12話―①『付き添い』
――――――何というか、ただ驚きしかなかった。
コノハの騒動も落ち着き、時は桜咲く四月に突入した。世間は新たな年度に心昂らせ、学生達はあと少しの春休みを楽しんでいる。
俺はというと、いつものようにリビングのソファーでくつろいでいた。本日学生達……もとい蘭李達は、皆で遊びに行っていた為、俺は一人で本でも読んでいた。
言っておくけど、決してハブられたわけじゃないからね? ケチくさいから誘われてないわけじゃないからね? 「友達同士で行ってくるといい」と、大人な俺は遠慮をしたんだからね?
――――――それはいいとして。
そんなわけで、久しぶりに静かな朝を過ごしていた俺だったが、突然「彼」は告げてきたんだ。
「図書館に行きたい」
真っ赤な目を光らせ、真っ直ぐに俺を見据えてくる黒髪の少年・朱兎。いつもの明るい雰囲気とは違い、真剣な面持ちであったから、余計に驚いた。
俺は読みかけの本を閉じ、テーブルに置く。朱兎に、俺と対面のソファーに座るように言い、笑みを浮かべながら問いかけた。
「図書館? それならお兄ちゃんに連れてってもらえば?」
「ダメ。アニキは連れていけない」
「じゃあ後日、蘭李にでも」
「ダメ。今日がいい」
困ったな。何故そんなに今日にこだわるのだろうか。図書館なんていつでも行けるし、俺と行くより蘭李達の方が断然良いはずだろうに。
それに、「アニキは連れていけない」っていうのも気になるな……。
「というかそれなら、一人で行けばいいじゃないか」
「オレが行きたいのは、魔法図書館の方」
唖然としてしまった。まさか彼の口から『魔法図書館』などという言葉が出てくるとは、思いもしなかったからだ。
『魔法図書館』とはその名の通り、魔法に関する書籍を扱っている図書館。魔力者しか入ることは出来ず、図書館自体も一つしかない。
俺はただの人間ながらに、一度だけ入ったことがある。夏の付き添いで行ったのだ。忘れもしない。その後、とんでもない量の対価を彼女から要求されたことを……。あの時のことを思い出すのは、ここでやめよう。
俺は朱兎を、上目遣いに鋭く見据えた。
「何故俺に頼る? 俺は人間だよ?」
そう。何度も言うが、俺はただの人間だ。普通に考えて、魔法図書館に入れるわけがない。場所を知っているわけがない。当然、かつて行ったことがあるなんて話したことはない。
なのに朱兎はどうして、俺に頼ったのだろうか。それほど信頼されているということか? メルを連れているからか?
朱兎は伏し目がちに、俯きがちに小さく口を開いた。
「…………消去法」
「あ……そうなんだ……」
沈黙。朱兎を直視出来ず、目を逸らしてしまった。
訊かなければよかった。まさか消去法で選ばれたなんて。どんな消去法なのか気になるし、ちょっとショック……仕方無いことは分かっていてもだよ。
しかし………どうするか。魔法図書館の場所も分かるし、朱兎がいるなら入れるだろう。メルもいることだし。
だが………。
「主……」
背後から、メルの小さな声に呼ばれた。早く答えないと、不審に思われる。そう言いたいのだろう。
だが、これは慎重に考えるべき事項だと思う。
ハッキリ言って、俺は聖人ではない。優しい人間じゃないんだ。何のメリットも無しに動くことはしたくないんだ。
それに、彼は蘭李達とは違う。俺が関わらなくてもいい存在だ。
ならば、断っても良いのでは? わざわざ助ける必要も無いのではないか?
「………お金」
「え?」
「お金、好きなんでしょ?」
嫌い、といえば嘘にはなるかな。お金があれば何でも出来るし。ちなみに、小学生時代の俺の将来の夢は「お金持ちになること」だった。子供ながらその頃既に冷めていたんだろうな……あぁ嫌だ嫌だ。
「連れてってくれたら、お金あげるよ」
朱兎の言葉に、揺れ動く俺の心。
なんという誘惑……! さすが最強の双子……! 相手を誘い込む手段というものを分かっている……! こんなことを言われれば、俺が断れるわけがないじゃないか!
仕方無い。お金の為に一肌脱ごうではないか!
「分かった。連れていこう」
「やった!」
「その代わり」
喜ぶ朱兎を、俺はビッと指差した。
「何故行きたいのか、教えてくれるかな?」




