6話―③『眠り』
あの人が好きだ。勉強も出来て、運動神経もいい。誰とでも仲が良くて人気者。そのせいで女子もたくさん寄ってきて、気が収まらないけど。たまに抜けてるところもある。でも逆にそこが可愛い、と思えてしまう。
あの人と恋仲になりたい。二人きりで話したい。触りたい。とても人前では言えないようなことだってしたい。
でも、その思いは封じ込めていた。どうせ叶わない恋。それならなるべく気持ちが高まらないように、静かに片想いをしている方がよっぽど良かった。
それなのに――――――。
「アンタが我慢する必要なんて無いさ。手を貸してやるよ。手に入れたいんだろ?」
――――――悪魔が、手を差し伸べてきた。
*
「はいこれ」
教室前の廊下で、白夜が紫苑に小さな茶色の紙袋を渡した。彼は受け取り、上から中身を覗き見る。
「やった。サンキュ」
「今年はマフィン。ちょっと甘いかも」
「毎年そんなこと言いつつ全然美味しいから気にしてないよ」
「それはどうも」
そこへ海斗がやって来た。二人はひらりと片手を上げる。
「よー海斗」
「はいこれ。海斗の」
「サンキュー」
同じように海斗にも紙袋を渡す。
バレンタイン前日の今日。白夜は毎年恒例で皆にお菓子を渡していた。今年のバレンタインは土曜日のため、当初は健治の家にでも集まって当日に渡せばいいと思っていたのだが、あいにくながら白夜本人が用事の為に集まれない。そこで前日の今日になったのだ。放課後には皆で皇家に行き、槍耶と健治にも渡す予定である。
「蘭李と雷、遅いなー」
白夜は不安そうに廊下の先を眺めた。そういえば……と紫苑が呟く。
「雷は友達に配ってたな。蘭李は?」
「担任に捕まってた」
「うわあ……お疲れ」
紫苑が苦笑を浮かべる。その後しばらく談笑をしていると、雷がすぐ目の前の教室から出てきた。
「ごめんごめん! 遅くなっちゃった! はい!」
雷が手際よく、ラッピングが施された小包を三人に渡していく。白夜も彼女に紙袋を渡した。
「ありがと白夜! あ、今年はクッキーなんだ! 色んな形のもの作ってみたの!」
「おおー、楽しみだなあ」
「♀とか♂とか難しかったよー!」
「……………聞き間違いか?」
「蘭李、おっそいなー。ちょっと見てくる」
白夜が自身の教室へ向かう。数名のクラスメイトがいる中、彼女は迷うことなく歩みを進める。たどり着いたところで、机に突っ伏して眠っている蘭李の肩を揺すった。
「蘭李、何寝てんだよ。みんな待ってるよ」
いくら呼びかけても全く起きる気配がなかった。すやすや眠ったまま動かない。白夜はさらに強めに揺すった。
「蘭李! 起きろって!」
「…………」
「ったく……起きないとお菓子あげねーぞ。あーあ、今年はチョコなのになー」
わざと大きめの声で、特に「チョコ」を強調して言ってみた白夜。反応は無い。彼女は不審に思い、雷達を教室に呼んだ。事情を伝えると、彼らも困惑したように首を傾げた。
「蘭李がチョコというワードで起きないなんて。具合悪いのかな?」
「逆に起きて嘘だと分かった時の方が面倒な気が……」
「寝不足なんじゃないか?」
「さっきまでピンピンしてたよ」
ちょうどそこに、秋桜が窓から飛んできた。白夜は彼に尋ねてみるも、先程まで街中を浮遊していた彼が知る由もない。彼女はため息を吐いた。
「ま、起きた時でいっか」
「珍しいねー。蘭李が学校でここまで爆睡するなんて」
「疲れてんのかな」
「まー色々あるしね」
この間のことも……などと白夜が思っていると、ふと視界に写った違和感に足を止めた。
「えっ……ちょっちょっと待って!」
立ち去ろうとしていた雷達を引き止める。白夜は改めて机周りを確認し、顔を青ざめた。
「どうしたの?」
「ない……!」
「ん?」
白夜は蘭李の机の脇を指差した。
「こいつのバッグが無い!」
「………えっ」
たしかに机の脇には、スクールバッグが無かった。教室後方にあるロッカーにも入っていない。彼らは顔を見合わせた。
「バッグが無いって……おかしいよな?」
「おかしいよ。本人はちゃんとここにいるのに」
「しかもさ、バッグには………コノハが入ってるんだよ」
沈黙。彼らの顔がみるみるうちに青ざめていく。ちょうどそのとき予鈴が鳴り響き、クラスメイトが次々と着席し始める。白夜達は声を抑えて続けた。
「とりあえずバッグを探そう」
「ああ」
「私は目撃者がいないか調べてみる」
「了解!」
彼らは各々の教室へと戻っていく。結局その授業中、蘭李が起きることは一度もなかった。




