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第1話 ラノベオタクの巣窟

はぁー、雨か。

憂鬱やな。

橿原神宮前駅西口。

あたりを見ると傘を持っているのに歩き出す気配のないのが数人キョロキョロしている。

あれは、タクシーの相乗り相手を探す奴らやな。

橿原高校生、略して橿高生は雨の日、学校までタクシー相乗りの相手を探す。

僕はもちろん歩きや。

友達がいないわけやないけど、少ない友達と偶然会うことを期待して待っていると、結局誰とも会えず雨の中を走ることになりかねない。

学校まで1.7kmというのが公式の距離やけど、アップダウンがある分、もう少し体感距離は長い。普通に歩くと20分。

まだ歩いてないけど、もう帰りたい。


学校について上履きに履き替えたけど、ズボンの裾と靴下が濡れて気持ち悪い。

下足箱の前で替えの靴下に履き替えている女子がいる。

脚を上げるその仕草にドキッとして、慌てて目を逸らした。

男子高校生なんだから仕方ないわな。


教室に入って自分の席に着いた。

昨日、始業式があったばっかりやから、あまり馴染めてへんし話しかけてくる奴はおらん。

1時間目は日本史。

暗記科目は苦手なんよな。

教科書がつまらないからカラー図説を開く。

なんか、アニメの設定資料集みたいやな。

ふーん……

えっ?

なんやこれ。

おいおい……

ええんか、こんなんで。

うわぁ。


放課後。

僕は部室に向かう前に図書室に寄って本を一冊借りた。

急いで部室に向かう。


「遅かったやん

どっか寄ってたん?」

ナオコが声をかけてきた。

オタクの巣窟の文藝研究部の中では一番社交的だが、それでも多分、平均以下。

「うん、図書室に寄ってきた。

今日、日本史の授業あったんやけどな、なんか、日本の始まりってラノベみたいやなと思て、原典読んでみよ思て日本書紀借りてきた」

「なんや、またあんたのラノベ脳発動したんか?」

「ちゃうわ、ほんまにラノベやねんって」

ナオコは呆れたような顔をした。

「そんなん言うけどな、イザナギとイザナミの話なんか完全にネトラレもんやで」

「えっ、なにそれ?」

ナオコが食いついた。

「ほら、これ読んでみ?」

ナオコに図説を渡して神話のページを示した。

興味なさそうにしていたナオコの目が見る間にキラキラしてくる。

「なにこれ、完全にネトラレもんやん!」

ナオコが素っ頓狂な声を上げた。

「えぇ?帰ってこんようになった奥さんを迎えにいったら

ちょうど情事の現場を目撃して

絶望して帰ろうとしたら

覗かれたことに気がついた奥さんが必死の形相で追いかけてきて

その形相が怖すぎて逃げ帰ってるやん」

「ちょっとその説明生々しすぎへん?」

黙って聞いていたヒロミが口を挟んできた。

「せやけど、これ見てみ?」

ナオコがヒロミに図説を渡した。

しばらく眺めて。

「なるほどなぁ

ネトラレラノベ好きなナオコらしい読み方やなぁ」

「ちょっと待って、最初に言い出したん、マサルやからな?」

矛先がこっちに向いてきた。

「マサル、ネトラレもんにも手ェ出してるん?」

ヒロミの蔑むような視線が痛い。

「ちゃうって、僕はあくまでも俺つぇー系の成り上がりもんが好きなだけや。

ナオコが興味持つようにネトラレ要素を指摘したんや」

「いや、普通の人はこれ読んでネトラレもんやなんて思わへんから」

なんか今日のヒロミは言葉に棘がある。

「なぁ、その読み方でいくと、黄泉の国って、死後の世界とちゃうんちゃう?」

そう口を挟んできたのはタカシだ。

「その話、二つの地域の間の関係を表現したんとちゃうの?」

「どういうこと?」

ヒロミが尋ねる。

「例えば、筑紫地方と出雲地方に別の勢力があって、筑紫のイザナミが出雲に取り込まれたとか」

「それこそ、軍記オタクのタカシっぽい読み方やな」

ナオコがチャチャを入れた。

「あの……」

それまでおとなしく話を聞いていたリカが口を開いた。

「出雲って、神無月に神様が集まって、縁結びの会議を開くから神在月って言い方しますよね

その神って、全国の首長じゃないでしょうか」

「ん?どうしたん急に?」

ヒロミが話が飲み込めないような顔で尋ねた。

僕もわからん。

この脈絡のなさは不思議ちゃんなリカらしいけど。

「その神在月に出雲に集まった神の中にイザナギとイザナミもいたんじゃないでしょうか?

そして、首長連合の会議には都合でイザナミだけが出席していた」

「それで?」

「会議の結論としてイザナミは別の地域の首長と政略結婚させられることになった。

会議後にそれを知ったイザナギはイザナミを取り返そうとするけど、会議の決定は絶対だとイザナギは追い返される。

それで、イザナギは出雲中心の首長連合から脱退する。

それを象徴したのが黄泉比良坂に置いた千引きの岩で、千引きの岩を挟んで言い合ったのが宣戦布告なんじゃないかと思います」

「ちょっと、リカちゃん、すごいよ君!」

タカシはリカの手を取ってぶんぶん振っている。

「ちょっと、先輩、痛いです」

「あっ、ごめん」

タカシは向き直って

「これ、リカちゃんが言うように異なる勢力間の利害調整の話だよ」

興奮気味に言った。

「それにしても、よく神在月の話と関連付けたなぁ」

「前に家族旅行で出雲に行ったことがあって、神在月に集まった神様で神議りが終わった後、神等去出祭で「お立ち~」と送り出して、万九千神社で宴会をしてから帰るという流れなんですけど、どんちゃん騒ぎして帰りたがらない神様がいるというような話を聞いたことがあったような」

「いや、それにしてもさすがミステリー好きのリカちゃんやなぁ」

ヒロミが感心したように言った。

「日本書紀を読んでみるのも面白いかもね」

ナオコが楽しそうな顔で言った。

「今日、帰りに本屋さん寄ってみよ」

ヒロミもそう言ってニヤリと笑った。

「俺もアマゾンで見てみよ」

「さて、ほんなら帰ろか」

窓の外を見ると雨は上がっていた。

帰りたいけど歩きたくない。


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