第11話:夜空の向こうには
ミコトはお気に入りの菓子の袋をゆっくりと開いた。
発酵バターを使った生地の良い香りがふんわりと広がり、室内の空気と混ざり合う。
お気に入りのチョコチップクッキーが、個別包装の袋の中でひっそりと眠っている。
これを常に『三枚以上常備する』―― それが彼の小さなこだわりだった。
一口かじると、しっとりした食感とともに、チョコの甘さが広がった。
そのまま、彼は缶コーヒーのプルタブに指をかける。
プシュッ…澄んだ音が響き、ブラックコーヒーの香りが立ち上る。
本当なら、いつものようにドリップコーヒーを淹れながら一息つきたいところだが、今は時間がない。
そう思いながら、窓の外に目を向ける。
すでに空は薄暗く、街の光が霞んでいた。
ちらほらと星が輝き始め、静かな夜が幕を開ける。
その星たちの向こうには、≪どこかの異世界の管理者に選ばれた銀河≫があるのだろう―― そう思うと、ふと不思議な気持ちになる。
異世界そのものが空の向こうにあるわけではない。しかし、「投影」という形で、世界は繋がっている。
(もし、宇宙全体―― すべての銀河に生命が羽ばたく時が来たら、その世界を親にしている派生世界側の投影はどうなるのだろう?)
ミコトは頭を少し休めるつもりだったが、派生世界の未知なる謎に惹かれ、考えずにはいられなかった。
親の世界の人類の『活動圏』が広がっていき、派生世界側の人類が≪望遠鏡などで観測可能な『知覚圏』≫と重なるイメージが、ミコトの脳内に広がる。
(『親の世界の人口の光』が、そのまま派生世界側に投影されるのかな?)
彼は“そうならいいな”と思いつつ、『派生世界ルナティア』で具体的に考えてみた。
(例えば、こちらの世界の≪ルナティアが選んだ銀河≫に、地球の宇宙船がどんどん送り込まれて…)
(更に、こちらの世界の≪ルナティアが選んだ母星≫にまで迫り、すぐ近くの惑星を開発し始めたら…)
(ルナティアからも、その様子が見える…?)
そして、新たにもう一つの疑問が生まれた。
(こちらの世界に限らず≪生命が宇宙全体に広がり尽くした世界≫が現れたらどうなるのかな?)
ミコトはそのまま案内人スキルに投げかけた。
「宇宙全体に生命が広がった世界は、完成した世界として扱われるのかな?…その下に新たな派生世界は産まれなくなるのでしょうか?」
(「申し訳ありません。その情報は持ち合わせておりません…」)
朗らかで柔らかな声だったが、語尾に少し申し訳なさそうな響きがあった。
(「ですが、そのような時が来るのを願っております。」)
「そうですね!…うん、そうなって欲しい。」
ミコトは微笑み、静かに首を振る。
考え始めるときりがない―― 少なくとも、自分が生きている間にそんな未来は訪れないだろう。
ミコトは、派生世界の仕組みについては概ね把握できたと感じていた。
次はルナティアの詳細を聞くことになるが、場合によっては異世界全体について触れることもあるだろう。
必要があれば、その時点でさらに掘り下げていこう―― そう考えながら、ルナティアについての確認事項を、どんな恒星と母星か?、母星の公転の間隔は?、とノートPCにメモを取っていく。
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・派生世界
『こちらの世界のコピーなら、生命の母星は地球のはず』: 済
⇒全く別の星。銀河も異なる。
『気候や1日、1年の長さは、こちらの世界の地球と同じはず』: 済
⇒選んだ星の自転と公転の周期による。気候は地軸の傾きと気流・海流によって左右される。
『時間の流れの速さは、こちらの世界と一致するのか?』: 済
⇒派生世界の誕生から1万年程は1000倍の速さで進む。こちらの世界の時間に追いつけば、こちらの世界と同じ時間の速さになる。
『こちらの世界の地球と生態系は同じはず』: 済
⇒地球の1万年前の生体系と同じ。ただし、人間が品種改良した生物は存在せず、逆に地球ではすでに絶滅した生物が残っている可能性がある。
『文明水準はこちらの世界の現代と同程度なのか?』: 済
⇒地球の1万年前の人類。文明と呼べるものはなし。言葉はあっても文字はない。
『異世界の人類の種類は人間だけ?』:済
⇒ヒトネ(人間)、エルフ、ドワーフ、オビト(獣人)、ポックルが標準で存在。管理者により他の種族が追加されることもある。
『生命に寄与する要素の追加に、副作用はあるか?』:済
⇒管理者が世界に介入すると、世界が拒絶反応を示し、レジストが必ず産まれる。
・ルナティア
『どんな恒星と母星か?』: 未済
『母星の公転の間隔、自転の間隔は?』: 未済
『時間の単位はどうなっているか?』: 未済
『どんな地形か?』: 未済
『どんな気候か?』: 未済
『生物の分布は?』: 未済
『文明レベルと社会構造は?』: 未済
『人類の種類は?』:済
⇒ヒトネ(人間)、エルフ、ドワーフ、オビト(獣人)、ポックル
『レジストとその状況は?』: 未済
『生命に寄与する追加要素』: 済
⇒スキルシステム
『スキルシステムの詳細』:未済
『スキルシステムとアビリティシステムの違いについて』:未済
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『スキルシステムとアビリティシステムの違いについて』を追加した時に、ミコトにひらめきがよぎった。
(じゃあ、スキルを与えられた人類と、アビリティを与えられた魔族の違いは?)
(…そもそも、魔族は人と同じ姿をしているのか?能力も似ているのか?)
(そういえばさっき、魔族には情がないって聞いたよな。)
(それなら、人の良心や情によって力が増すようなスキルを加えたらどうだろう?)
(そうすれば人類が有利になれるかも…。)
(…いや、逆に魔族には、残酷さによって強くなるアビリティが与えられてしまうか…。)
しかし、ミコトは腕を組みながら思う―― この線は悪くなさそうだと。
(この人類と魔族の違いを、もっと掘り下げたほうが良さそうに思える。)
(明確なビジョンのない勘のようなものだけど、何かの突破口になりそうな…そんな感じがするな!)
そして、彼はメモに1行追加する。
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『人類と魔族の違いについて』:未済
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ノートPCへの入力が終わり手が止まると、画面に並んだ項目をじっと見つめながら、改めて異世界の奥深さを感じた。
ミコトはふと、ルナティアの時の流れに思いを馳せる。
残ったクッキーをもう一口かじり、缶コーヒーを傾けながら。
(自分の10年前も辛かったけど…ルナティアはその10年で1万年の時を経て、その間ずっとレジストと戦う苦難の道を歩んでいたんだな。)
自分は色々と大変だった。
だが、ルナティアも大変だったのだ。
数えきれないほどの人々が、レジストとの戦いで散っていったのだろうから、その苦労の大きさは自分とは比べるべくもないが。
そう思考を巡らせながら、その苦労の時が重なっていることに、ミコトは―― 『派生世界ルナティア』に、思いがけない親近感を覚える。
(もう疑わなくて良さそうだ。この異世界転移の誘いは、真っ当な異世界転移だろう。)
(少なくとも、何らかの理由で純粋にこちらの世界の知識が求められているようだ。)
(手厚い支援が伴う異世界転移…そう捉えても問題なさそうだな。)
(……)
ミコトは思わず口元を緩め、小さく肩をすくめて笑った。
(『真っ当な異世界転移』って、…自分で考えといてなんだけど…ジワジワくるな…)
―― そして、ダイアログボックスの自動的に[拒否]になるまでの時間は、78分25秒になっていた。
『※あと78分25秒で自動的に[拒否]になります。』




