7話―⑤『差』
「はあ………」
ため息がこぼれた。ちらりと視線を落とすと、朱兎が眠っている。いくら叩いても揺すっても起きないからまたすごい。このまま一生起きないんじゃないかと不安にすらなる。
突然皆が消えて家に残ったのは、家主である双子と俺だけだった。
「このメンツが残ったのは……意図的だろうな」
蒼祁はそう言った。皆が消えた原因は、恐らく六支柱が魔法道具を使ったからだと言う。俺達がここへ来たのと同じように、転送出来る魔法道具のせいだと。
「なるほど……これだと俺は探しに行かざるを得ないか」
蒼祁がぶつぶつと何かを呟いている。こいつには、この状況が意図するものが分かっているのだろうか。きっと頭のキレる奴なんだろうけど、何だか取っつきにくいなぁ……。
蒼祁がスタスタと扉の方へと向かっていく。
「じゃ、行ってくる」
「え? どこに?」
「蘭李の回収だよ。幻術使いの奴等は大概性格が悪いからな」
全然意味が分からない。しかし蒼祁は行ってしまった。ポツンと一人残される俺。いや、朱兎も入れれば二人だが……。
そんなわけで、家に残る羽目になった俺は、特にやることもなく、ただぼーっとしていた。
皆を助けに行くべきなんだけど、朱兎を置いていくわけにもいかない。せめてこいつが起きてくれれば、皆を探しに行けるのだけど……。
――――――――ガチャリ
「ッ⁉」
突然、扉が開かれた。堂々と入ってきたのは、長髪のスーツ男だった。淡黄の髪をなびかせ歩いてくるその男は、背に弓を、腰に刀を携えていた。俺は斧の柄に手をかける。
こいつ……六支柱か……⁉
「お前が忌亜紫苑か」
鴬色の瞳が俺を見据える。俺は斧を構え、ぎゅっと力強く握った。男は立ち止まって少し視線を落とし、しかしすぐ俺に向き直った。
「大人しく神空朱兎を渡してもらおう」
「それは出来ねぇよ!」
「なら、力ずくで奪うまで」
男は刀を引き抜き駆けてきた。俺は斧を水平に振る。男は跳躍し、刀を振り下ろしながら飛んできた。背後に避けるが、前の服が縦に少し斬られた。斧を振り下ろす。瞬時に避けた男が、右腕に刃を突き刺してきた。
「ぐあッ……!」
肌を抉るようにぐるりと動き、刀が抜かれる。あまりの痛さに手から斧が落ちた。開いた服の穴からは、肌を伝って真っ赤な血が流れているのが見える。
男が刀を数回振り、静かに鞘に戻した。
「そんな傷で音をあげている者に、私は負けない」
男はそう吐き捨て、くるりと踵を返した。眠っている朱兎に歩み寄り、彼に手を伸ばす。
くそっ……! このままじゃ朱兎が……!
「おらあああっ!」
俺は咄嗟に左手で斧を投げた。斧はくるくると回転し、男へと飛んでいく。しかし、男は難なく斧の柄を掴んだ。鶯色の目が俺を睨んでくる。
「自ら丸腰になってどうする気だ? お前、無属性だろ?」
「ッ……!」
そんなことは分かっている。でも、これしか思いつかなかったんだ。痛みで頭も体もろくに動かない今、思いついた方法がこれだった。
自分でも情けなく思えてくる。ただ腕を刺されただけなのに動けないなんて。大会ではもっと動けなかったか? なんで今は動けないんだ……。
――――――ああ、大会は死ぬ心配が無いからか。本当に、情けないな………。
「ぐあああッ……!」
胸を刃が貫いた。激痛が走った。かろうじて心臓には当たっていない。
「戦いの最中に考え事とは、余裕だな?」
ぐるりと刃を回して、男が刀を引き抜く。俺は床に倒れこんだ。
痛い……痛い……! こんな痛み初めてでッ……気が狂いそうだッ………!
男が再び朱兎に手を伸ばす。助けたい。でも出来なかった。痛みで動けない。体が気持ちに追いついてない。
その時ふと思ってしまった。
俺達は、ここに来ても意味なかったんじゃないのか……?
「ッ―――――――――⁉」
突如、男が吹っ飛んだ。あまりに突然すぎて、俺は硬直してしまった。男は壁を突き破って外へと吹っ飛ぶ。男が通った場所は、一直線上に家具などが破壊されている。
俺は視線を戻した。その光景に、息を止めてしまった。
朱兎が、起きていた。
真っ赤な目を光らせ、口角をつり上げていた。
「――――――ヒャッハハハハハハッ」
朱兎が笑った。不気味な笑い声を部屋中に響かせた。恐ろしくて、目を離すことすら出来なかった。
朱兎に何が起きた? なんで突然こんなに……まるで狂ったようになってるんだ? まさか………戦闘の時には性格が変わるのか? いや、まさかなあ………。
「ッ――――」
突然矢が飛んできた。しかし、朱兎の顔ギリギリ横の壁に突き刺さる。朱兎は目を真っ赤に光らせ、矢が飛んできた方へと駆けた。俺も急いでそっちへ目を向ける。
――――――――――――ドォオオン
穴の空いた壁から飛び出した朱兎。直後に地響きが鳴り、少し大地が揺れる。
地面でも殴ったのか……⁉ なんつー力だよ……! 本当に人間か……⁉ ていうか、やっぱり性格変わる系のやつなのか⁉ 聞いてないぞ⁉
そのままさらに外へと行ってしまう朱兎。俺も追おうとして立ち上がるが、腕と胸の痛みでよろめいた。血を垂らしながら必死に足を運び、やっと外に出る。
「うッ―――――⁉」
思わず俺は口を押さえた。真っ赤な血の水溜まりに横たわる男。そしてその傍で佇む朱兎。不気味なくらい口角を上げ、笑いながら男を見下ろしていた。
何なんだよこれ………いくら敵だからって……こんな風に殺せるのかよ……!
「アニキ?」
ぐるりと首を回した朱兎と目が合った。頬には返り血がこびりつき、眼球が飛び出るくらい目を見開いて、相変わらず笑っている。その姿は、ホラー映画のように怖かった。
「アニキじゃない………」
朱兎が体もこちらに向けてくる。
おいちょっと待て………これってまずいんじゃないか……⁉ まさかあいつ………!
「なら………殺してやる………! ヒヒッ……!」
一瞬にして目の前に、化け物が飛んできた。
「……………?」
何も起きなくて、ぎゅっとつぶっていた目を開けた。
目の前に、朱兎がいた。しかし、様子が変だった。俺を殴ろうと左手を後ろに引き、右足を前に踏み出したまま、全く動かない。朱兎自身も必死に動かそうとしているが、状況は変わらなかった。
「あっ……?」
よく見ると、朱兎の手足には青い紐のようなものが巻き付いていた。それは地面から伸びており、そのせいで朱兎は動けないでいたらしい。
「少し寝ておけ」
その言葉の直後、ガンッという鈍い音が鳴った。朱兎は瞼を閉じていき、脱力する。同時に紐も消え、朱兎はその場に倒れた。
そして、朱兎の背後には蒼祁が立っていた。
「……何ぼさっと突っ立ってんだよ」
蒼祁が睨んできた。ぼさっとなんかしてないつもりだが、この状況をすぐに受け入れる方が無理がある。
なんでここにいるのかはさておき、今のは全て蒼祁がやったんだろう。しかし、どんな魔法だったのだろうか? あんな紐みたいな魔法見たことがない。拘束魔法なんて聞いたこともないし……。
そんなことを考えていると、突然痛みが消えた。視線を落とすと、胸と腕の傷口の周りを青い光が包んでいる。傷はみるみるうちに癒えていき、完全に治ってしまった。
間違いない……! これは………!
「治癒魔法……!」
「厳密には違うがな」
蒼祁が即反論した。
厳密には違う……? たしかに、治癒魔法の使える奴はそれしか使えない。だから、さっきの紐のような魔法が使えることに矛盾する。
けど………治癒じゃないなら何なんだ?
「あ、ありがとう。ところで、蘭李を探しに行ったんじゃ……」
「どうせ朱兎を狙いに来る奴もいるだろうから、行ったふりをして誘きだした」
「えっ……」
「まあ俺がいなくとも、朱兎だけで倒せるんだけどな。でもこいつは見境なく誰でも殺すから、お前の為に仕方なく待っててやったんだよ。仕方なくな」
つ、つまり……こうなることは想定済みだったってことか……? なら先に言ってほしかったんだけど………本当に殺されるかと思ったんだぜ……マジで寿命縮んだ……。
蒼祁が朱兎を肩に担いだ。
「じゃあ行くぞ」
「えっと……皆のいる場所ってもう……」
「分かってる。俺を誰だと思ってるんだ?」
化け物の兄貴、とは言わなかった。代わりに、先に歩いていく蒼祁の後を追った。蒼祁はビッと指を指す。その先には、山が見えた。
「全員、あの山にいる」




