32話:お客様にご案内
「アシュクロフト邸にようこそ、先に少し休む? それとも先に屋敷の案内をする? お客様なんだから、スライ先輩が好きに決めていいですよ」
「クリス、お部屋のご用意はできてますの?」
「ええ、視えたので」
姉弟でのやり取りをしている間、少し考えていたアンジーは「行っちゃいけないところとかあったら、教えてもらえませんか」と発言した。
「じゃあ、荷物はみんなに預けて家を回ろっか!」
「楽しそうですわね、クリス」
「姉様も行くんですよ!」
クリスは右手に自分の姉、左手に来客、と手を繋いで、屋敷の中を歩き出す。気の利いた使用人が子供達の屋敷探検を他の使用人達に告げ、一人が「お茶の時間には戻ってきてくださいね」と声をかけた。
「お客様の分も、お茶とお菓子をご用意しておりますから」
「奥様も、お客様に会うのを楽しみにしておりましたよ」
「私の分もですか? ありがとうございます!」
アンジーがぺこっと頭を下げるのを見て、エスメラルダが「そこはせめて、裾を摘まんだお辞儀をなさいな」とちいさく注意した。
「すみません、礼儀作法のテストはちゃんとできたんですけど、やっぱり咄嗟に出るのはまだこっちのようで……」
「いい機会ですから、母様に教わるといいですわ。他国から嫁入りの際に作法を覚え直したと前に言っていましたから、きっといい助言をいただけると思います」
申し訳なさそうに言うアンジーに「でも後から学んであれだけ覚えるなんてすごいです」とクリスが邪気のない笑顔を向けた。ゲームの記憶のある彼にとって、ゲームとしての勉強も大変だった覚えがある。けれどそれが現実であるこの世界で、学年一位の称号を手に入れるまでの努力はいかばかりか。それも、今まで無学だった庶民のアンジーが、と思うとその難易度にクリスは内心で感服していた。
「こっちが僕の部屋で、隣が姉様の部屋。スライ先輩に使ってもらう予定の客室は、姉様の部屋の向かいにあるここです」
ドアのひとつひとつを示しながら、クリスが先導して案内する。手洗いや風呂場、食堂などの一般的なものから、近づいては行けない父の執務室、図書室、それから庭も。
「あ、あれがウチの自慢の温室!」
「聞いたことがあります、アシュクロフト伯爵は奥方のために、暖かい地域の花を咲かせるための温室を作ったって」
「結婚前にやってしまったものですから、父様も過激というか……やりすぎというか……」
ガラス張りの綺麗な温室の中は冬でも暖かくなるよう、魔法で保温がされていた。少し三人で入って、暖かさと冬でも咲く花の美しさを堪能する。
探りを入れるような恐る恐るの会話は、少しずつこなれてきて。三時のお茶の時間だからと言って応接間に戻る頃には、お互いに慣れてきたようだった。




