45話 雪月花③
リビングに雪姫と美月の笑い声が響いてるとき、足音がした。振り返るとレギンスを履いて、半そででショート丈のTシャツを着た花恋が空のペットボトルを持ってリビングに来ていた。
「お兄ちゃん、おかえりーっ。なんだかにぎやかで楽しそうだね。美月さんの笑い声が聞こえて来てたよ。だれか来てるのかな?」
「花恋、おつかれさん。来てる、来てる。だれだと思う?」
花恋の視線をふさぐように、リビングの入り口に人間バリケードとして立った。
「うわぁー、ちょっといじわるな顔してるよ。うーんとねえ、ホストさんかな?」
「残念、一応女」
なんか後ろで机をたたく音が聞こえた気がする。
「えっとねー、ライチちゃん?」
「惜しい。ライライより背が高い」
「えーっ、そんなひといたかな?」
くびをかしげて考える花恋。花恋の前をどいて、部屋の中に案内した。
雪姫を見ると、やれやれとあきれたような顔で、机に肘をついて俺たちの様子を見ていた。
なにげなくリビングに入った花恋の足が急にブレーキを踏んだように止まって、肩をすくめて両手で口をかくしながら「ええーーーーっっ」と高い声を上げていた。「あたしのこと、覚えてるんだ」と意外そうにした雪姫が立ち上がり、ちょっとだけ体を固くしながら右手を挙げていた。
「うん、うん。ひさしぶり。わかる、わかる。ちょっと時間空きすぎて、なに言っていいかわかんないよね。でも、覚えててくれたんだ。うれしいよ。いまはね、ただの七色エスケープ、天宮花恋のファンだよ。あと、ついでに君の兄の友人してる」
「奏さんですよね。雑誌の撮影で一緒だった、あの」
「うん、うん。スタジオで夏物の撮影してたから、春先だったかな。1年ぶりぐらいだね。おひさ、おひさ」
「ありがとうございます。私、ずっと奏さんにもらった言葉を大事にして、勇気をもらって仕事してるんです。ほんとうに、感謝してます」
「ははっ、ははは。いやー、いやー照れるー。でもね、あれは本当」
花恋と雪姫はそのまま立ち話をはじめる。雪姫はめずらしく饒舌に話すし、花恋は真剣に雪姫の顔を見上げて、一生懸命うなずいていた。
「ねえ、しぐれ。なんだかふたり、素敵な関係じゃない?」
「花恋が女の顔してる」
「ちがうわ。あれは憧れとか尊敬よ。ほんとうに雪姫のこと慕ってるのね」
「俺にはあんな顔したことないのに」
「シスコンしぐれが気づいてないだけで、花恋ちゃんはしぐれのことよく見てるわよ」
「天にも昇る気分だ」
「心配そうにだけれどね」
「地に落ちたぞ、おい」
キッチンのケトルからお湯が沸いた音がした。人数分のインスタント味噌汁をつくって、持っていく。雪姫は豚汁もってるから、三つだけ用意した。
「おっ、おっ?」
わざとらしく雪姫と花恋の間を通って机の上に味噌汁を置いたら、雪姫がいじわるな笑い方をしながら眉をあげていた。
「牛丼くうぞ、雪姫。座れ」
「ははっ。なんだ、なんだ。大事な妹を取らないよ、安心しなよお兄ちゃん。でも、お腹は減った。ずっとピアノ弾いてたら味の濃いもの食べたくなるんだよー」
「私もです。ライブのあととか、すぐラーメンとか牛丼食べたくなっちゃって」
「話し方」
椅子に座ってテーブルを囲む中、雪姫が花恋の言葉を遮るように言った。
「えっ?」
驚く花恋に雪姫は、低い声で、鋭く言う。
「話し方。遠くなくていいよ。雑音に話すみたいにラフでいい。営業スマイル?なんていうか、薄っぺらいのはきらいなんだ。呼び方も、好きに呼ぶと言い。あたしもそうするから。こら、こら。おまえら、あたしのことそんな目で見るんじゃない。あと、雑音、ざつおーん。おねがい、お願いだ。卵割ってくれ。お店だと割ってくれるのに、持ち帰りだと割ってくんないんだ。あたしが割るとうまくいかないんだよー。なあ、ざつおーん」
いろいろと、こう、なんて不器用な女だと思う。横で美月も俺と同じ目をしていた。
「わかったから、卵持って手を振るな。卵よこせ。乗せるぞ、そら」
「よーし、よし。うん、いい色した卵ちゃんだ。あれ、あれ。ほら、妹ちゃんも食べよ?」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。奏さんかわいすぎないかな? なんで格好良さを残してかわいくなれるのかなっ」
花恋が、雪姫にすっかりなついてしまっている。
「雪姫は我慢のできないやつだから。空腹我慢しすぎると他のこと全部どうでもよくなったり、イライラしたり幼児退行する」
「おい、おい。ひとを情緒不安定みたいに言わないでおくれよ。うん、うん。あとな、いつまで牛丼の写真撮ってるんだ、美月は」
「だって、はじめての牛丼なのよ。わくわくしちゃうでしょっ」
目を輝かせ、肘を上下に揺らす美月。揺れ幅はおっぱいのほうが大きかった。
「わぁ、私の好きなやつだ。うれしいなー。ありがとう、お兄ちゃん」
「よかった。つーわけで、頂きます。美月、口合わなかったら悪いな」
各々手を合わせたり、いただきますと口に出したりしていた。
「おい、おい。雑音、わかってないやつだな。美月はバカ舌だ。なんでもおいしいって言うにきまってる」
慣れた様子で豚汁をすすりながら、雪姫が言っていた。豚汁とか牛丼がヴィジュアル的に似合わない女だと、つくづく思う。
「うーんっ、おいしいわ。なんだかクセになっちゃいそうな味ね。お味噌汁もおいしーっ。バカ舌って言わないでちょうだい。どんな食べ物もおいしさがわかるだけよ」
綺麗に箸を使って、所作がきれいに食べる美月。庶民飯を食べる貴族って違和感があるよな。
どんぶりを持ち上げて、箸で牛丼をほおばる雪姫。豪快に咀嚼したあと、雪姫が思い出したように言う。
「そうだ、そうだ。雑音、なんか今日2回ぐらい、あたしになにか言おうとしてたろう。あれ、なに?」
よく覚えてるやつだ。音楽室で言おうとしたけど、ピアノ弾く邪魔はしたくなくて言ってなかった。その後歩いてるときにも言おうとしたけど、漫画の話で盛り上がったから言い損なったっけ。
お茶を飲んでから、俺は言った。
「今週末暇してない?」
「ひま、ひま。と思ったけど、日曜日の午前中は美容院だ。昼からなら空いてる。うん、うん。妹ちゃん関連でなにかあるの?」
目ざとい雪姫は花恋のわずかな反応を見て、俺の言うことが花恋に関係あると気づいていた。
「ダンスのイベントあるんだ。来ないか。ダンスのバトル」
「うーん、うーん。いや、雑音ならわかってると思うけどさ。うーん、うーんっ。妹ちゃんのダンス、見れる?」
うるさいところが嫌いなことも、人混みが嫌いなことも知っている。でも、花恋が来てほしそうにしてたから、よかったら来てほしい。
「昼からだっけ?なんか一回そういう時間あったよな」
花恋に予定を確認する。
「午前中の予選が終わって、お昼すぎにジャッジ紹介の時間があるんだよ。そこで一曲踊るよ。曲はナイショー」
「ナイショのサイン?」
俺がそういうと、花恋は顎の下に手を持ってくる。顎のラインに沿うように、親指と人差し指をあてる。ピストルポーズ。このポーズを芥川龍之介というとわかりにくいって怒られたことがある。
横を見ると美月も花恋にならってピストルポーズをしていた。
花恋がニカッと明るく笑うと、手を下に引きながら、親指と人差し指を付け合せる。
美月も同じように、ポーズを合わせていた。
ナイショのサインって、ナナエスとしての花恋のソロ曲だから、知っててくれると嬉しい。ちなみにナイショのサインのMVを見るだけで覚えるものがある。手話だ。ところどころ、花恋が歌いながらその歌詞に合わせた手話のポーズをとっている。基本的な日常会話程度のものだけど、こんにちはとか、大丈夫とか、ありがとうとか自然に覚える。ちなみにファンの間でも手話を使える人口が増えてる上に、ガチ花恋ファンは手話の資格取った人がいた。
「えへへー。ナイショのサインやっちゃうと、ライブになっちゃうよ。イベントの場所借りるんだから、イベントのコンセプトに乗っ取らないとね」
手話ダンスっていう新しいジャンルにも挑戦した結果、ファンは手話に理解を示してる層が一定数いる。ちなみに花恋は手話もできる。ファンイベントに耳の聞こえないひとが来たから覚えたそう。同じ理由で数か国の外国語も日常会話で自分の意志を伝えられるまで、睡眠時間を削って必死に勉強していた。コミュニケーションがとれないのは悔しいからって言ってた。
「なあ、なあ。雑音、これどういう意味?」
雪姫がピストルマークを顎に当てて、手を引きながら親指と人差し指をくっつけている。
「好き」
「好きよ」
俺と美月の声がハモった。
「へっ、へっ?」
雪姫が目を丸くして、驚いていた。
「これ、好きって意味なんだ。ナイショのサインの最後に出てくるポーズ。花恋がナイショだよって言った後、このポーズサイレントでするんだけど可愛すぎて網膜に焼き付けるぐらい動画再生してた。っと、まあ、花恋もダンスすることだし、よければ来いよ」
美月も味噌汁を飲みながら頷いていた。
「んー、んー。はぁー。雑音なら、ちょっと前までのあたしがなんていうか予想つくだろ?」
「うるさい所、嫌いなんだ。いかない」
雪姫の真似をして、俺は答える。
「うん、うん。いまのあたしが何ていうか、予想つくか?」
「うん、うん。いく。いくよ」
大げさに首を振って、俺は言った。
「ふふっ、ははは。さすがだな、雑音。と、いうことだよ妹ちゃん。昼からだけど、妹ちゃんのダンス見に行くよ」
雪姫はそれだけいうと、豪快に牛丼を平らげる。
花恋は本当にうれしそうに、顔をほころばせていた。
「はいっ。がんばりますっ」
両手でガッツポーズをとりながら花恋はそう口にした。目だけは真剣に、雪姫を見つめている。
みんな食事を終えて、片付けも終わったとき、雪姫が言った。
「なあ、なあー。雑音、あたしもゲームしたい。みんなでやれるの、なにかないか?」
「テレビゲームならなんでもあるぞ。テーブルゲームなら、麻雀とかコリドールとかカタン、ワンナイト人狼、ラブレターとかか?」
「しぐれ、チョイスが渋すぎるわ。雪姫が思ってるのは、たぶんスマブラとかマリカとかよ」
「う、うん。まさか、そんなにいっぱい選択肢が出てくるとは思ってなかったよー。雑音は友達がおおいんだな」
「ちがう。友達が少ないから、友達が集まったときは楽しんでもらおうと色々準備してるだけだ」
花恋が「あちゃー」と言いながら頭に手をやる。
「お兄ちゃん、あんまり家に人をよばないんです。私に気を使ってくれてて」
「へぇー、へぇー。よかったな雑音、家に来る友達増えて」
「ありがてえ。こんなリア充みたいなことできると思わなかった。つーわけで美月がこの前買ったやつやるか」
「いいわよ。このために、ソニーと任天堂、両方のゲーム機本体とソフト用意しておいたんだからっ」
「「イェーイ」」
俺と美月はハイタッチした。ゲーム好きな俺らだ。友達とゲームできるのは単純にうれしい。
即座にガチ勢からエンジョイ勢にゲーマースイッチを切り替える。
テレビとゲーム機をセットし、雪姫が選んだソフトを起動する。コントローラーはちゃんと4人分ある。EVOのタイトルにも選ばれている人気ゲームだった。
「ゲーセンで台パンチンパンジーってよばれた俺の力見せてやるぜ」
「もぉ。お兄ちゃん、マナーは大切にね」
「うそです。台パンはしてないけど、チンパンはやった」
花恋に冷たい目で怒られ、美月には煽り耐性ゼロと煽られる。
「よし、よし。雑音の顔を真っ赤にしてやるからな。あぁ、たのしみだ」
「ふふっ、雪姫このゲームはじめて?」
「はじめて、はじめて。でも、手を抜く必要はないよ。先にやってるやつが強いなんて当たり前なんだから。そこから、どう勝つか考えて勝つのがゲームだろ?」
このあと、雪姫に教えながらプレイする俺だったが、呑み込みの早い雪姫に追いつかれそうになって焦っていたとき、一対一での決闘を申し込まれ、いい勝負になってしまった。
意地でも負けまいとする俺と、それを追う雪姫の勝負の山場に、美月がやらかした。制服の胸のボタンがはじけ飛び、俺はテレビから目を外した挙句、ボタン操作を誤った。
「いい、いい。美月、いい援護だっ」
「見ないでーーっ。見るなっ、ばかしぐれっ」
「ああ、水色っ。水色」
「おにいちゃーんッッ」
花恋に後ろから抱きつかれて、目を手で隠される。案の定、俺は負けた。ゲームとはいえ負けることが大嫌いな俺は叫んだ。
「盤外戦術は卑怯だろーーーッ。ノーカン、ノーカン。不成立だ、この勝負、ノーカンだ」
「ふう、雑音。言い訳は見苦しいよ。結果は出てるんだ。過程で負けてないからって、結果が覆るとでも思っているのか? 甘い、甘いよ。勝負はついた。結果は出たんだよ、雑音」
「勝ったからって勝ち誇るのやめろ、雪姫。運だ、運ゲーだ」
「ははは、なにを言ってるんだ、雑音。人生ですら運ゲーなのに、ゲームの運ゲーは認められないのか?」
この後、俺は美月にチンパンと煽られ、花恋に慰められるまで雪姫と言い合ったが、なにを言っても勝てなかった。




