No.07 まだ見ぬ君らの奥さんのためにも
「――――――と、いうことだ」
そこは、長兄カールハインツの執務室。既に人払いも済んでおり、さらには場所柄防音も完璧になっていて、盗み聞きの心配も無い。誰にも聞かれたくない会話をする場としてはこれ以上ない場所であり、彼らがそこに集まった理由でもあった。
ここ数日の日課になっている、一日の終わりに兄弟五人が揃って、その内の一人の話に耳を傾ける、通称“本日のキサキ報告会”。
今日の主役はカールハインツで、昼間にあったキサキとの問答について、説明しおわった直後の光景である。
「はー。虫唾が走る、ねー。そこまで言われたのは初めてだなぁ」
好かれてるとは思ってなかったけど、とリーンは続けた。初日を除きほぼ毎日キサキと顔を合わせている彼は、自分たちに良い感情が向けられていないことを、よく理解していた。
「でも、それは確かに問題だなぁ…………。キサキの義務を果たそうって気がさらさら無いってことでしょ? あんまり公にしたくない事実だし」
むー、とやや真剣味が足りない様子で、リーンは眉を寄せた。
他の四人も、言葉にこそ出さないものの、同じことを考えているのはその表情のせいで一目瞭然だ。
「そうだな。いくらキサキが庶民育ちと言っても、この城で暮らして、国民の血税で衣食住を賄っている以上、子供は産んでもらわなければ困る」
「だよねー。その辺はこれから理解してもらわないとなぁ」
リーンがその説得の方法について考えを巡らそうとしたところ、それを打ち破るような、苛立ちを前面に出した声が部屋に響いた。
驚いた様子も無く彼が声のした方を見れば、声同様不機嫌そうな表情の三人目の兄であるアシュトンが、赤い髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら言った。
「あーあーあー、めんどくせぇ! やっぱとっとと子供産ませて、帰らせたほうが良いんだって! その方がよっぽど楽だろうが!」
「駄目ですよ、アシュトン。キサキの合意なしに無理やりするのは、エル様に固く禁止されたでしょう」
「ったく、なんであの人はそんなことを言いだしたんだよ!」
そんな大声を上げた瞬間、扉をノックする控え目な音が響いた。
先に述べたとおり、この場は人払いがしてある。そんな部屋に堂々とやって来れる人間の数など限られていて、だからこそ彼らにはその人物の予想がついていた。
「エル様かなー? 噂をすれば、ってやつ?」
そんなリーンの声に答えるように、扉の向こうの声は肯定の返事をした。勝手に扉は開き、その向こうにはエル様と呼ばれた男性が立っている。
彼の名前は、ナタナエル・直樹。その名でわかる通り、彼はキサキの所縁の者である。
今より二代前のキサキ――――今の五人から見れば祖母にあたる――――の六人目の子供であり、彼ら五人からしてみれば叔父である。
黒髪と茶色の目をしている彼は、『五人の重役の血が流れていない王族』という特殊な立場でありながら、その政治手腕によってこの王城内で確固たる地位を築いている。その上、甥たちの相談役も買って出ているため、彼に逆らえる人物はいない。『陰の統治者』と囁かれている人物でもあった。
「やあ。なんだか久しぶりだね」
にっこりと笑って、部屋にいた五人に気安い言葉をかける。しばらく城を空けていた彼に労いの言葉をかけたのは、国王であるハインだった。
「ああ、そうだな。本来の仕事ではないというのに、あなたに外交などを任せてしまって申し訳ない」
「いいや、それはいいんだよ。確かにあの国は、最近きなくさいしね…………。あの頑固頭だけじゃ心もとない。
――――――それより、ようやっとキサキが現れたって、城下でも噂になってるけど? それ本当?」
さっそく本題に入ったエルに、リーンは驚いて声を上げる。
「え! 城下でも? 噂が広まるのは早いねー」
「まあね、キサキの存在はいつでも注目の的だし。――――それで? キサキの様子はどうだい? 仲良くなれた?」
ニコニコしながらそう聞くエルに、五人は五人とも微妙な表情を返す。
エルは、生まれたときから彼らの世話をしていた。そのため、彼らの表情が意味することなど、手に取るようにわかる。それに、こうなることはどこかで予想してたかもしれない。
「なれなかったんだね…………」
「うーん…………。仲良くなれなかったと言うか、逆効果だったと言うか?」
困ったような顔をして、こちらを見るリーン。その黒い瞳とばっちり目があった瞬間、嫌な予感がエルの全身を駆け巡った。
「逆、効果? …………何が?」
「エル様がずっと言ってたアレを実践したんだよ。五人で一斉に会うな、一人ずつ仲良くなれって、言ってたでしょ? だから毎日一人ずつ一緒に居て、仲良くなろうと思ったんだ」
「うん。まあ、君らにしては悪くないアイディアだと思う。それで?」
「そしたら、今日になって――――あ、今日は五日目なんだけど――――なんかね、陛下がキサキちゃんからすごいこと言われたって」
「………………なんて言われたのか、聞いても?」
「僕らの子供なんて虫唾が走るって。完璧に嫌われちゃったよねー」
あはは、と笑うリーン。エルは愕然としながら、これだけは思う。笑いごとじゃない。
気が遠くなるのを自覚した。
虫唾が走る――――。そんな言葉、彼らの倍近く生きている自分でさえ言われたことが無い台詞だ。それを、たった五日ばかり過ごした女性に言われるなんて…………。
彼らが彼女に何かをしたことは間違いない。何せ、あれだけ綺麗な顔をしているのだ。第一印象はプラスから始まっていなければ可笑しい。なのに“虫唾が走る”とまで言わせるなんて…………。一体何をしたのか、考えるだけで――――――き、気が遠くなる。
自分たちの甥が、少々偏った考えを持って育ってしまったことは、知っている。為政者としては歴代通りこれ以上ない才を持っているが、人間としては…………かなり問題ありの人物たちだ。
酷い言い方をしてしまえば、彼らには情が存在しないのだ。
人と人とは理屈で繋がっているのが当たり前と思っていて、だから、ちょっと信じられないようなことも平気で言ってのけたりする。
それは王族の血の問題の部分が大きくて、ある程度は仕方がないとは思うけど、それでも一番の問題は、彼らが自分たちが変だと理解していないと言うことなのだ。
それどころか、自分たちが情に厚いと思っている節すらある。やっていることは非情極まりないのに。空恐ろしいものがある。
住み慣れた地を無理やり離れさせられ、知らない男ばかりに囲まれてさぞ不安になっているであろうキサキに、心無い言葉をかける。しかも五人分、親切そうな顔をしながら。
想像しただけで、『虫唾が走る』ほどの気分になったキサキに同情する。仕事で仕方なかったとはいえ、自分が居合わせられなかったことを心から謝罪したい。いや、もう明日謝りに行こう。そうしよう、それがいい。
「…………あのね、君たちね」
「え? 何、エル様?」
「うっわ、この感じ、説教始まるぞこれ…………」
「待ってください、エル様。確かにエル様の言いつけを守れず、キサキには嫌われてしまうという結果になってしまいましたが、それは決して我々が悪いわけでは無く…………」
それぞれ何か言っている姿に、頭痛を覚えた。この子らは、何故自分が怒っているのかも、理解できないのだ。
情を知らないと言うことは、そういうこと。
嗚呼、前途多難だ。こんな調子で、キサキの心は大丈夫だろうか。
「分かった、もういいよ…………。どうせ君らに感情論をしても無駄だし…………。その代わり、明日は僕がキサキと話をする。説教はそれからだ。分かったね?」
説教の部分で、彼らは揃って嫌そうな顔をする。
そんな顔をするなよ、僕だって嫌なんだよ。誰が好んで成人したでっかい男たちに説教なんかするもんか。
まだ見ぬ君らの奥さんのためにも、もうちょっと思いやりというものを知ってくれ、頼むから………………。
ちょっとリアルが忙しくなるかもしれないので…………これから更新が滞るかもです…………




