてやる。反省している子供に鞭を振るうなど大人のすべきことではないしな。
「俺、今からシンディの家に行くんだ。ヴィンスも一緒に行って、今までの事をシンディに謝らないか?」
「む、無理だよ!」
へぇ。
無理だって言ったのか。嫌だじゃなくて?
「どうして?」
「…あれからも、俺はあいつをいじめてたから。さっきのお前みたいには、きっと許してくれない」
なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか。
自分が悪いことをしているって。シンディを傷つけているんだって。
(なら、尚更謝りに行かないとなぁ…)
「許してもらうために謝るんじゃない。むしろ謝ったくらいでは許してくれないと思う。」
「じ、じゃあなんで行くんだよっ?」
俺は答える前に一呼吸おいた。
大事なことをしっかり伝えるためだ。
「それが償いの第一歩だからだ。」
「償い…」
「ヴィンスが思っている通り、シンディはきっと傷ついているだろう。家の事情で傷ついて、流されるようにここに辿り着いたのに、待っていたのは温かい言葉じゃなくて硬くて冷たい石ころだったんだ。」
「あ、あぁ…」
「そんな人に許してもらおうというのは虫が良すぎる話だ。
だけど、自分が悪いと気づいたのにそのままにしておくのはもっとダメだ。
たとえ許してもらえなくても、ヴィンスは謝らなくてはならないよ」
「それが、償いの第一歩だってのか?」
「そうだよ。その後は傷つけた分以上に、もっともっと、たくさんの温かい言葉をかけてやらなきゃな。
それも、可哀そうとか、悪かったって気持ちじゃなくて、友達としての気持ちを込めた言葉をね」
できる限り、言葉を選んだつもりだが、伝わっただろうか?
これを乗り越えられれば、ヴィンスたちはきっと良い友人になれると思う。
2人とも辛い思いをしてるからな。
「もう一回言うよ。俺も行ってやるからシンディに謝ろうよ?」
「…」
少しの間、悩む素振りを見せていたヴィンスだったが、意を決した顔を俺に向けた。
「分かった。ロイ、俺も連れて行ってくれっ」
「…あぁッ!そうしよう!」
嬉しくなった俺は右手を勢いよく差し出した。
ヴィンスはその手を怪訝な目で見つめていた。
「俺らは最初が友達ではなかったから、仲直りではないけどさ。
これからは仲よくしようぜ!」
それを聞いたヴィンスは、恐る恐ると言った様子で俺の手を取った。
「…お前、良いやつだな」
ぎこちなかったが、ヴィンスはそう言って俺に向けて初めて笑顔を作った。
(お前の方が良いやつだと思うよ、俺は)
「おーっ!おぉーっ!」
いつの間にか静かに話を聞いていたポロンが声をあげた。
そして、俺とヴィンスが握手しているその上に、身を乗り出して自分の小さな手を置いた。
「ははっ。ポロンも許してくれるってさ!」
「あ、ありがとう。ごめんな、ロイ、ポロン…―。」
今は亡き妹を思い出したのか、ヴィンスは静かに泣き始めるのだった。