第10話:世界の拒絶反応「レジスト」
ミコトは静かに目を閉じる。
(『生命に寄与する要素』…それを追加すると、何か副作用のようなものがあるのではと思ってたけど…。)
(そんな甘いものじゃなかった…管理者が行うことすべてに対しての拒絶反応じゃないか……)
彼はゆっくりと息を吐きながら、案内人スキルに先ほどの『相反する存在』について改めて投げかける。
「管理者が世界に介入すると、その成果を打ち消そうとする『相反する存在』が世界によって産み出される…」
「この事象は、管理者の介入に対しての、世界の拒絶反応のように感じます。」
案内人スキルは数秒の沈黙の後、応じた。
(「……それは、あり得る仮説です。世界そのものが介入を拒むという考え方は、実に理に適っていると思います。」)
ミコトは軽く肩をすくめ、独り言のように呟いた。
「それなら、この拒絶反応によって生まれる存在は、言うなればレジスト…ですよね…。」
この言葉に、案内人スキルは驚き感心した様子を見せた。
(「『世界の拒絶反応―― レジスト』、ですか! なるほど。ミコト様の考え方はとても分かりやすく、明確に言い当てていると思います。」)
(「ミコト様、この『世界の拒絶反応―― レジスト』という考え方と言葉を、今後使ってもよろしいでしょうか?」)
ミコトは、単に案内人スキルとの会話の中のことだろうと思い、軽く了承した。
しかし、ミコトが了承したその瞬間から、ルナティアの管理者サイドの認識の中に『世界の拒絶反応』という概念が刻まれ、『レジスト』という言葉が正式な定義として組み込まれていった。
それはやがてルナティア全体へ広がり、さらにすべての派生世界へと伝播することになるとは、ミコトには思いもよらず、また知る由もなかった。
案内人スキルは、ポツリとこぼす。
(「ルナティアでは、フィアナ様が苦心して作り上げた『スキルシステム』にも、レジストが産まれてしまいました……」)
ミコトの思考が、ひとつの線に結びついた。
(スキルシステム……そうか、それがルナティアの“生命に寄与する要素”か!)
(異世界でスキルって、物語では定番だったから、違和感なく受け止めちゃってたけど……)
(そして、『案内人スキル』の存在も、ずっとそのヒントだったんだ。)
生命に寄与する要素については、彼は世界そのものの法則が増えるような、もっと大掛かりな概念的なものを想像していた。
しかし、実際には、ゲームのようなシステムが導入されていたのだ。
(なんというか…こう言っては悪いけど、ゲームみたいだな…。)
(まぁ、分かりやすくて良いけれど…。)
ミコトは異世界の『生命に寄与する要素』について、もっと大掛かりな物理法則が増えるような追加要素はないかと考えた。
それこそ、引力やエネルギー保存の法則のような、世界そのものを形作る根幹的な仕組みを。
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時間がループする法則―― 特定の条件下で時が巻き戻り、一部の者には『ループ前の出来事』が管理者によって伝えられる。それは、『過去である未来』。運命の選択肢を何度も繰り返し、より良い未来を掴むことができるのか。それとも、この永遠の輪の中に囚われ続けるのか。
種として進化する法則―― 生命が極限にまで磨かれたとき、それは『種の限界』を打ち破り、新たな上位の種へと変貌する。だが、進化は一度きりでは終わらない。頂点に立つ者は、更なる適応と変革を繰り返し、より高度な生命へと昇華していく。幾度となく進化を重ね、知識と力を蓄え続けた者は、やがて『神にも等しい存在』へと至る。
記憶を残したまま生まれ変わる法則―― 深い絆や未練を抱える者は、生まれ変わってもその記憶を維持できる。英雄が命を落とし、再び同じ世界へと還ったなら、その知識と経験は、次なる運命の礎となる。
強い想いが物質に作用する法則―― 想いが現実を変える。怒りが光となって身体を包むと、上半身の衣類は吹き飛び、肉体は強靭な鎧となる。悲しみは白く輝く刀身にまとい、空間をも切り裂く刃になる。慈しみはぬくもりとなって傷を癒し、生命の輝きを取り戻す。幼くとも、非力でも、死の間際であっても、想いが強ければ強いほど、それは力を持ち世界に影響を与えるのだ!
経験によってレベルアップする法則―― すべての戦いと試練は、確実に力へと変わる。努力を重ねることで、どんな者でも強さが数十倍、数百倍に跳ね上がる。幼い少年でも、戦いを繰り返しさえすれば、瞬く間に剛腕の戦士を凌ぐ力を持つようになる。老いた魔術師も、ひとたび戦いに身を投じれば、雷を呼び嵐を操る大賢者へと変貌する。しかし、その姿は変わらない。どれほどの力を得ても、どれほどの速度で成長しても、外見はあくまで元のまま。少年は少年のまま、老魔術師は老魔術師のまま、ひたすら強くなり続ける。そして、衰えることもない。気がつけば、10歳の少年が「伝説の竜を一撃で葬った英雄」になっているのだ!!
……
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(……考えても考えても、どこかの漫画に出てくる異能力や、ゲームの設定みたいになっちゃうな~)
彼は苦笑する。
(これが俺の想像力の限界か…。)
もし、世界そのものを形作る根幹的な法則を追加できるのだとしたら、世界の本質はどこまで変えられるのだろうか。
そして管理者が介入することで生まれる「レジスト」は、いったいどのような存在になってしまうのか。
仮にそんな異世界があるとしたら―― そこへ転移したとき、その法則に順応できるのだろうか。
ミコトは少し息をつき、人類にのみ付与される『ゲーム的な要素』ぐらいが丁度いいなと、改めて思い直した。
(しかし、世界の根幹的な法則を考え出し、その影響を全て見通せる者が存在するとしたら、その管理者はどんな存在なのか…?)
(『異世界の管理者』とは、ぼんやりと神のような全知全能の存在をイメージしていたけど…。)
(逆に、『ゲーム的な要素』を追加している世界の管理者は、人間のような思考をしているってこと?)
そして、ふと頭をよぎる。
(『生命に寄与する要素』は管理者が考えて追加しているらしいから……少なくともルナティアの管理者のフィアナは、人のような思考を持っているってことだよね?)
(だとすれば、フィアナは……もしかして、元は人だったとか?)
(異世界転移があるなら、もしかすると、異世界転生によって管理者になるなんてことも…あり得る?)
(そして、他の異世界も…ルナティアより上手くいってないってことは、その管理者も……)
彼はその考えに沈みかけるが、頭を軽く振って軌道修正する。無意味な憶測に囚われるより、まずは目の前の事実を整理しなければならない。
(…いかんいかん、まだ確認すべきことは山積みだ!)
ミコトが考え込んでいる間、案内人スキルは戸惑いながら沈黙していた。
(「……?」)
案内人スキルは、間を置いて、またポツリとこぼす。
(「そのレジストは…『アビリティシステム』と言います。これはルナティア特有の『世界の拒絶反応』になります。」)
(「ルナティアでは、『生命に寄与する要素』として、『スキルシステム』がフィアナ様により考案され、人類に与えられたのですが…。」)
(「…しかし、あろうことか、似て非なる『アビリティシステム』が、世界によって魔族に与えられてしまったのです…。」)
ミコトは軽く相槌する。
「はい…」
(なるほど、『生命に寄与する要素』は異世界によって違うから、それに対するレジストも異世界によって違うため、その世界特有のレジストになるってことか…。)
案内人スキルは続ける。
(「…『アビリティシステム』の完成度は、『スキルシステム』に全く及びませんが。」)
ミコトは眉をひそめる。スキルシステムを誇る管理者サイドが言う「完成度」とは、一体何を指しているのか。
システムの使い勝手なのか、種類の数の差なのか、機能の強さの問題なのか。
(システムの完成度については、感情的になって言っているのか、それとも本当にそうなのか……レジストなら同等である必要があると思うけど?)
(『スキルシステム』について説明してもらうときに、ここは必ず掘り下げないといけない所だな…。)
案内人スキルの言葉には、悔しさが滲んでいた。
しかし、ミコトは色々と考え込んでいたため、つい案内人スキルに雑な返事をしてしまった。
「そうなんですね…」
それは案内人スキルにとって思いもよらない返事だったのだろう。驚きのあまり突然と声を上げた。
(「えっ!?」)
「えっ!?」
ミコトも驚き、思わず同じように返した。
そして、何事かと聞く。
「…えっと、…どうかしましたか?」
案内人スキルは少し狼狽えながら、気落ちした様子で返した。
(「あ、いえ…たいへん失礼しました。スキルシステムに興味がないように感じましたので……。」)
(「先ほど『ステータス画面』をご覧になってたときも、すぐに閉じてしまわれたようで……。」)
(あぁ、なるほど…。)
ミコトは納得した。
ルナティアにとって、スキルシステムは誇るべき自慢のシステムなのだろう。
初めてこの世界の時間に追いついた派生世界、しかも産まれて一度目に。
その成果には、強い自負があるはずだ。
「いえいえ、興味は大変あります。ものすごく!」
「でも、ルナティアとスキルについては、また順を追って頭から聞きたいと考えてます。」
案内人スキルは、安心した調子で朗らかに答えた。
(「承知しました。後ほどしっかり説明させていただきます!」)
ミコトは、興味のある所を点々と聞いてしまうのではなく、順を追って情報を整理しながら進めていこうと考えていた。
そうしないと、重要な考慮点を見落としかねないことを、過去の経験から理解している。




