第2話 合宿
*
「合宿をしよう!」
厚木明日香の唐突で無意味に元気な一言。彼女が部室に入ってくるなり張り上げられた声に、中にいた二人の少女が訝しげな顔を向ける。ともに紺地に白のラインが入ったセーラー服を着ていて、そしてそれは明日香にも言えることだった。
「明日香が何を言っているのか理解できないんだけれど」
三年生であることを示す赤いリボンタイを結んだ少女――滝宮圭子が読んでいた本から目を離し、長い髪の毛を誇るようにかきあげた。
対してショートカットの女子生徒、笠江つぼみは眼鏡越しに明日香を一瞥し、読んでいた本へ視線を戻す。リボンは二年生の緑色だった。
二人の否定的な反応に明日香は大げさな身振りで肩を落とし、頭をがくりとたらす。一緒になって頭頂付近でまとめられたポニーテールがうなだれた。ついでに、高校生にしては豊かな胸もたゆんと揺れる。
「つれないなあ、つれないなあ二人とも! そんな事で楽しくも実りある部活動が送れると思ってるの!?」
「現状で十分楽しいし、実りあるし、満足した部活動を送れていますのでー」
圭子が投げやりに、本のページをめくって言った。
「だーかーらー、十分じゃだめ! 現状に満足しちゃだめなの! もっと上を目指さなきゃ! そのための合宿なの!!」
明日香は二人の机をばんっと勢いよくたたく。つぼみはそんな明日香へうろんな瞳を向けた。
「厚木先輩」
「んー、なにかなつぼみん?」
つぼみんと言われたつぼみは眉根をひそめながら、ぼそっと呟いた。
「黙れ」
廊下の足音、カラスの鳴き声。言葉以外の音だけが部屋に届いていた。だが、それも三秒ともたない。破ったのはもちろん、黙れと言われた明日香自身である。
「はっはー! きっついこと言うねえつぼみん。だがそれがいい! そんなところをわたしは愛していますっ! そして、黙れと言われて黙るようなわたしじゃあないぜ! ねえねえ、合宿ぅー。合宿やろうよー。もうすぐ夏休みだよー」
じたばたどたばたと、地団太踏んで子供のようにわめきたてる。圭子は諦めたように「はぁ」とため息をついて、読んでいた本を閉じた。同時にしおりを挟む事を忘れた事に気づき、ちょっとショック。
「で、明日香。合宿、合宿って言ってるけど、何のためにするの?」
「そりゃあ、無論のこと、部員同士の親睦を深め、来るべき表舞台に向けて技術レベルの向上を図るわけですよ!」
ぐっと握りこぶしを作り、まるで夜空に輝く一番星を見るように斜め上を向いた。当たり前だが、ここから夜空に輝く星なんて見えないし、そもそも夜じゃない。
一方、つぼみは圭子が閉じた本をぱらぱらとめくりだしていた。
「で、明日香。合宿、合宿って言ってるけど、何のためにするの?」
そんな、明日香を無視して圭子は先と同じ言葉を、先と同じように言う。
「そりゃあ、無論の事……」
「それはもういいから。あのね、明日香。解ってて言ってるとは思うんだけど、うちの部にそんなものは必要ないの」
「えー、必要ないなんてことないよー」
明日香は唇を尖らせて、どこかすねたようなこの態度をとる。わかっていてなお、素直に認めるのが面白くないだけなのだろう。
一方つぼみは、目的のページを見つけると傍らに置かれた圭子愛用のしおりをはさみ、そっと本を閉じた。満足げに一つうなずく。
何かつぼみがしてるなとは思いながらも、圭子は語気荒く続けた。
「必要ないのっ! 大体、うち何部だと思ってるのよ!」
「……文芸部」
「うん、文芸部ね。——して、その実態は?」
「……読書クラブ」
忌々しげに、明日香はぷいと横を向く。
看板こそ文芸部と言う名前を掲げているものの、その名に見合った創作活動なんかほとんどしていない。せいぜいが、年に一度の学校祭の展示に、適当に書き散らした文集を作るくらいだった。
ただ放課後に部室として割り当てられた図書準備室に集まり、その時読みたい本を隣の図書室から借りてきて読む。まさしくそれだけ。
余談ではあるが、総部員数は三十余名にも上るこの文芸部。されど実働人数は圭子ら三人だけと言う幽霊部だ。活動しなくても所属さえしてれば、とりあえず内申書に書けるところが人気らしい。
「で、明日香。その読書クラブに、合宿の必要性がどこにあるのかしら?」
満面の笑みをたたえながら、圭子は明日香の顔に両手を当てて強引に正面を向かせる。「むぎゅう」なんて品のない声をあげながらも、明日香は口を開いた。
「あるよう。合宿楽しいよう。みんなで仲良くお泊りして、おしゃべりして遊びたいんだよう」
「要はそこか。遊びたいだけか、あんたは!」
「悪いかっ! そうさ、遊びたいだけさっ!!」
開き直って、大きな胸をそらして意味なく威張る。圭子は思わず自分の胸に手を当て、敗北感に打ちひしがれた。無論意味はない。
「ねえ、いいでしょ? やろうよ合宿。あたしたちもう三年生だよ。思い出作ろうよー。せっかくケイが喜びそうなところ、見つけたんだからさ」
「は? わたしが喜びそうなところ?」
それは明日香がちらつかせた餌で、圭子はそれに反応してしまった。今まで傍観していたつぼみだが、その様子を見て、しまったと言う表情を浮かべる。
「そう、ケイが喜びそうなところ。ふっふーん、これを見よ!」
明日香は持ってきていたかばんから、一冊の雑誌を取り出した。タイトルは「月刊怪奇現象」その名にふさわしく、古臭いタッチで描かれた幽霊が表紙の全面を占めていた。あおり文句は『この夏はこれで決まり、全国穴場怪奇マップ!』
「うわ、うさんくさ」
圭子の感想も、当然だろう。つぼみもそれに同意するかのように、首を縦に動かす。しかし、明日香は見逃さなかった。胡散臭いと切って捨てたはずの圭子の瞳が、輝きを放ちはじめた事を。
「好きでしょ、こういうオカルトぽいの?」
「確かに嫌いじゃないけど……」
現に先ほどまで読んでいたのも、江戸川乱歩の怪奇小説だった。
圭子がオカルト嗜好なのはスリルと恐怖が楽しめるからだ。もっと単純に、幽霊とか妖怪と言った非科学的な存在や現象があったらいいな、なんていう子供じみた気持ちもある。
「でしょっ! そこで、今回の合宿はこれに紹介されてる場所に行こうと思いますっ! ほら、これこれ。『響く謎の水音! 山中の廃校舎に潜む悪霊の仕業!?』なんて、実に怪しげでいいと思わない? 結構近場だしさ」
「だから、なんでそうなるのよ」
そうは言いながらも、圭子は明日香の手から雑誌をもぎ取ると、開かれたページに目を落としていた。
モノクロのページに、件の廃校舎らしき写真。明日香が言ったあおり文句が、太目の書体で書かれている。どこか週刊誌然としたそのレイアウトに、胡散臭さは増すばかりだったが、とりあえず記事を読む。
「この廃校舎には夜な夜な気持ちの悪い水音が響いて、真実を確かめに入った人が何人か行方不明になっている。中には到底人間とは思えないようなナニカが動いているのを目撃したと言う人もいる。……これはまた本格的にうさんくさいですね」
「うわっ、びっくりした。つぼみちゃんいつの間に……」
「んもー、つぼみんたら圭子にべったりなんだから。あたしにくっついてくれてもいいのよ?」
「うるさい。で、こんな怪しい雑誌持ってきてなんだって言うんですか」
気がつけばつぼみは圭子の後ろに回り込んでいて、記事の要約をし一言で胡散臭いと断じる。
「まあまあ、本格的どころか徹頭徹尾とことん嘘臭い記事だけどさ、でも雰囲気のある建物があるのは本当みたいだし、そういうところにお泊りってのも、面白そうって思わない?」
「だから何でそうなるのかが、わたしには理解できない。面白そうってのは認めるけど、何も泊まりじゃなくてもいいじゃない」
「いやだー、合宿したいのー」
「子供かあんたは」
丸めた雑誌で明日香の頭を叩きながら、しかし圭子はその奇妙な話に心が惹かれているのを自覚していた。
さっき自分が言った通り、泊まりでなければ行ってみてもいいかなと思っている。
「どうしても泊まりじゃなきゃダメなの?」
「合宿ぅ……」
答えにならない返事をされ、圭子は深く溜息をつきながら、「この女うぜえ」という視線を明日香に向けているつぼみに尋ねた。
「つぼみちゃんはどう思う? 合宿したい?」
「……私は、圭子先輩が参加するんだったら」
顔を僅かに赤らめ、消え入るような声でもじもじと呟く。上目遣いのつぼみに「あたしの時と態度違いすぎないー?」などと明日香が揶揄し、睨まれていた。
「わかったわよ。やりましょ、合宿」
「マジ!? やったぁー」
大げさにも万歳三唱する明日香を再び雑誌で叩いて、圭子は椅子へと腰を下ろす。
「それじゃあ、みんなで予定でも立てるとしましょうか」
そう言って、さっきまでとは裏腹な笑顔を浮かべるのだった。
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