第64話 遺跡での発見
帝国軍の追撃から逃れたアルトたちは、セリアが発見した古い巻物の地図を頼りに、東大陸の廃墟都市シェルターディスへ向かった。かつて栄華を誇った都市は今、風化した建造物と砂に埋もれた遺跡の集合体と化していた。
「ここだ」
セリアが片手に巻物、もう片方で杖を握りしめながら、廃墟の中央にそびえ立つ円形の建造物を指した。他の四人――リリア、ニナ、シャーロット、それにエミリアも――が彼女の指差す先を見つめる。
建造物は半分地中に埋まっており、露出している部分からは青白い光が微かに漏れていた。光は規則的に点滅しており、まるで何かが生きているかのような錯覚さえ覚えさせた。
「これが……システムの一部?」
アルトが呟いた。彼の体はまだ、地下での戦闘の疲労を引きずっていた。複数契約による精神的負荷は軽減されたものの、完全な回復には至っていない。約束の鎖ネットワークはかろうじて機能しており、五人の女性たちとの感情的な繋がりだけは確かに存在していた。
「完全には確認できていないわ」
セリアが近づき、建造物の表面を手で触れた。古い金属製の外殻は、触れた瞬間に反応し、青白い光が一層強まった。
「反応した?」
ニナが警戒して身を引いた。獣人は本能的に危機を察知する。この場所に対する彼女の警戒心は、他の誰よりも鋭かった。
「単なる接触反応ね。危険ではないと思う」
セリアはそう言いながらも、より念入りに表面を調査し始めた。彼女の指先が金属を撫でるたびに、光の点滅パターンが微妙に変わる。それはあたかも、建造物が何者かの干渉に応答しているかのようだった。
「この構造……」
セリアは杖で地面を叩いた。地面の下から、鈍い響きが返ってきた。空洞がある。かなり大きな空洞だ。
「地下への出入口を探しましょう」
シャーロットが提案した。王女としての彼女は、こうした調査行動に慣れていた。帝国の古い遺跡探索は、貴族階級の教養の一部だったのだ。
五人は建造物の周囲を丹念に探索した。およそ十分後、セリアが声を上げた。
「ここ。ここが開く」
それは地面に設置された金属製の格子だった。セリアが杖の先端でそれに触れると、格子が自動的にスライドして開いた。下には階段が続いている。青白い光は階段の下からも漏れていた。
「明かりが必要かもしれない」
リリアが火魔法で手のひらに炎を灯した。だが、その炎は建造物内の青白い光に吸収されるかのように、存在感を失っていた。
「この光は……光そのものではなく、魔力の可視化かもしれないわ」
セリアが説明した。
「いずれにせよ、下に行く以外に選択肢はないですね」
シャーロットが腰に帯びた剣に手をかけた。
階段を下りていくにつれ、光は一層強まった。空気さえも、うっすらと青白く見えるようになった。そして、五人が地下の大空間に辿り着いたとき、彼らの前には信じがたい光景が広がっていた。
それは部屋というより、巨大な機械室だった。
天井から床まで、壁から壁まで、複雑な機械装置が敷き詰められている。その中央には、直径三メートルはある巨大なコア――球体の装置が浮遊していた。青白い光はこのコアから発せられていた。
コアの周囲には、無数の配管が放射状に伸びており、それらは建造物の壁を貫いて、さらに深い地層へと続いているのが見える。
「これは……」
アルトが言葉を失った。
「魔力供給装置ね」
セリアが一歩前に進んだ。彼女の目は学者としての興奮に輝いていた。
「見てちょうだい。この配管の構造。これは……確実に、他の装置と繋がっている。ネットワーク状に」
セリアが指でコアの周囲に描写した。彼女が示した通り、配管は複雑に交差し、螺旋を描き、時には上下に振られている。それはまるで、生物の神経網のように見えた。
「つまり……」
ニナが慎重に言葉を紡いだ。
「これだけじゃなく、他にも同じようなものが存在しているということね」
「そうよ。私の分析では、世界中に少なくとも十二個の同じコアが存在していると思われる」
セリアはコアに近づき、その表面に手をかざした。すると、コアが反応した。青白い光がより一層強まり、機械装置全体が低い音を発し始めた。
「危ない!」
エミリアが突然、セリアを引っ張った。
次の瞬間、コアから青白い光の波動が放射された。それは四人を素通りして、階段の方へと流れていく。光の波動は壁にも天井にも吸収されず、ただひたすら上へ向かっていた。
「それは……」
アルトが呟いた。
「信号ね」
エミリアが答えた。彼女の表情は完全に真剣だった。
「このコアは、世界中の他のコアと繋がっている。今、セリアの接触が全体に通知されたわ」
「全体に?」
シャーロットが眉をひそめた。
「ウェスタリア帝国の皇帝も、南の地下鉱脈の守護者たちも、北の雪山峰の遺跡の管理AIも、みんなが同時に『東大陸の廃墟都市で何者かがコアに接触した』という情報を受け取った」
セリアが階段の方を見上げた。
「つまり、私たちがここにいることがわかった。帝国軍がここに向かってくる」
「どのくらいで?」
ニナが身構えた。
「早ければ数時間。遅くても一日以内ね」
エミリアが答えた。
アルトは深く息を吸った。彼の約束の鎖ネットワークは、五人の女性たちの緊張を同時に感知していた。リリアの不安、ニナの戦闘への覚悟、シャーロットの計算高い思考、セリアの好奇心と責任感の相克、そしてエミリアの――何か隠されたものの存在。
「セリア」
アルトが聞いた。
「このコアについて、何か分かることはあるか?」
セリアは再びコアに近づき、今度は杖の先端を向けた。杖から流れる魔力がコアに反応し、コアから複数の映像が投影された。それは古い時代の映像だった。
映像の中では、古い文明の人間たちが、複数のコアを世界中に埋設している様子が映っていた。彼らは機械的な作業をしていた。感情がない。ただ義務として、淡々と作業を進めている。
やがて映像は変わり、コアから巨大な光が放射される場面が映った。光は世界中の契約者たちに向かって流れ、彼らの体に吸収されていく。映像に映る契約者たちの表情は、苦悶に歪んでいた。
「これは……」
アルトが呟いた。
「過去の契約者たちの同期ね」
エミリアが説明した。
「このコアは、世界中のすべての契約者を、同時に同じシステムに繋ぎ留めるために存在している。契約者が力を使えば使うほど、このコアとの繋がりは深くなる。そしてやがて、契約者はシステムに完全に吸収される」
「吸収?」
シャーロットが問い返した。
「個性を失い、システムの一部となるということよ。目覚めるか、消滅するかのどちらか」
セリアが付け足した。彼女の目は映像から離れられずにいた。
「だから、六人の契約者たちは消滅したのね。彼らはこのシステムに抵抗して、最終的に……」
アルトは映像の中の苦悶する契約者たちの顔を見つめた。彼らの中に、自分の未来を見た。
複数契約による精神的負荷は、実はこのコアへの同期の前触れだったのか。彼が感じていた苦しみは、システムがアルトを引き込もうとしていた証だったのか。
「アルト」
ニナが声をかけた。
「何か聞こえるのか?」
アルトは首を横に振った。いや、聞こえていた。遠く、非常に遠くで、何かが呼びかけている。その声は深く、重く、そして圧倒的だった。それはシステムそのものの声――いや、システムを操る何かの意思だった。
「ここを出よう」
アルトが言った。
「さらに深く調べるなら、これ以上は危険だ。帝国軍が到着する前に、情報を整理する必要がある」
五人は再び階段を上った。背後のコアは相変わらず青白く光を放ち続けていた。その光はもはや単なる魔力の可視化ではなく、何かを監視し、何かを待つ存在の象徴のように見えた。
地上に戻ると、既に夕焼けが空を赤く染めていた。数時間の調査が、思いのほか長かったのだ。
「帝国軍の足音が聞こえる」
ニナが言った。彼女の耳は、遠方の馬蹄音を捉えていた。
「予想より早い」
エミリアが冷たく言った。
「誰かが座標を知らせたということね」
アルトは約束の鎖ネットワークを通じて、他のメンバーたちに指示を送った。リリアには南の防衛線を強化するよう、シャーロットには帝国内の政治的混乱を深めるよう。
そしてセリアに、一つの質問を投げかけた。
「このコアを破壊することは可能か?」
セリアは一瞬、言葉を失った。やがて、彼女は答えた。
「物理的には……可能かもしれない。だが、そうすれば、世界中の全コアが同時に警戒態勢に入る。それは……」
「世界規模の戦争を意味する」
エミリアが続けた。
帝国軍の足音は、さらに近づいていた。




