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「契約の絆」――奴隷商人から解放された少女たちが、俺の『約束』で世界を変える  作者: 悠々


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第16話 奴隷商人の報復

洞窟の奥で目覚めたとき、まず感じたのは頭痛だった。


くぐもった痛みが後頭部から首筋へ走る。身体も重い。三日間の昏睡という説明を受けても、実感は伴わない。意識が戻ってくるのに、身体だけが取り残されているような感覚だ。


「アルト、目が覚めた」


リリアが傍らに座っていた。黒い髪が寝乱れていて、目の下に薄い隈がある。彼女はアルトの手を握ると、その小さな手を自分の頬に押し当てた。


「本当に……本当に心配した」


その声には、明らかに疲弊が滲んでいた。三日間、彼女はずっとここにいたのだ。アルトはリリアの髪を撫でた。その動作が思ったより難しい。腕が思うように動かない。


「何があった?」


「あなたがギルド長を拘束したとき、237人全員と一度に契約を結んだんです。その反動で……」


リリアは詳しく説明した。アルトは覚えていない。金色の光に包まれた感覚と、その先にあるはずの激痛と解放感だけが、遠い記憶のように浮かぶ。


「でも、あなたが倒してくれたおかげで、みんな自由になれた」


リリアの言葉には、感謝だけでなく、どこか不安そうな響きがあった。アルトは彼女の顔を見た。その瞳には、何か言いたいことが詰まっているように見えた。


「リリア、何か……」


「ニナが、あなたのことについて話したいって言ってます」


その瞬間、洞窟の奥から軽い足音が近づいてきた。銀色の獣耳が見えた。ニナだ。彼女の狼のような瞳は、アルトを見ても喜びに満ちていなかった。むしろ、沈んでいる。


「目が覚めたんだな」


ニナはしゃがみこむと、アルトの目を真っすぐ見つめた。


「俺たちは、あんたに感謝するべきなのか。恨むべきなのか。それが、この三日間ずっと議論になってた」


その言葉は、アルトの回復しかけた思考を再び揺さぶった。


「ニナ、それは……」


「あんたは俺たちを解放してくれた。鎖を壊してくれた。でもよ」


ニナの声は低く、激情に満ちていた。


「今、俺たちはあんたの『約束』に縛られてる。前の鎖は商人の支配だった。だけど今の鎖は、あんたへの依存だ。それって本当に『解放』か?」


その問いは、アルトの胸を貫いた。


リリアが手を握る力が強くなった。彼女も同じことを考えていたのだ。


「俺は家族を探したい。でもそれは、あんたの約束だから探すのか。それとも、俺の意志で探すのか。その違いが、もう分からなくなってるんだ」


ニナは立ち上がった。


「237人の奴隷たちはね、あんたを『救世主』だって呼んでる。神様みたいに。でもそれ、あんたが人間じゃなくて『契約の化身』になってるってことじゃないのか?」


アルトは何も言えなかった。ニナの言葉は、自分の中にあった疑問を、鮮烈に言語化していた。


「俺たちが欲しいのは、約束された自由じゃなくて、選ぶ権利だ。あんたの力で無理矢理幸せにされるんじゃなくて、自分たちの手で何かを掴む権利。分かるか?」


その瞬間、洞窟の入り口で爆発音がした。


石が崩れ落ちる音。複数の人間の靴音。そして、金属の擦れ合う音。


武装した傭兵たちだ。


「奴隷逃亡者と契約者だ!殲滅しろ!」


叫ぶ声とともに、矢が飛んできた。リリアが身を投げ出してアルトを庇う。ニナの獣耳が直立した。


「くそ……!」


彼女が低い唸り声を上げた。狼族の戦闘本能が目覚めた。


アルトは身を起こそうとした。だが、身体はまだ言うことを聞かない。複数契約の反動は、この程度では消えていないのだ。


「リリア、奥へ逃げろ」


「嫌です!」


「ニナ、彼女たちを守ってくれ」


「あんたは?」


アルトは目を閉じた。237人との契約。ニナとの契約。そしてリリアとの——。


いや。違う。


アルトは瞳を開いた。


ニナが言ったことは、正しい。だが、今はその問いに答えている場合ではない。今、目の前の傭兵たちを止めなければ、ニナたちは殺される。


「『約束の鎖』!」


新しいスキル。まだ完全には使いこなしていない力。複数の契約を一つのネットワークとして感知する能力。


金色の光が、洞窟の中に広がった。


ニナへの契約、リリアへの契約、237人の奴隷たちとの契約。それらすべてが、一つのネットワークとなった。その輝きが、傭兵たちの動きを一瞬、凍らせた。


傭兵の隊長が叫んだ。


「これは何だ!」


アルトの唇が歪む。痛みと喜びが混在した表情だった。


「『契約者は一人ではない』ってことさ」


その瞬間、ニナが動いた。獣の速度で。リリアも懐から何かを取り出した。237人の奴隷たちとの繋がりが、彼女たちに力を与えていた。


だが、傭兵たちの装備と訓練は優れていた。奴隷たちと少女たちだけでは、長くは持たない。


アルトは必死に身体を動かした。まだ完全には回復していない。だが、動かさねばならない。


洞窟の戦闘が激化した。その中で、アルトは気付いた。


この傭兵たちは、奴隷商人ギルドの手下ではない。その装備、その動き、その戦術——全てが、より大きな勢力に属していることを示していた。


つまり、奴隷商人ギルドの背後に、もっと大きな何かがいるということだ。


「リリア!逃げるぞ!」


アルトは少女を腕に抱えた。ニナが傭兵たちを押さえる。その隙間を、彼らは洞窟の奥へ駆けた。


暗闇の中で、アルトは思った。


自分の力が解放をもたらすのか、それとも新しい支配をもたらすのか。


その問いに答えることすら、もう先延ばしできない。


奴隷商人ギルドは既に破壊されたはずだ。なのに、これは何だ?


背後で、ニナの怒りの咆哮が響いた。

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