嫌われ男爵令嬢は漆黒の龍を愛でている 〜敵国冷酷皇子が私の最古参限界オタクだったなんて聞いてません~
全10話で毎日投稿します。
おおよそテンプレハッピーエンドですので気楽にお付き合いいただければ嬉しいです。
アリスター学院の特大シャンデリアがきらめく大広間には、軽快な弦楽四重奏のワルツが響き渡っていた。
くるくると踊る最上級生たちは、卒業パーティーの真っ最中だ。
椅子にちょこんと腰掛けているのは、ヴェルニ男爵家の一人娘、一年の令嬢ミルフィ・ヴェルニ。
「ご覧になって。あそこに座ってるのがミルフィ嬢よ」
「まあ。恥知らずにも程があるわ。もう女性は誰も彼女に話しかけないのね」
「当然よ、自分の婚約者をとられたくないもの」
「またピンク! 男に媚びを売る服と化粧よ。淑女のプライドはないのかしら」
「王子に色仕掛けで取り入ってらっしゃるって、不潔ね」
「婚約者がいるって知らないわけじゃないでしょうに」
「本当に。他にも男と見ればみさかいなく甘えて、しなだれかかるらしいわよ」
「それに、あの少女趣味の格好を見て。あんなドレス、男に受ければいいっていう考えが丸出しだわ」
「ああいう天真爛漫っぽく見せるあざとい女が好きなんて、本当に男って馬鹿だわ」
ひそひそ。
広間のあちこちで彼女についての言が飛び交っていた。
男爵令嬢ミルフィは巷の噂に違わず、たいそう可愛らしい姿をしていた。
桃色がかった大きな灰色の目はきらきらして、今にもこぼれ落ちそうだ。
ぱっちりした長い睫の下に、天使のようにぷっくりとした色白の小さな頬。
ぽっと色づいたバラ色の皮膚に、うるうるした愛らしい桃色の唇。
おまけに小柄で華奢でちょこちょこと歩くものだから、いやおうなしに周りの庇護欲を煽る。
高い声に、ふわふわした巻き毛の桃色の髪はまさに可憐そのもので、まるで砂糖菓子のような男爵令嬢だ。
そんなミルフィは、静かに自分の指先を見つめていた。
中指の爪の端には、昨日描いた高位防衛陣の青い魔導インクが、ほんの少しだけ残っている。
(あ〜……青インク無くなりそうなんだった。早く発注かけなきゃだめだなぁ)
ミルフィーの実家は、大工の棟梁である。
思い切り平民コースなのだが、ミルフィーの父親は聖遺物を修復する職人だった。
あまりにも腕が良いため、あれよあれよと王宮に引っ張り出された挙句、男爵になってしまった。
ミルフィはふわふわしたレースとフリルに縁取られた、パーティー用のアフタヌーンドレスを身に纏っていた。
何しろ小柄で細いので、オーダーメイドでなければぴったりとは入らない。しかし、ミルフィは男爵令嬢――、つまりは貴族としては、そこまで裕福では無い男爵の令嬢である。つまり、オーダーメイドなど夢のまた夢なのだ。
じゃあ、どうなるかというと、既製品のもう少し小さな貴族の女子用のドレスを買おうということになる。
その結果、ミルフィが身につける物は全て、期せずして『少女趣味の』『お可愛らしい』衣服になるのだった。
(本当なら……みんながつけているみたいな、胸元がぱっくり開いた『いかしたドレス』を着てみたい人生だったわ……はぁ……お金も胸も身長も足りてないし、こんなデザインの服ばっかりだけど……いいけど……憧れるだけはいいもんね……)
愛らしい男爵令嬢。
そういえば聞こえはいいが、つまりミルフィは非常に童顔なのだった。
背も低く、髪も生まれつきの巻き毛なので、威厳だとか色気のようなものがまるで無い。
ミルフィー本人は、この童顔と身長の低さ、そして己の威厳のなさを、ものすごく気にしていた。
天使のようだと言われることはあっても、妖艶だとは形容されない。可愛いと言われても、色っぽいとは言われない。胸も真っ平らで、口紅を塗れば仮装大会のようになる。
まるでおとぎ話から抜け出てきたような、可愛らしい美少女。男たちの注目を一心に集めるような、男爵令嬢。
時に女から疎まれ妬まれるような、あざとい娘。
天真爛漫な、伝統的な貴族にはない少し天然な少女。
そんなミルフィも己自身に納得しているわけでは決して無かった。
コンプレックスはどんな人間にも、各人それぞれにあるものである。
そんなわけで、ミルフィは入学当初、第二王子ベルガートに『理想の女性だ』と一目惚れされて口説かれても、全くときめかなかった。
ミルフィーの好みは、きちんとした倫理観を持った大人の男である。
間違ってもロリコンを公言する男ではない。
しかし、ベルガートは婚約者がいる身でありながら、あの手この手でミルフィに迫ってきたのだった。
「もうすぐ誕生日だろう。宝石を見に行こう」
「王宮で流行りの菓子がある、食べにおいで」
「王家の御用達のレストランがあるんだ。気になるだろう」
「僕の新しい枕が最高なんだ。体験する?」
「今日も愛らしいね。下に着ている服も同じ色なのかい」
「髪形を変えた? いつも君を見てるから分かってしまうんだよね」
だとか、セクハラまがいの言葉も含めて、断っても断っても着いてくる王子を邪険にすることもできず、ミルフィは半笑いでいなしていた。
第二王子ベルガートはいたく、ミルフィに執心していたが、もちろん問題があった。
ベルガートには幼少期からの婚約者がいるのである。
公爵令嬢であり、国を代表する聖女でもある、カネル・リモネー。
公爵と縁故を結ぶため、ベルガート王子が生まれ落ちる前から、王家と公爵家の婚約は決まっていたという。
いわゆる筋金入りの許嫁だ。
なぜ、そんな相手がいながら、しがない男爵令嬢に執着するのか、ミルフィには全く理解できなかった。
しかしながら、如何ともしがたいことに、半年ほど経った辺りから、カネル嬢の取り巻きの『伝統的な』令嬢たちから、ミルフィは呼び出しをくらうことになった。
王子の婚約者であり、さらには王国を代表する聖女であり、さらには公爵令嬢という三拍子揃ったカネル様をお支えするのが自分の使命だと、彼女たちは本気で思っているらしかった。
「あなた、貴族の令嬢としてきちんとなさい。カネル様のお立場も考えて? そもそも王子があなたのような、ただの男爵令嬢と話すなど、あってはならないことなのです」
令嬢たちは分かっていない。
ミルフィーも話したくて話しているのではないのだ。
「あの、私は全く望んでないんですが、王子がしつこく話しかけて来られてですねぇ……」
とぼやけば、カネルの取り巻きたちは、信じられないものを見る目をした。
「なんという礼儀知らず! 王子を誑かしておいて、相手が悪いなど貴族の令嬢とは思えない言い草だわ」
「恥知らず。雌猫も良いところだわ。お可哀想なカネル様」
「あざといわね。顔だけじゃない、こんな女」
「顔もたいしたことないわ。このブス! 早く退学なさいよ!」
ミルフィは冷静に尋ねた。
「あのう、カネル様がそのようにおっしゃっているのですか?」
「そんなわけないじゃない!お優しいカネル様が言えないことをわたくしたちが代わりに言ってさしあげているのだわ」
と、もう話にならないので、放っておいたのだ。
所詮は成金男爵の娘だもの、友達なんていなくていいわと、自虐的に笑い、ミルフィは開き直って1年過ごした。
(ふう、これでやっと……)
ようやく王子が卒業する。
学年が離れていてよかった。もし同年に産まれていたら、あのロリコン浮気男とあと2年も過ごすはめになっていた。
そもそも、ミルフィーが好きなのは宝石でも菓子でもなく、魔法陣なのだ。
学院で、『顔は愛らしいけれどあざとい、成り金の平民娘』と令嬢たちから蔑まれても、ミルフィーは気にしなかった。
なぜなら、誰も知らないところで、王国の安全に関与していることに誉れを抱いていたからだ。
ミルフィは数年前から『✝ディミロス✝』というコードネームで、魔法陣を創っていた。
わりとファンも多いのだ。
大工の親方の父親の血を受け継いだためなのか。
ミルフィは、聖遺物の修復を見様見まねで勉強するうちに、独自の理論で魔法陣を描けるようになったのだった。
ちなみに、『ディミロス』の由来は、「幾千万の美しき葉脈を抱く伝説の魔法獣」である。
そう、極めて中二病的だ。
が、ミルフィは密かにこの感じ、いわゆる中二病特有の雰囲気に憧れを抱いていた。
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