5-3 羽音
「帰ったぜ」
「ご無事で何よりです」
マッシュが迎える。
中隊長達も顔を揃えている。
「追撃で伏兵を食らったが、レガーノとホーカーの後詰のお陰で勝ち戦だ。姫も無事だったしな」
「どうした、そんな暗い顔して。連れて行けなかったのはしょうがないだろ」
「隊長、こちらへ。うちの大隊の戦死者です」
「はぁ?戦死者って・・・追撃戦には参加してないだろ?」
「いえ、調練場でやられたヤツ等です。突撃大隊で最初の戦死者となります」
ラナシドの後についていくと、多くの遺体が並べられていた。
他の部隊も遺体を前に師団長が兵士に語っている。
威厳を保ち、感情を押し殺して、語り掛けるように、兵を戦いに向かわせる。
敵を憎むために。彼等の死を無駄にするな、彼等の死を忘れるなと。
彼等の死は神聖なものになる。
彼等の途切れた日常も、死の悲しみも怒りもなく、ただ聖なる遺骸となって、かつての同胞の眼前に晒される。
将が語れば死んだ兵は何も語れない。
兵は死んだ後も将の命令に従わなければならないのか。
クラトの後からは突撃大隊の兵が付き従っていく。
「第1中隊2名、第2中隊15名、第3中隊1名、合計18名です」
ラナシドの声もぼんやりと響くように聞こえるだけだ。
休憩中に旧師団のところへ行って巻き込まれたようだ。
一気に半数近くを失ったラバックの落ち込みようは激しかった。
クラトは戦死者に近づいた。
その多くは甲冑をつけていなかったので、激しく損傷していた。
腕が切断されていて胴の上に置かれた死体もあれば、治療を受けた後に死んだのか包帯を巻かれた死体もある。
午前中の訓練では汗を流し、昼食で笑っていた顔が、血と砂埃に汚れ、並べられている。
突然、クラトの喉から異様な音が響く。
「ちくしょう!・・・げえぇッ、く、くそったれが!」
「うげぇッ、絶対に、ぐはぁえぇ、許さねぇ!」
クラトは怒り、泣き叫び、嘔吐していた。
膝をついて砂を掴む。
「ちくしょう!ちくしょう!げぇはぁッ、ちくしょう!」
クラトはなおも叫びながら立ち上がると、15リグノ剣を抜く。
近くにいた中隊長達は息をのむ。
剣は先ほどの激戦で刃が欠け、血に汚れていた。
クラトは傍にあった岩に剣を打ち込んだ。
鋭い音が響く。
続いてもう一度、更にもう一度、ついには18回、全力で打ち込んだ。
岩や刀身の破片が跳ね、火花が飛び散る。
「何だ、あの取り乱しようは」
「たかが20名ほどの戦死に何たる事か」
「あれでは兵が付いては来ぬわ」
軍の上層部からはそんな声も聞かれた。
丁度その時、ティエラ姫からの使者が訪れた。
“今日の奮戦に感謝する”
使者は目録を渡そうとするが、クラトの感情は収まってはいなかった。
「俺に触るんじゃねぇよ!ぶった斬るぞ!」
(どがッ!)
ルシルヴァが思い切り殴った。
ポカンとするクラトに背後からヴィクトールが首筋へ一撃。
「うぉッ、い、痛ェ、てめぇら・・・」
「なんて頑丈なんだい」
ルシルヴァが顎をしゃくる。
ヴィクトールがもう一撃。
クラトは気絶した。
大隊の戦死者は部隊の祈りを済ませ、軍事府の検査を経て家族に引き渡された。
クラトが目を覚ました時には日は傾きかけていた。
もう太陽の光は弱くなっているのになぜか目に沁みる。
首が痛い。さすりながら身体を起こすと、先頭にルシルヴァ、その後ろに中隊長、さらには兵士が整列している。
「どうしたんだよ、お前ら」
(ザッ、ザッ、ザッ)
全員が片膝を着く。
「我等、大隊長に、命を預け、命令に背かず、敵を恐れず、戦います」
全員が頭を垂れる。
意味がわからねぇ。
なんと言ったら良いのだろう。
俺は立ち上がって、昂ぶったままの気持ちを思うままに伝えた。
「見ての通りだ。俺は人間も出来てないし、武人としての肝も据わってない。俺に出来る事は真っ先に突っ込んで行く事ぐらいだ」
「だから、むしろ俺の命をくれてやる」
「生き死になんて気にする必要は無いが、死ぬ時は自分で決めな」
「それでも預けるって言うなら、俺じゃなくて天に預けるんだな。ただ懸命にさえやっていれば天が決めてくれるだろう。死ぬべき時を。そしてその時は迷わずに死ねばいいんだ、じゃぁなって」
突撃大隊のヤツ等がどう聞いたのかは知らない。
ただ、俺はこのまま居るのに耐えられなくて「以上だ」と一声残したまま、宿舎へ戻った。
宿舎の中ではすれ違う皆が血と埃に汚れた俺を見てぎょっとする。
俺は自分の部屋に戻り、水を飲むとそのままベットに倒れこんだ。汚れも気にしない。
突然訪れた長い長い1日が終わろうとしている。
窓から赤い光が差し込んでいた。
小さな虫が飛ぶ音を聞きながら俺の意識は沈んでいった。