5-4 会議
緊急の会議が行われた。
議題は昨日発生した敵の侵入についてだ。
参加者はティエラ姫、フィアレス、バイカルノ、賢人会、各府大臣、師団長以上の将校、親衛隊総隊長。
そして、追撃戦に加わっていたクラトとラヴィスも出席を求められていた。
まず軍事府から調査結果が報告された。
第3エリアへの侵入者は9名、実動部隊は5名で、残りは後詰2名と脱出経路の確保に2名。
このうち少なくとも実動部隊5名を含む7名はエナルダと見られる。
逃走する4名を赤騎隊と護紅隊が追い、伏兵に遭って窮地に陥ったが、レガーノ元帥が率いる1個軍団相当の兵力によって、敵兵力は壊滅。
敵はバルカとアティーレの境界線からパレントの方角へ逃走したが、その先は確認ができなかった。
また、戦場に残された武具はアティーレ、パレントのものではなかったが、捕らえた捕虜はアティーレの者だと供述している。
捕虜の供述を含め、詳細は調査中である。
「なぜ敵の侵入を許したのか?」
「侵入の目的は?」
「ギルモアや他の郷への対応は?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
詳細は調査中。余りにも不明な点や不自然な点が多すぎる。
ここで会議の空気は停滞した。
突然、主直府ピサノ大臣が発言する。
「姫、今後はこの度のような行いはお止め下さい」
「もう少しレガーノ軍団長の到着が遅れたら、御身すら危うかったのでございますぞ。軍事に関してはフィアレス軍師に、軍事以外はそれぞれの大臣に伺いを立てるのが最善かと」
レガーノ元帥を格下の“軍団長”と呼ぶ事でこの会議での優位を保とうとしているのか、それとも単なるあてつけなのか。
レガーノは「ふっ」と息を漏らしただけだった。
「やはり姫は姫らしく、戦場に出るなどは控えていただかねば」
確かに普通はそうだろう。
停滞した会議はピサノが吹き込んだ空気に染まる。
レガーノ元帥を始めとする武人はピサノに対する反感も手伝って無視しているが、大臣や賢人会の各所からピサノの指摘に同調するしぐさが見られた。
ティエラは、会議の場で改めて指摘されるような事では無いし、議題とも違う内容に苛立ちを感じながら対応に窮していた。
ここでクラトが手を挙げる。
「ちょっとイイですか?」
「俺、思うんだけど、ティエラは、いやティエラ姫は好きにやっていいと思う。その為に俺達は居るんだから」
腕を組んでいたレガーノが閉じていた目を開いた。
ピサノは口許に薄い笑いを浮かべながら、ため息を吐くように応じた。
「何を言い出すかと思えば。そのような事を言って、万が一の時には責任は取れるのか?」
「じゃ、ティエラ姫に何をしろっていうんです?花でも摘んでろってか?宝石でも眺めてろってか?」
「それにティエラは領主に準じた姫なんじゃないのか?伺いを立てろってどういう事だ?」
ピサノも大臣達もクラトに顔を向けた。
クラトの感情が次第に昂ぶってくる。
「責任って言うが、責任を取れる奴がいるのか?ティエラ以外に」
「お前等が何もしないからこうなってんだろうが!だったら文句言うんじゃねぇよ!」
「だいたい姫らしくって何だ?ティエラはティエラらしくでイイじゃないか!」
「こいつ、言葉遣いもわきまえぬうえに、こんな暴言を」
「うるせぇよ、ハゲ」
「は、ハゲだと」「無礼な!貴様、姫の直属だからといっていい気になるなよ!」
「いい気になるも何も、ハゲはハゲだろ」
他の大臣や賢人会の出席者は青くなり、旧バイカルノ傭兵団は懸命に笑いを堪えている。
レガーノは組んだ腕を机について俯くと肩を震わせた。
「クラト大隊長!大臣の責任を問うなら、お前の無礼も問わねばならんぞ、無礼を詫びよ」
「何だよ、ハゲがダメなら、焼け跡でいいだろ」
「や、焼け跡?」
「火事が消えた後に柱が何本かだけ残ってるだろ。うっすら煙が出てたりして、プスプスってイメージだよ」
「キサマーー!!」
突然、フィアレスが笑い出した。
フィアレスが笑い声をあげたのは実に6年ぶりだった。
続いてティエラ、軍団長が笑い出し、会議場は笑いに包まれた。
かつてこんな事はあっただろうか。
軍事会議じゃないのか?
昨日、敵の襲撃を受けたばかりじゃないのか?
誰もが思った。笑っている場合じゃない。
しかし、暴言と言えばティエラに対して伺いを立てろとは正に暴言だろう。
未成年の姫ならまだしも、ヴェルハント亡き今、ティエラの位は領主に準じていると言える。
それを現状維持に終始してきたのは大臣達の失策だ。
ピサノを含め、大臣達はそれに気付いている。
むしろクラトの暴言に救われたとも言えるのだ。
バルカはアティーレおよびギルモアへの侵攻作戦を立てていた。その妨害を目的として“黒い太陽事件”が発生したという懸念は未だに残っている。
今件は事件として本国ギルモアへ報告。
また、バルカと国境接するアティーレ、パレント、ルエンシャ、ルミノールに警告と情報提供の要請を行い、様子を見る事でひとまずの対処とした。
なお、この事件は日付から631事件と呼称される事となった。
◇*◇*◇*◇*◇
会議が終わって、会議場は急に騒がしくなった。
クラトは難しい顔をして腕を組んだまま大臣達を見ていた。
ピサノの両脇には貴族府・経済府の大臣。3人はクラトを睨みながら何か話をしている。
突然、ティエラの声が響く。
「クラト大隊長、今日の振る舞いについて申し付けたい事がある。この後、私の執務室へ来るように」
決して大きな声ではなかったが、凛として厳しい声だった。
ピサノ達はにやつきながら席を立つ。
「分りましたぁ」
ま、言いたい事を言った後だから仕方ねぇな。
不意に肩を叩かれる。
振り向くとレガーノ元帥だ。続いて第2師団長のバルサム、第3軍団長のアヴァン、続いて師団長達。次々とクラトの肩を触れるように叩いていく。
よく分らないが、皆の顔には笑みがあった。
同じ笑みを湛えながら、ラヴィスは書類をまとめている。
◇*◇*◇*◇*◇
バイカルノの元にはサバール隊から報告が入っていた。
クエーシトが他国との商取引を活発に行っている。取引先はアティーレ、パレント、グリファ国のベルサ郷。
大型の荷馬車を使用しての取引が頻繁に行われているが、荷物の中身は不明。必ず荷馬車のまま城壁内に運び込まれているという。
バイカルノは耳の奥に小さな痛みのようなものを感じた。




