44話 雪月花②
学校からの帰り道、雪姫と駅前にあるチェーンの牛丼屋に来た。食券を購入し、持ち帰りのカウンターに持っていく。
牛丼の大盛2つ。特盛1つ。あと、花恋が好きなネギ塩豚丼。花恋ってちょっと定番メニューから外れたものが好きなんだよな。ハンバーガー屋にいくとフィッシュバーガーとか頼んだりしてる。
たのんだ品物はすぐに出てきた。
人数分の箸と、小袋に入れられた赤いしょうがを袋に詰めて持ち帰る。雪姫は俺が買ってあげた卵と豚汁の入った白い袋を大事そうに両手で持って歩く。
「牛丼そんな好きだっけ」
「ちがう、ちがう。卵と豚汁のついたスペシャル牛丼で、雑音と美月と、妹ちゃんと食べるんだ。どんな味がするかなーって思うと、楽しみなんだ。だれかと食べる食事って、おいしーんだ。この前初めてさ、焼肉で知ったよー」
「・・・・・・うっぷ」
「あー、あー。また思い出してバカにした。乙女なあたしは傷つくんだぞ。おいしくて、ちょっと食べ過ぎただけじゃないか」
雪姫の肘が俺の脇腹に刺さる。どう思い出しても肉を食べ放題の時間ギリギリまでフルタイムで食べ続けるのはフードファイターだ。いや、量を考えるとフードファイターとお店の人が顔を青くするぐらいだった。
「ちょっと?」
「あれ、あれ? だいぶ食べ過ぎたかな?スカートきつくなるぐらい食べちゃったからなー」
雪姫の細い腰を見る。おかしい。あれだけ食べて、ハイカロリーな栄養をとったはずなのにこの細さを維持しているのはおかしい。もしかして、ピアノって相当カロリー使うのかもしれない。
「なんだ、なんだ。あたしの腰見たいのか?フェチの多い男だなー。見せてもいいけど、その代わりちょっと腹筋触らせてくれよ」
「ほれ」
制服のワイシャツをズボンから引き出して、シャツをめくる。
「せーのっ、フンッ」
自分で掛け声をかけて、腹筋に力を入れる。
「うわーーーーっ、すごい、すごいッ。V字の腹筋のシックスパック、最高の体だ。少年漫画の主人公の才能あるよ」
雪姫が目を輝かせていた。
「ちょっと、ちょっと、さわっていいか? さわっていいよな、雑音。おまえ、あたしの手とか触るもんな。さわる、さわるからな」
恐る恐る雪姫が俺の腹筋を触る。冷たい手が触れた。「ひうっ」なんだか冷たくてくすぐったくて、変な声が出たら、雪姫はおもしろがってピッタリと手をつけてきた。
「手が冷たいんだよ」
「腹筋ゴツゴツ。固い、固いよー。ははっ、いやあ、筋肉いい。筋肉いいよね。雑音、もっと筋肉つけなよ」
筋肉フェチの雪姫は興奮して、俺の背中を叩いてくる。
「筋肉ってある程度トレーニングしたら実感できるから、わかりやすいんだよな。あとシンプルに格好いい」
「雑音、いいこというー。筋肉は格好いいんだよ。少年漫画に筋肉かかせないのに、現実は筋肉が足りないんだよー。ああ、いいもの見れたー」
満足して珍しくにやけている雪姫と一緒に家に帰る。
玄関の鍵を開けると、美月と花恋の靴があった。どうやら仕事を終えた花恋と、友達とカラオケ帰りの美月がさきに帰宅していたらしい。
「お邪魔しますー」
雪姫は緊張したように、すこし低い声で俺の家の中にそう言っていた。
「なに警戒してんの?」
「いや、いやー。雑音の妹ちゃん、校内で遠巻きに見るけどさ、実際会うの久しぶりなんだ。応援してる子だから、どう声かけていいものか、悩むよ」
「珍しく人間めいたこと言ってるな」
「オイ、オイ。お前は普段あたしをなんだと思ってるんだ」
「いや、てっきり他の人のことなんて気にしてないのかと」
「うーん、うーん。間違ってない。間違ってないけど間違ってる。好きなひとは別なんだ。美月とか、雑音とか。妹ちゃんとか。ははっ、照れるな、照れるな雑音。嫌いじゃないって言っただけだ。勘違いするなよー」
からかいながら雪姫は言う。
雪姫はじっと見つめていた。視線の先は俺の家にあるダンススタジオ。鏡張りで、防音の部屋だ。花恋がいつもそこでダンスや歌の練習をしている。自宅で練習できる環境があるからこそ、花恋はあれだけスキルが高いんだ。
「ふーん、ふーん。いい感じ。やっぱり、いいね。うん、間違ってない」
部屋の扉越しに雪姫はいった。俺にはなにも聞こえないし、なにも感じない。けど雪姫はなにか扉越しにでも伝わってくるものがあったらしい。
手に牛丼の袋を抱えている俺は、ご飯の誘いをしにダンススタジオの扉に手をかけた。
「だめ、だめだよ、雑音。いまはダメだ。このなか、すごい量の……なんていうのかな、うん。情熱に満ちてる。邪魔しないであげて」
「わかった」
俺は大人しく引き下がり、リビングへと行く。
食事の準備、といってもコップとお茶ぐらいか。それを用意しようと思っていたらソファーの上にぐったりとして動かない美月が寝ている。
元気というか天真爛漫というか、そんな美月からこんな負のオーラがでるとはおもわなかった。なんというか、大変おつかれのようだ。
「はは、ははっ。負けヒロインだ、負けヒロインがいる。雑音の家のリビングに負けヒロインがいるー」
雪姫はそんな美月を見て笑っていた。
「だれが負けヒロインよーっ。負けてないもん。ちょっと陽キャのオーラにあてられて落ち込んでただけだもんっ」
「カラオケ大変だったんだな。俺は知らないやつとは行かないぞ」
「しぐれぇ、カラオケで他の人が歌う曲、ぜんぜんわかんないの。しかも、狭くて暗い部屋に6人も入ってね、すごい大きな音で歌うのよ。曲も場所もはじめてのことばかりで、ぼっちになった気分だったわ」
「俺らのオタク属性は陰のほうに傾くから。ちなみに、なに歌ったの?」
「アニソン歌いたかったけど、そんな空気じゃなかったのよ。だから、七色ポップ歌ったわ」
「神曲じゃん。史上最高の選択だ」
「でしょーっ」
さっきまで落ち込んでたのがうそのように、一気に明るく笑っている。極端な奴だ。
俺は冷蔵庫から牛乳を、キッチンからはガラスのコップを取り出す。コップに牛乳を入れて、一気にあおった。うまい。
「負けヒロイン、負けヒロイン。牛丼はじめてだっけ?」
「ちょっと、雪姫。わたしに変な属性つけるのやめてちょうだい。ええ、はじめてよ。なんだかおいしそうな匂いがするわ。牛丼屋さんって持って帰ったりできるのね。持ってきてはくれないのかしら?」
「うーん、うーん。雑音に言ったら持ってきてくれるとおもうよ」
「やめろ、それはデリバリーじゃない。ただのパシリだ。いや、べつに俺も牛丼よくたべるから、行くけどさ」
雪姫が思いついたように口を開く。
「よし、よし。雑音、牛丼の食べ比べしたいからほかの店の牛丼買ってきて。ぜんぶ特盛で」
「・・・・・・マジ?」
「冗談、冗談だよ。冗談のわからない男だね」
雪姫は唇を尖らせて、そんなことをいう。いや、牛丼特盛3人前とかでも平気で食いそうだからこそ、冗談に聞こえないんだが。
「雪姫の、なんか大きくない?」
「うん、うん。気のせいだよ。細かいこと気にするな、美月。悩むとストレスでおっぱい大きくなるよ」
「いやーーっ。かわいいブラつけていたいもの。なんでブラってEぐらいまでしかないのよ」
「最近ちょっと、ここに肉ついたんじゃない? ちゃんとカロリー使いなよ」
雪姫は胸の横、わきのあたりを指さして言ったら美月が顔を真っ赤にして答えた。
「カロリー使えですってッ。ちがうわよ。ちがうもんっ。ブラがきつくてお肉が横に流れてるとかないんだからーっ」
そうか。ブラに収まりきらない肉って横に流れるんだ。というか、美月のおっぱい、ただでさえ主張激しいのに、まだ大きくなるのか。
「ほら、ほら。おっぱい好き男子がおっぱい見てる。顔より胸見てるぞ」
「しぐれっ、見るなら顔にしてちょうだい」
「今日、九鬼先生が美月の体をだらしないって言ってたのおもいだした」
雪姫が体を折り曲げて、こらえきれない笑いを漏らした。
「ぶはっ、はははっ、はははっ。だらしない体って、はははっ。よく言うとワガママボディだ。よかったな」
ツボった雪姫は髪を振りまわしながら足をばたつかせている。
「もう怒ったわ。がっちり筋肉つけて見返してやるわよ。習慣的にダンスでもしようかしら」
美月は震えながら、腕に力を入れて胸の前で拳を握っていた。
「花恋もほそいけど、筋肉やばいぞ。片手で倒立したり、クルクル回ったりしてる」
「あれだ、あれだ。ブレイクダンスだ。たしか、雑音もそのくらいできるんだろ。妹ちゃんにだまって練習してるって言ってなかったっけ」
「前にちょっとだけ見せてくれたわよね。ストロング筋肉体操」
ふたりの視線に指を立てる。
「シッ。それはとっておきだから。花恋がお兄ちゃんと踊ってみた動画撮りたいっていつでも言ってきてもいいように必死に練習してるだけだから。そのうち兄妹ダンサーとして世界相手にデビューする妄想してる」
自宅にあるダンススタジオをモップ掛けしてるついでに、筋トレしてた程度だったんだけど、倒立旋回とかやってたらマイチューブで調べてダンスのマネまでできるようになってしまった。単に花恋がどれだけ難しいことやってるか知りたかったってのと、格好いいと思って真似したら案外できてしまった。
「出たー。しぐれの黙って練習してビックリさせるやつ。ゲームでもプロの動画みて勉強して練習始めるわよね。あれ、わざとやってるの? ちょっと格好いいけど」
「努力して、成果に驚いてもらえるとか、ストイックで格好いいじゃん。鴨の水かきとか、能ある鷹は爪を隠すとか憧れる」
「えー、えー。雑音、雑音。ピアノはしてくれないの?」
「花恋に教えてもらって七色ポップのサビ弾けるようなったところ」
「おーっ、おーっ。やるじゃん、やるじゃん。さすが、努力が恰好いいー」
「ほめろ、もっとほめろ。俺の承認欲求を満たせ」
「ダメよ雪姫。しぐれはほめると付け上がるもの。適当にけなしておいたほうが努力するタイプよ」
「なんだ、雑音。その程度しか弾けないのに、よく弾けるって口にしたな。躾のなっていないやつめ」
「ぜってー見返してやるから覚えておけよ。ショパンの革命弾けるように練習してやるからな」
ショパンの革命はよく見ているせいで、最初の指の動きは覚えてしまった。真ん中あたりから左手の指を動かしながら左端で行かせ、また右から左に動かす。
「ははっ、はははっ。うまい、うまい。エアピアノうまいよ。手の動き大体あってるからおもしろい。はははっ」
「うふふふっ、なんでエアピアノしてるとき、そんな澄ましたドヤ顔なの。笑い取りに来てるわよ」
リビングに雪姫と美月の笑い声が響いていた。




