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事後処理[アフターミーティング]

毎度読んで下さる方どうもありがとうございます。

なにかアドバイス、質問、指摘などありましたらお気軽に感想お書き下さい。


「で、ロクショウには逃げられたと?」


 強い冷房が肌を冷やす。遮光シールが張られ、比較的広い作りの黒いワゴン車。その停車中の車内で、夕方近くの弱まった日光の差し込む車外にて隠蔽工作に勤しむ無貌機関職員を尻目に、茜木はため息をつく。

 助手席に座る彼女は後ろの席で並んで座る二名、神木と冴岸を軽く見やる。

 二人の状態は全く対称的であり、茜木の真後ろに座る神木は開き直ったように足を開き背もたれに自堕落にもたれている。その隣の冴岸は小動物、あるいは罰を受ける子犬のようにその身をちぢこませていた。


「……まっ、そういうこった。別に俺達の任務にはロクショウ捕縛は入ってない。なら文句を言われる筋合いはないぜ?」

 いつものごとく、うんざりとした態度で神木は返答を返す。



「あっ、あのですね、ロクショウを逃がしたのはさすがに私もしょうがなかったかなーっと思ったり…… ア、アハハ……」


 身を強ばらせながら夏美は愛想笑いを振りまく。


「まぁ、別に私としてもロクショウを捕縛または撃破出来なかった件を攻めるつもりはないわ」


「だったらこの件はこれで終いだ。あとの隠蔽はお前らの……」

「待ちなさいよ」


 茜木は座席の位置をずらしドンッと後ろに下げる。神木の足が座席の隙間に挟まれ固定された。

「イッテッ!」

 そのまま背もたれの角度を倒し、神木を挟みながら寄りかかる。

 さながら人間座椅子のような体制の神木がうめきながら叫んだ。

「……何すんだよ! どけ、暑苦しいんだよ!」

「あら、人によっちゃこういうのお金払ってもやられたいって人もいるんだけど?」

「だったらもっと趣味のあるヤツにやってやれ! お前の下敷きなんぞ金を貰ってもごめんだ」


 茜木の容姿は少なくとも十人ならほぼ十人が振り向く美人。しかも色気のあるキャリアウーマンというそういう趣味なら是非踏まれたいタイプだろう。しかしあいにく神木にはその趣味は無い。加えて茜木が特殊な趣味向けのサービス精神を発揮しているわけでは無いことも勘ずいている。


 空いたスペースで長い足を組み、寝目上げるように茜木は背もたれから神木を見つめる。

 まるで雌豹を思わせる仕草に何故か傍らの夏美がゴクリと喉を鳴らした。


「神木、あんたおもしろい能力がついたのねぇ、『能力発動の破壊』だっけ?」

「冴岸ィ……」


 横目で神木は夏美を睨みつけるが、夏美は光速の仕草で目を逸らす。

「……冴岸、お前こいつにまた報告したのか?」

「だ、だって茜木さんから出来る限り報告してって言われてるんです! 神木さんだってそういうこと茜木さんにちゃんと言わないから……」


 夏美はあたふたとあわてて、ばつの悪さを繕うように弁明する。


――まだコイツは機関がマトモに信用できるもんじゃないとわからないのか……


 内心で舌打ちをしつつも、神木は茜木に向き直った。


「……悪いが自分の安全に関わるんでね。成長した能力を全部バラすなんざやりたくはねぇんだよ」

「あんたの安全がどうのとかはどうでもいいのよ。要は能力を掴んでないと指示出すほうがやりにくいつー話なの。

……あんまり非協力な態度が目立つともっと上に報告して対処しなきゃいけなくなるんだけどねー。

まあ、うちは年中人手不足だし、あんまりそういう手はやりたくないんだけど?」


 より圧力の増した茜木の視線、そこから逃げるように神木は身をよじらせた。


「わかったよ、めんどくぇな!」

「そう、わかれば結構よ。わかればね」

 押さえつけていた座席を引き、位置を戻す。圧迫から解放された神木が苦々しくため息を吐いた。


「ハア、……ところでよ。話が変わるがあのロクショウはなんで現場の家に入って来たんだ? アイツ逃亡中だろう」

「あっ、神木さんそれ私も気になってたんですよ。周りの機関の人を無力化して逃げるかと思ったら現場に行っちゃうんですもん」

「んー、そりゃあんた…… 助けに来たんじゃない? 報告じゃ主婦の『助けて』を聞いて入って来たんでしょ」

 そのままな返答に眉根を寄せる神木、夏美もいまいち釈然としない表情を見せる。

「なんでも話によるとロクショウくん、向こうの長野じゃ礼儀正しくて、親切な少年で評判だったそうよ」

「そんなやつが組織裏切って逃亡中? 何やったんだいったい……」

「……ほんとはいい人だったりとか?」

 夏美のぽつりとした呟きを無視し、神木は話を続ける。

「ま、お人好しだかなんだかわからんがどうでもいい。それから三人組の仮面、ちゃんと回収出来てるよな?」

「ええ、その辺は抜かりなく。ちょっと亀裂入ってた仮面もあったわよ? もう少し丁寧にお願いしたいわ」

「生きるか死ぬかなんでな、多少の損傷は勘弁しろ」

 通常、メンジンを生かしてなおかつ仮面を回収するのは難しい。意識を失えば仮面は自動的に外れるが、確実に行動を奪える頭部への攻撃は仮面も破壊してしまう公算も高い。

 結果的には腹部など臓器を破壊する攻撃なら仮面を傷つけないが、行動不能になるよう威力を上げればそれだけ着用者の生命は保証出来ない。

 安全に仮面を回収するなら頭部以外に致命傷となる攻撃を与えるのが最も手堅いのだ。


「そうねぇ、あんたは毎回生かして捉えてるもんね。……でも、あの三人組はただの犯罪者よ。暴走した一般人じゃないの。前にも言ったけどさ。

――――とっとと殺して仮面回収すればいいんじゃない?」


 ギシリ、とまるで音がするように空気が固まり急激に冷却。鋭角な視線で神木は茜木を刺す。

 夏美はオロオロと判断をつきかねた表情で窓際に身をよせ、様子をうかがった。


「人の仕事に無駄な口出しは止めて貰おうか。仮面の回収が出来ている内は、俺のやり方を通させてもらう」

「前から思ってたけど、ずいぶん着用者の生命にこだわるのねぇ。

――前に警察官だったころのなごりかしら? あそこは被疑者の安全な確保にこだわる……」

「――茜木ィッ!!」

  車内で神木の声が響く。夏美はビクリと体を震わせるが、茜木は振り向きもせず動揺も見えない。


「俺の過去をどうこう言うのは止めろ! それから、死体の処理がやりたいのか死体が見たいのか知らんがだったら自分でカタをつけろ。俺はそんな物を背負う気はないんだよ! 第一、お前だって表向きは警察のキャリアだろうが」

 茜木晶の表向きの顔は警察のキャリア官僚である。最も彼女はS県警にあるとされる自分の机には座るどころか、拝んだ事さえ無いと笑っていたが。結局のところ彼女の裏の顔であり本職でもあるのは「無貌機関」というこの場所だ。

「ふぅん、ま、そういうなら死なない程度にその主義だか信念だかでやってみたら?

うかつに死なれると追加人員確保やら死亡理由のでっち上げとか面倒だから」

 あくまでも冷淡に、感情を露わにする神木と対称的な茜木。後ろ向きのその姿からは冷気さえ感じられる。

「あ、そうそう、夏美さん?」

「はっ、はいィ!」

 不穏な二人を不安げに見つめていた夏美がうわずった声で返事をした。

「この前渡した拳銃、ええとナンブだっけ。ちゃんと持ってる?」

「え、ええ、この中に……」

 夏美は腰に付けたポシェットを前にだした。

「使い方はこの前教えた通り、危ないと思う前に急所を迷わず撃ちなさい。仮面は気にしなくていいから、自分の安全を考えるのよ?

……本当はリボルバーじゃなくて、私と同じグロック辺りを用意したかったんだけどごめんなさいね」

 冷静に考えると予知が出来ない限り無理なことを、淡々としかし優しげに喋る茜木。後ろを振り向き、今度は神木を見据える。

「神木、あんたはフォワード、彼女はバックアップ。彼女に危機が向く時点であんたのミスなのよ。

殺す殺さない以前にまずこの娘を守る事を肝に命じなさい。

……それさえ出来ない甲斐性無しなら私があんたに引導渡すわ」

 先程とは違う、はっきりとした苛立ちと怒りの感情を向ける。

「茜木、お前が何にこだわってるか知らないが、俺は……」

「か、神木さん!」

 夏美が携帯を片手に突如大声を上げる。

「……なんだ冴岸?」

「時間! そろそろ日向さんと会う時間ですよ! 間に合わなくなっちゃいます!」

「なっ! マジかよ! 茜木、この辺で邪魔するぞ」

「さよなら、ネギさん!」

「あ、ちょっとあんた……」



 茜木の言葉を振り払い、夏美と共に車を出る。車内とは大違いな外の熱気に嫌気が差しながらアスファルトを踏みしめた。

「冴岸、時間は? 走ったほうが良さそうか?」

 病院の方向へ歩きながら神木は問いかける。

「あ、大丈夫です。実は時間は三十分ぐらい早めにいったんですよ」

「……なんでそんなこと」

「あの、茜木さんは私たちの事を心配して言っていると思うんです。確かにいざとなったら殺すことも覚悟しなきゃいけないんでしょうけど……

それでもあたしは、神木さんの『殺さない』やり方は大切だと思うんです」

「冴岸、お前……」

 今まで色々と不仲だったりはしたが、どこか根のようなところでは意外と神木と夏美は近いのかもしれない。

――少なくとも、人を殺めるか否かの分水嶺では。

「――ま、少し時間はあるからな。涼める所にでもいくか? アイスぐらいなら奢ってやらんでも……」

「え、奢ってくれるんですか!? じゃああたしスイーツカンブリアのギガンティック・パフェ!」

「お前それ食いきったら一万進呈のヤツだろ……ッ!?」

 懐からだした携帯を見た神木が一瞬固まる。

「冴岸ぃ…… お前面会の時間何時か覚えてるか?」

「え? やっだなぁー、神木さん六時半に決まって……」

「バカ、六時だよ! 今五時五十分だ! 走れ!」

 二人で青い顔をしながらその場を駆け出そうとする。

――……ん? なんだ?

 しかし神木は現場の住宅家に入る奇妙は集団に目を止めた。

 人数は五人、その内三人は大中小といった背丈と普段着の男達。

 もう一人は中肉中背の純白の背広の男。但し、

――けったいだな、おい。

 その口元のみが露出した頭部は白い包帯に包まれている。

 そして他の四人とは別の意味で目立つ最後の一人。

 柔らかなウェーブのかかった金髪、夏空を思わせる蒼穹色の着物。

 優しげな美人の女性、その立ち居振る舞いはたおやかな桔梗を思わせる。


――……へぇ、今時いるもんだな、あんな和服美人……


「ちょっと! 神木さん、何見とれてるんですか!?」


 思わず足を止めた神木を引っ張り、夏美達は現場を去った。


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