その2
そう、黒は黒でも黒い方がいい。漆黒の龍だとか、黄金の剣だとか、最強であるとか最凶であるとか、永久だとか、堕天使であるとか、闇の左手であるとか、まあそういうのに、ミルフィはキュンッとするのだ。
生まれたときから、似合う色はピンク。
似合うドレスはレースと白いフリルの自分には、漆黒の龍や強い剣なんて合わない。
黒いレースの色気のある衣装も、黒く長いストレートの髪型も、憧れではあるが、人間向き不向きがあるので諦めていた。
が、ひとたび魔法陣のフィールドに立てば、こんな童顔ミルフィも「魔陣術師 ✝ディミロス✝」になれるのである!
もちろんイメージカラーは漆黒だ。
漆黒の竜がとぐろを巻いており、真ん中に黄金の剣を持っている。その鋭き刃には、どこか退廃的な字体でディミロスと書いてある。
実際、このモチーフが魔陣術師としてのミルフィの署名のようなものなのだ。いつも陣の最後にそっと、浮かび上がるような形で小さく入れている。
ちなみにこれらについて、ミルフィ本人は最高に『いかしている』と思っている。
完成した魔法陣の端にサインを刻む時、それはミルフィにとって最も甘美な瞬間のうちの一つだった。
自分が自分ではないような何かになれる気がする。
ただの小さなミルフィではなく、宙を舞う大いなる存在になったような気になれる。
そしていつしか人々の目を盗んで、『✝魔陣術師ディミロス✝』として、学院や街中にこっそりと国を護る魔法陣を書き残すのが、ここ最近のミルフィの密かな趣味になっていた。
(はぁ~、これが終わったらまた新しい高位魔方陣の続きを設計しよ! 今度は魔物が炎魔法をいくら使っても燃えないようにする防火の加護をかけて~……あっ! 風魔法と水魔法の陣を融合させて、火を感知したら辺り一面に水をまき散らす陣はどう? アッ自分天才かも!? そうだ、水の魔法の大家の故・クラー博士に敬意を表して……スプリン・クラーとでも名付けましょうそうしましょう! はぁ~、早くパーティー終わらないかなぁ)
と、いうことなどを考えていた。
今日のパーティーは全校生徒が3年の卒業を祝う会だ。
豪華な階段の上で、金の髪をしたベルガート王子が、聖女カネルと並んで立っている。
これまでまじまじと見る機会はなかったが、カネルは艶やかで美しい令嬢だった。
聖女とは圧倒的に魔力のある女性だ。もしかして魔力は肉体に比例するのだろうか? ナイスバディなのが羨ましい。一度はあんな身体になってみたかった。
(三年の先輩方卒業おめでとうございます……いやあ、あのおかしな王子に付き合う一年間、本当に長かったわ。やっとこれで卒業! やった! さあ、明日から晴れやかな学院生活)
ミルフィがしみじみと一人、階段の下の一人がけチェアでベリージュースを飲んでいると、王子の従者がやってきた。
「ミルフィ様! ちょっと一緒に来て下さい! 緊急です」
「へぁ? あ、はい?」
「緊急かつ重要な案件とのことなので」
「えーと……すぐ終わりますか」
「ええ、おそらく。すみません、五分以内に呼んでこいと言われておりまして」
申し訳なさそうな顔をした従者に同情して、ホイホイついて行ったのが間違いだった。
ミルフィはあれよあれよという間に、ふんぞり返ったベルガート王子の横に立たされ、肩を抱かれた。
「あの……?」
話が違う。
どの辺りが緊急なのか?
「大丈夫。僕に任せていてくれたらいい、子猫ちゃん」
「えーと私は子猫ではないですし、肩の手を離していただけますか?」
「いや、離さないよ。この真実の愛の前では、君の恥じらいも無駄だ」
「あのー、もしもし?」
全く話が通じない。
ミルフィは渾身の力で王子の腕をどけようとしたが、相手は意外にも力が強く無理だった。
無念である。
ぎりり、と唇を噛んだミルフィの様子にも気付かないベルガートは、まるで敵を見る眼差しで、ミルフィの肩を抱いたまま、令嬢カネルに相対した。
「公爵令嬢カネル! 男爵令嬢ミルフィへの卑劣な嫌がらせを認め、今すぐここで謝罪をしろ! 婚約は破棄だ!」
(えー!? ちょっと、ちょっと待って)
ミルフィは目玉がポーンと飛び出そうになった。
このままでは、頭の悪い浮気女のようだ。
婚約破棄なんて。
しかも、王子に肩を抱かれているなんて。
まるでミルフィとベルガートが恋人同士で関係があり、婚約者のカネルを断罪して、結婚しようとしているかのようだ。
頑固一徹の職人の父に似て、曲がったことの嫌いなミルフィは、浮気女などという不名誉な称号は酷く不本意だった。
なぜ好きでもない男と、こんなことになっているのか。
余りのショックに、じわ、と涙が零れそうになる。
涙腺が弱いのは、頑張りや根性でどうにもならない。
ミルフィはただ悔しかった。
「ああっかわいそうな僕の子猫ちゃん! 泣かせるなんて酷いじゃないかカネル! お前のその冷徹な顔つきが嫌なんだ」
と、王子が盛り上がる。
(さ、最悪ぅ……)
周囲の女性たちが、嫌悪のまなざしで自分を見ている。
きっと、王子の寵愛を得るためにしくしく泣いている女のように思われているだろう。
(違うのに……)
ミルフィが階段の下まで飛び降りたくなったその時、公爵令嬢カネラ・リモーネは静かに王子をキッと見据えた。
髪と同じ、美しく艶やかな深い紫の瞳。
カネラは高貴で色気のあるミステリアスな令嬢だった。
ついでに胸元も豊満である。
紅いルージュのひいた唇が冷静に言葉を紡ぐ。
「殿下。ミルフィ様への卑劣な嫌がらせなど、私にはそのような覚えはありませんわ」
「しらばっくれるな! 我が王国の未来を考えれば、カネラ、お前のような紫の瞳をした不気味な女は王妃にふさわしくない。態度もえらそうだ。何様なんだ、かわいさのかけらもないじゃないか! ミルフィを見ろ、女とはかくあるべきだ」
最低、というレディたちの囁きがフロアに広がる。
どちらかというとミルフィもそちらに同感だ。
しかし、ここで王子の股間を蹴り上げでもしたら、男爵の父だけでなく一家みんなで国につるし上げられ、破滅するだろう。
何も言えない、できない。
心苦しさにミルフィが震えていると、鼻の穴をふくらませた王子がビシッと人差し指を突きつけた。
「本日をもって婚約を破棄し、カミラ・リモーネ。お前を、王族への反逆思想をもった罪により、国外追放とする!」
(えっ、えええええええ!?)
先ほどの心の中での誓いもすみやかに忘れ、ミルフィはさすがに口を出した。
「でっ、殿下、それはいけません。そもそも、私は殿下とどうもこうもありませんし! 困ります」
「ミルフィ可哀想に。もう我慢せず僕に身を委ねていい。もう安心して素直になっていいのだよ。カネラはいつも僕に言い返してきたんだ、これって反逆だ。いい機会だから国外に行ってもらおう」
相変わらずびっくりするくらい話が通じない。
ミルフィは母親特性の、牧場のジャイアント・ミルク・ジェラートを一気に食べた時よりも、頭が痛くなった。
王子は金髪碧眼のさわやかな笑顔をまき散らしながら言った。
「さあ、僕と婚約して幸せな家庭を築こう! 子どもは九人だ、スポーツチームができるくらいたくさんがいいね、子猫ちゃん」
ダメだ。
完全に自分の世界に入っている。
(何が子猫ちゃんなの!? 私はもう16才だし、どっちかっていうと犬派だし! スポーツはアーチェリーが好きよ!個人競技最高じゃない!)
ミルフィーが怒鳴ろうとしたまさにその時。
公爵令嬢カネルが、すっと扇を閉じた。
パチン、と大広間に乾いた音が響く。
「ベルガート殿下。そこまでとちくるったお振る舞い、狂言を見せられると、呆れを通り越して感心いたしますわ」
「な、狂言だと!? 僕は真実を――」
「お黙り!」
凛としたカネルの一声に、大広間がしんと静まり返った。
ミルフィはゾクゾクしながらカネルを見守った。
(か、カッコいい!)
「殿下の支離滅裂な話に誰かが言い返さなければ、この国は滅びますわ。あなたはそれを反逆とお言いになるのかしら」
「何を言う!」
「例えば、少子化の対処法に、あなたは雪の国の移民を増やせばいいと勝手に決議なさった。けれど、彼らは去年、私たちの小麦をイナゴの群れのように食い尽くしていきましたわね? 今年も続行しようとしたあなたに、私が言い返して法案を作らなければ、アリスター国民は絶滅していましたわ」
「それが反逆だというのだ! 生意気な! 政治のことなど分かっていない女が、でしゃばるな! 雪の国の一族の女性は色が白く華奢で可愛らしい。我らが護ってやらねば。これは国家反逆罪だぞ」
「反逆の意味を理解してらっしゃるとは、とうてい思えませんわ」
「聖女候補ならいくらだっているんだ! 調子にのるな」
カネルは氷のような笑みを浮かべ、控えていた執事から一枚の分厚い羊皮紙を受け取ると、大広間の全員に見えるように掲げた。
「我がリモーネ公爵家を舐めないでいただきたい。あなたが1年間ミルフィー様にストーカーまがいの付きまといをし、断られ続けていた証拠、ならびに『迷子の迷子の僕の子猫ちゃん』並びに『愛天使とドキドキ☆するエブリディハッピーメモリアル』などという痛々しいポエムを送りつけていた控え、全て記録・保管しております」
「ぶふっ!?」
「ハッピー……」
「メモリアル……」
周囲の貴族たちから思わず吹き出す声が漏れた。
ミルフィは笑っていいやら泣いていいやらだった。
全て事実である。
カネルは、いや、公爵家は全て知っていたのだ。
王子がミルフィに言い寄っていたことを――。
カネルはさらに続ける。
「さらに、あなたが国費をして横領して購入した宝石の明細。王宮防衛陣の修復費用の抜き取り。全て調査済みですわ。横領した国費で雪の国に行き、よからぬ場所に行って、女性にサービスを受けていましたね?」
「ギクッ」
「それがあなたの言う政治なら、この国は滅びます」
「うるさいうるさいうるさーい! 誰かこの女をつまみだせ」
「いいえ、私は自分の足で出て行きます。今この瞬間をもって、我が公爵家はあなたとの婚約を破棄します! 併せて国費横領の大罪により、あなたの国外追放を議会に提案いたしますわ」
「な、なんだと……!? カネル、僕を誰だと――」
「はい、こちらが慰謝料の請求書です。以後は公爵家直属の弁護人を通して下さい」
「おい待て! 王族に向かってその態度は何だ! そんなこと許されるわけが」
阿鼻叫喚の惨状と化した大広間で、ジュースを飲んでいたミルフィーは呆然とカネルを見つめていた。
(わあ……カネル様、めちゃくちゃ準備してたんだなぁ……かっこいい……)
と、感心していたミルフィーだったが。
「――そして、男爵令嬢ミルフィー・ヴェルニ」
カネルの冷え冷えとした視線が、こちらへと向けられた。
「あっ、はい! ……私?」
「被害者であることは理解しております。ですが、殿下があなたにかまけて国政を疎かにし、騒動を引き起こしたということも事実。我が国の秩序のため、ヴェルニ男爵家には爵位を返上していただき、本日をもって我が国から国外追放とします」
「……えええええええええええぇぇーーーーっ!?」
完全なるとばっちりであった。
明日から自由な二年生が始まるかというめでたい日に、ミルフィは一家の爵位剥奪、そして国外追放という、あまりの理不尽な沙汰を下されてしまったのだった。
全く、権力とは理不尽なことをする。
*
お読みいただきありがとうございます。
リアクション、ブクマ、評価、感想、誤字報告など感謝です。気楽にお付き合いくださると幸いです。
丹空舞




