10話―④【side R】『存在しない場所』
ここはどこだろう。気付いたら真っ白い空間にいて、ただそこにぽつんと存在していた。少し辺りを歩いてみても、景色は変わらず白いまま。そもそもちゃんと移動出来ているのかも分からない。白いから。
もしかして、魔法に失敗したのだろうか―――あたしがさっき唱えた呪文。それは、魔導石の魔法『瞬間移動魔法』だった。効果はその名の通り。
影縫さんから逃げるために、咄嗟に思い付いたんだけど……たしかに、シルマ学園にいた頃は成功したことなどない。
でも、呪文の途中で見せたハクのあの表情。きっとあたしの「髪の色が変わってるんだ」って思ったから、てっきり成功したのだと思ってた。それなのに……。
「とちゅうから、失敗したんじゃないの?」
聞き慣れた声が背後からかけられた。振り向くと、外ハネの黒髪に、黒い和服とスカートの少女がいた。黄色い瞳はあたしを真っ直ぐに見つめ、小柄な体はあたしの胸くらいまでしか高さがなかった。
――――――この少女を、あたしは知っている。
「はじめはうまくいって、でもとちゅうで失敗した。そうじゃない?」
彼女は、「小さい頃のあたし」だ。しかも、シルマ学園に通っていた頃の。その証拠に彼女は、シルマ学園で毎日着ていた、黒の制服をまとっている。
「集中力がないとまほうが切れるって、蒼祁も言ってたじゃん」
たしかにそうだ。出しきりの魔法ではなく持続的な魔法は、集中力がないと途中で切れてしまう。蒼祁にそう言われたし、実際そうだった。
なら、今回のも? 途中で集中力が切れたってこと?
「そうじゃない? だって、ゆだんしたでしょ」
ハクが驚いて、ちゃんと髪の色が変わったんだって思った時、「これならいける」って思った。もしかしてその時に、思い上がったのかもしれない。だから油断したのかもしれない。
「そう考えるとさ~、ここって………来ちゃいけないところなんじゃないの?」
来ちゃいけない所……? 何それ。どういう意味?
「だって、「しゅんかん移動」って「くうかん移動」でしょ? それに失敗したってことは……ここって「くうかんのはざま」とかだったりして」
空間の……はざま? 何それ。もっと意味分からない。
「まーつまりー、自力じゃかえれないってこと」
「帰れない?」
「そー。だって今、魔導石もってないもん」
「えっ⁉」
ポケットに手を突っ込んだ。たしかに無い。他のポケットも確認したが、どこにも無かった。
あの時たしかに握りしめていたはずなのに……落とすはずないのに……。
「あーあー、これで死んだもどーぜんだね」
「そんなことない……何か帰れる方法があるはず……」
「ないよ」
「あたし」はぐいっと顔を近付けてくる。見上げる黄色い瞳には、動揺したあたしの顔が映った。
「コノハも魔導石ももってないあたしにできることなんて、何もない」
「そんなこと……!」
「人をころすことしかできない野生動物にできることなんて、何もないよ」
――――――そうだ。あたしは、誰かを殺すことしかできない。自分が助かるために、誰かを犠牲にすることしかできない。
「まーいいじゃん。死んだもどーぜん。生きてるのもつらかったでしょ?」
「あたし」がぽんぽんと腰を叩いてくる。
生きてるのも辛い。そういえばそうだった。「みんな」を殺してから、あたしが死ねばよかったってずっと思ってたっけ。だから銃もやめて、コノハに丸投げして………。
「ね? だからさ……」
「でも、みんなに助けられた」
「え?」
恨んでなんかない―――ハク達はそう言ってくれた。気休めかもしれないけど、嬉しかった。本当に心が軽くなった。
「だからあたし、生きててもいいのかなって思えたんだ」
「そんなのうわべだけだよ。みんな本気でそんなこと……」
「それでも、あたしは生きたい。みんなとまだ遊びたい」
「そんなの自分勝手だよ!」
「分かってるよ。でも、生きたいの。「みんな」の分も」
このまま死ぬなんて嫌。わけも分からず死ぬのなんて嫌。「みんな」を殺して生き延びた分、「みんな」のためにも生きなきゃいけない。
「だから、あたしは生きる」
「でもどうするの? ここからどうやってかえるの?」
あたしは踵を返し、スタスタと歩き出した。「あたし」も後ろをついてくる。
「まさか、歩いていくつもり? あてもなく?」
「それしかないじゃん」
「そんなの時間と労力のムダだよ。そもそも、歩いてかえれるかも分からないのに……」
「でもこれしか方法は無いじゃん。それに、魔導石が落ちてるかもしれないし」
「そうだけど……」
人には出来ることの限度がある。なら、あたしはその出来ることをやるしかない。そんなの当たり前のことだ。歩いても歩いても、この空間が果てしなく続くだけかもしれない。そうだとしても、何もしないよりなずっとマシだ。
それに、ここに来れたんだから、帰る方法だって絶対あるはずだ。あたしは死んだわけじゃないんだ。
「だから―――諦めないよ。あたしは」
「何一人でぶつぶつ言ってんだお前」
「――――――うわぁああああっ⁉」
突然背後から異質な声が聞こえ、飛び上がってしまった。振り向くと、黒い髪に青い目の男子―――。
「そっ、蒼祁⁉」
「いちいちうるせぇ」
そう。蒼祁がいたのだ。うざったそうに体を逸らしてあたしを睨む蒼祁。
「なっなななんでここに⁉」
「お前らを回収しに来たからに決まってんだろ」
「お、お前ら?」
「お前と冷幻」
「えっ⁉」
ってことは、ハクもここにいるってこと⁉ どこに⁉ いないけど⁉
「ハクー⁉ どこー⁉」
「なんで一緒にいねぇんだよ……めんどくせぇな」
「ていうか蒼祁どうやってここに来たの⁉ いや、そもそもここはどこ⁉」
「空間のはざま」
――――――えっ? ほ、ホントに空間のはざまなの? テキトーに言っただけなのに……。
「……いや違うでしょ。空間のはざまって何」
「違くねぇ。お前、魔導石でテレポーテーション使っただろ?」
そうだけど………やっぱそれに失敗して……?
「テレポーテーションはこの空間のはざまを通って移動する。が、お前はそれに失敗して、魂だけがこの空間のはざまに残されたんだよ」
―――――――――え?
「しかもお前、肉体は元の場所に残されてるんだ。つまり、お前は魂だけを移動させようとしていたんだよ」
――――――――――――ええ?
「ったく……だからその魔法だけは使うなって言ってたのに……お前、死にたいのか?」
そういえばそうだったね。なんか昔、そんなこと言ってたわこいつ。忘れてた。
「コノハに呼ばれたんだよ。お前が呪文を唱えて気を失ったって。で、話を聞いてみればこれかよ。俺がいなきゃお前、永遠にここから出られないんだぞ。分かってんのか?」
くどくどと説教をされる。いつもなら反論するが、今回に限ってはその気もなかった。
まさか、魂だけを移動させようとしてたなんて……これじゃ自殺しようとしていたようなもんじゃん………はは……笑えない………。
「おい、聞いてるのか?」
「聞いてるよ。あたしが悪いんでしょ」
「そうだ」
「すいませんでした。でさ、蒼祁はなんで来れたの?」
蒼祁はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで見下ろしてきた。
「俺を誰だと思ってる。魔導石で意図的に魂だけをこの空間に送ることなんて造作もない」
「わーさすがーすごーいそんけーするー」
「もっと心を込めろ」
なんか……いや、たしかにすごいと思ってるし、めちゃくちゃ感謝してるけど………どうもこいつが言うと、その気が失せるっていうかさ……。
まあいいや。助けに来てくれたことは事実だし、命の恩人ってわけだし、ちゃんとお礼しとくか。
「ありがとう。蒼祁」
沈黙。蒼祁はなぜかあたしをじっと見てる。
何それ……どういう反応? なんで黙るの? 何か言ってよ。ちょっと恥ずかしいじゃんか……!
「………礼言うくらいなら手間かけさせるな」
「………ごもっともです」
反論出来ない。仕方ない。さすがに今回はあたしが全面的に悪いし、大人しく怒られてよう。
蒼祁がスタスタと歩き始めたので、慌ててついていった。
「ハクを探すの?」
「ああ。そうじゃなきゃお前泣きじゃくるだろ」
「でもどうやって?」
「勘」
勘⁈ そんな曖昧なので見つかるの⁈ ホントに見つける気ある⁈
そう言うと、蒼祁がギロリとあたしを睨んできた。
「お前のせいで今俺達は魂なんだ。魔法もろくに使えねぇ。そんな状況で帰れる分だけ確保したら魔力は残らねぇ。そんくらい分かるだろ」
「はいすいませんでした」
ものすごいまくし立てられ威圧をかけられた。
そりゃあたしが悪いけどさ、もう少し柔らかく言ってくれたっていいじゃん……。
ていうか! 元はといえば魔警察がいけないんじゃん! もっと言うとあの悪魔のせいだ! あいつさえいなければこんなことにはならなかったのに! くっそ……見てろあの悪魔め……! 捕まえて魔警察に突き出してやる!
「まあ、微かにだが魔力の気配を辿ってるから、細かく言うと勘ではないがな」
フォローのつもりで言ってくれたのかな? いや、蒼祁に限ってそんなことないか。ただ事実を淡々と述べただけだよねきっと。蒼祁だもん。人が落ち込んでいようが何してようが全く構わないやつだもんね。
「……お前今滅茶苦茶失礼なこと思ってないか?」
「別に。蒼祁がいてくれてよかったなーって思ってたよ」
「嘘つけ」
「なんでだよ」
即答するな。あたしが感謝するのはそんなに珍しいか。あたしだって感謝とかお礼とかするからね⁈ なんかみんなそう思ってないみたいだけど! するから! 人の子ですから!
「…………蘭李?」
ぽつりと聞こえた声。先を見ると、黒い髪の少女と白い髪の青年が座っていた。二つの紫の視線があたし達を貫く。少女のその姿に、思わずじんわりと涙が溢れてきてしまった。
「――――――ハクーッ!」
叫びながら駆け、ハクに飛び付いた。地に背を打ったハクは苦しそうな声を上げた気がしたけど、気のせいにしておいた。
「ハクー! よかったよー! ごめん! まさかハクまで巻き込んでたなんて!」
「ちょ……苦しい……タンマ……」
唐突にみぞおちを鋭く殴られ、あたしは反射的に体が曲がった。そのはずみでハクから転がり落ちる。
「いたあああ!」
「ったく………少しは加減しろよな」
「ハクこそ加減してよ!」
「おい、茶番はそこまでにしろ」
蒼祁の怒りの声に、のそのそと起き上がる。ハクも上体を起こし、不思議そうに蒼祁を見上げながら立ち上がった。
「蘭李はまだしも、なんで蒼祁が?」
「助けに来てやったんだよ」
「へぇ。案外優しいんだ」
「案外ってなんだ。俺はいつも優しい」
どこがだよ。優しさの欠片もないよ。直後に睨まれた。心の声が聞こえたのかな。すごいな蒼祁。
「あ、この子が例の友人」
ハクがあたしを指しながら青年に言うと、青年にじっと見られた。この人誰なんだろう。ここにいるってことは、あたし達と同じく魂なんだよね?
ちらちらとハクに視線を送る。あたしの思いが通じたのか、今度は青年を紹介してくれた。
「この人は、私達と同じで不本意にここに来たらしいんだよ」
「えっ」
不本意って言葉に反応して、びくりと肩が跳ね上がった。
なんか………すごい罪悪感……言いづらいよう……。
「不本意って……まあ、お前にとってはそうかもな」
蒼祁がクスクス笑いながら顎に手を当てる。ハクはわけが分からない、といった困惑の表情だ。
笑うな蒼祁! 笑い事じゃないし、今は帰る方が大事でしょ!
「えーっと……その話は帰ってからで……」
話題を無理矢理断ち切ると、蒼祁もそうだな、と腰に手を当てた。
「あんまりうかうかしてらんねぇし」
「蒼祁、帰る方法分かるのか?」
「だから助けに来たって言ってんだろ。話聞けよ」
そう吐き捨て、そばに来るようにハクを呼ぶ蒼祁。ハクは一歩踏み出すが、そこで止まってしまった。
「ハクどうしたの?」
「………この人も、連れていける?」
ハクは青年を指して言った。意外な発言で、あたしはびっくりしてしまった。ハク、優しいなあ。あとは蒼祁が許すかだけど……。
蒼祁は青年を見て、ハクに視線を移した。
「連れていくことは出来るが……」
「なら―――」
「いや、いい」
唯一の反対意見を述べたのは、青年本人だった。青年は優しく笑っていた。だけど、なんだか辛そうに見える。
「帰れたところで、恐らく私の肉体は腐っておる」
「肉体?」
ハクが首を傾げる。さらにドキッとした。
この人、魂のこと知ってたんだ……ってことは、知らないのはハクだけ。なら、今説明しないとダメだよね……?
あたしはしぶしぶ、ハクに説明した。当然ハクは驚いたが、割とアッサリ受け入れてくれた。
よ、よかった……最悪絶交を覚悟したよ……ありがとうハク! 心が広くて!
「でも肉体が無くなってても、こんな所に閉じ込められなくて済みますよ」
ハクが青年に向き直る。四つの紫色の瞳は、正面の相手を探るように見据えた。その内片方の二つが、キラリと光る。
「肉体が無いのなら、ここにいる方がまだ良い。ぬしなら、その意味が分かるであろう?」
沈黙が流れる。ハクは何も言わなかった。つまり青年の言う通り、肉体が無いのならここにいる方が、まだマシなのかな。
「幽霊というものは、生人にとっては害悪でしかない」
何……それ―――幽霊が、害悪……?
「だから闇属性に消し去られるしか道は残されておらぬ」
「それは………おかしいよ」
思わず、声が出てしまった。青年に鋭く見られる。
だって………それは違うよ。それだけは……違うって分かるよ。
「幽霊にもいい人はいるはずだよ」
「そういう問題ではない。いたら害悪なのだ」
「でもあたしの先祖は違うよ!」
思いっきり叫んだ。何も知らない部外者がって思われてるかも。お前なんかに何が分かるって思われてるかも。それでも、言わせてもらう。
「突然現れて「お前は死ぬ」とか言ってきたけど! 何度も助けてくれた! そりゃ物理的には何もしてくれないけど、ハク達を呼んできてくれたり、励まし……っぽいことも言ってくれたりした! だから、幽霊みんな害悪ってわけじゃないよ!」
そりゃあたしは、幽霊の仕組みとかよく分からないよ。今までそんなのと関わったことなんて無いし。興味も無かったし。
でもさ、蜜柑達はあたしを助けるために出てきてくれたんだよ? 肝心な時にいなかったりするけど、ちゃんと助けてくれるんだよ?
そんな優しいご先祖様達が、害悪なわけがない。それを害悪と言うなら、誰であろうとあたしが許さないから。
青年と睨み合う。そのまま沈黙が、しばらく続いていた。
「………早く決めろよ。時間無いんだ」
やがて放たれた蒼祁の低い声が沈黙を破った。全員の視線が青年に注がれる。青年は溜め息を吐き、薄く笑いながら言い放った。
「私はここに残る」
「なんで⁉」
「例え害悪でなくても、幽霊はいずれモノノケになる。私はそれにはなりたくない」
「そんな――――――」
―――ことない。そう続けようとして、蒼祁に手を握られた。妨害するかのように体を引かれる。
なんで⁉ 絶対にモノノケになるなんて、そんなの言い切れないでしょ⁉ それなのに……!
「じゃあ行くぞ」
ハクの手も握る蒼祁。その時青年が声をかけてきた。振り向くと、不安そうな視線に貫かれた。
「幽霊は必ずモノノケになる。今は助けてくれても、いつか殺されることになるぞ」
そんな………そんなのウソだ………!
「そんなことない!」
「――――――分かってる」
ハクの返答に、目を見開いてしまった。ハクも不安そうな顔をしている。わざとなのか、あたしと目を合わせようとしなかった。
なんで……⁉ 蜜柑達がモノノケになるわけないじゃん! あの人達には未練が無いんだから! ただ、あたしを助けるために出てきただけなんだから! それなのに……!
――――――なんで反論してくれなかったの⁉
「ハクッ!」
「『スティグミ・キニマ』」
あたしの怒りは、蒼祁の呪文によって手放された。
―――――――――――――――暗転。




