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第15話 女将シア・メーン

「……え?」


 カイは思わず聞き返した。


「本当に、泊めてもらえるんですか?」


 女性は穏やかに微笑む。


「ええ。宿を営んでおりますので。」


 その笑顔は、どこか儚く、それでいて優しかった。


「申し遅れました。わたくしは、シア・メーンと申します。」


 そう言って、和装にも似た衣装の裾を軽くつまみ、一礼する。


「俺は巻神カイです。」


「コットです!」


「ピュイッ!」


 シロも元気よく返事をした。


「それでは参りましょう。宿までは少し距離がありますので。」


 シアは道端に停められていた乗り物へ案内した。


 木製の車体に青銅色の装飾。


 前方には二枚の風受け板が付いており、その中央では淡い緑色の魔石が静かに輝いている。


 魔石の力で風を取り込み、推進力へ変える魔導車――《ウィンドキャリッジ》。


 馬を必要とせず、四、五人ほどが乗れる小型の移動車両だった。


「すごっ!」


 コットは目を輝かせる。


「これ初めて乗る!」


「旅人の方には珍しいかもしれませんね。」


 四人が乗り込むと、シアが魔石へ手をかざす。


 ブォォ……


 静かな風が巻き起こり、車体がゆっくりと動き出した。


「速い……!」


 石畳の上を滑るように進む乗り物に、カイは思わず感心する。


「ソルテミアって、こんな便利なものまであるんだな。」


「首都ですから。」


 シアは少しだけ誇らしそうに微笑んだ。


 車窓から流れる街並みを眺めながら、四人は自然と旅の話になり、気付けば車内には笑い声が響いていた。


 やがて街の中心部を離れ、人気の少ない丘の上へ。


 魔導車がゆっくり止まる。


「着きました。」


 シアが微笑む。


 カイは期待を胸に外へ降りた。


 そして――


「…………え。」


 三人の動きが止まる。


 目の前に建っていたのは、大きな木造建築。


 しかし、その姿はあまりにも痛々しかった。


 屋根瓦はところどころ崩れ落ち、壁には無数のひび。


 窓ガラスは割れ、庭は雑草に覆われている。


 看板は斜めに傾き、かろうじて文字だけが読めた。


 温泉宿・康風(こうふ)の湯


 夕暮れの薄暗さも相まって、まるで幽霊屋敷だった。


「……お化け屋敷?」


 カイが思わず呟く。


「ピュ……」


 シロもコットの後ろへ隠れる。


「……すみません。」


 シアは申し訳なさそうに俯いた。


「驚かせてしまいましたね。」


 その横顔からは、先ほどまでの笑顔が消えていた。


「昔は、この宿も多くのお客様で賑わっていたそうです。」


 そう語り始めた声は、とても静かだった。


「父が温泉宿を建て、この康風の湯は首都でも人気の宿でした。」


 しかし、と。


「三年前、父は高額報酬のクエストへ向かいました。」


 とある魔物の討伐。


 危険ではあったが、成功すれば宿の借金を一気に返済できるほどの報酬だったという。


「ですが……帰ってきませんでした。」


 討伐隊の生き残りが語った。


 強力な魔物の群れに襲われたこと。


 最後まで仲間を逃がすため、一人で立ちはだかったこと。


 そして――そのまま消息を絶ったこと。


「おそらく……亡くなっています。」


 シアは唇を噛む。


「父がいなくなってから、お客様は減り……」


「従業員も生活がありますから、皆辞めていきました。」


「今では、わたくし一人です。」


 宿を維持するだけでも精一杯。


 借金だけが残り続けた。


「温泉宿を建てた時の借金も、もう返せそうにありません。」


 彼女は建物を見上げる。


「そろそろ……この宿を畳もうと思っています。」


 だから。


「どうせ空いておりますし、皆さんは無料で泊まってください。」


 その笑顔は、笑顔とは呼べないほど寂しかった。


 カイも、コットも、シロも何も言えない。


 ようやく見つけた宿。


 その裏に、こんな事情があったとは思いもしなかった。


 沈黙が流れる。


その時だった。


「おーーい、シアちゃ〜ん♡」


 場違いなほど明るい声が、静かな丘に響いた。


 全員が振り返る。


 坂道を上がってきたのは、二人の男。


 年齢は三十代前半ほど。


 背格好も、顔立ちも、髪型まで瓜二つ。


 まるで鏡を見ているかのような双子だった。


 違うのは、片方が赤いネクタイを、もう片方が青いネクタイを締めていることくらいだ。


 二人とも派手な紫色のスーツを着込み、口元にはいやらしい笑みを浮かべていた。


 赤いネクタイの男が肩をすくめる。


「約束の日よ〜? もちろん、お金は用意できてるわよねぇ〜?」


 青いネクタイの男も同じ笑みを浮かべる。


「まさか、『ありません』なんて言わないわよねぇ〜?」


 二人は息ぴったりに笑った。


「「オ〜ッホッホッホッホ♡」」


 コットが小声でカイに耳打ちする。


「……双子?」


「たぶんな。」


「なんか喋り方まで一緒だよ……。」


 シアはぎゅっと拳を握り締める。


「……申し訳ありません。もう少しだけ、お時間をいただけませんか。」


 赤いネクタイの男は、露骨にため息をついた。


「ダメよぉ〜。」


 青いネクタイの男も首を横に振る。


「こっちだってお仕事なのよぉ〜。」


「借りたものは返す。」


「それが世の中のルールなのよねぇ〜。」


 二人はシアを囲むように歩み寄る。


「それともぉ……」


「この宿を、今日ここで差し押さえちゃうぅ?」


 その言葉に、シアの肩がびくりと震えた。


 夕暮れの風が、壊れかけた《温泉宿・康風の湯》の看板を、ギィ……と寂しげに揺らした。


第16話へ続くーー


 《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

 《スキル:変幻自在/布界収納(小)/水纏状態

 /魔力吸収》

 《限定スキル:雫裂・二式》

 《特殊スキル:黒喰/転換布癒Ⅰ/微癒の湯化》




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