閑話 学校の七不思議
おや、こんにちは。
この学校の図書室に人が来るなんて珍しい。
私かい?
私は、まぁ……数少ない珍しい方の人間さ。
一応、図書委員にも所属していてね。とは言っても人が来ないんだから、仕事の無い名ばかりの委員だけど。
そういえば、君はどうして図書室に来たんだい?
見たところ、本を借りに来たわけではなさそうだし。それに、あまり本を読まない人なんじゃないかな、君は。……おや、気を悪くさせてしまったかな? すまないね。
それで、君の用事はなんなのかな。
一応、読書を好む図書館族の私としては、この図書室のことを――少なくとも君よりは熟知しているから、もしかしたら君の助けになるかもしれないよ?
……へぇ、七不思議。
この学校の七不思議について調べに来たと。まぁ良くある与太話の類いだね。
だけど、その調べ物はこの図書室では無理なんじゃないかな? 図書室は残念ながら何でも分かる場所ではないからね。たかだか一地方の学校の噂なんかが載っている本は流石に存在しないよ。
あぁ、待って待って。そんなに落胆しないで。
確かにそういう本は無いけれど、私も少しなら話せるから、ここに来たのは無駄足にはならないよ。君が良ければ、だけど……聞いていくかい?
そうかい、聞いてくれるか。ありがとう。
いや、さっき言った通り、人が来ないからね。人間と話をするのは久しぶりで私も嬉しいんだよ。今は誰も居ないし、声の大きさを気にしなくても良いよ。
さてさて、君のお求めは七不思議。
人間が噂好きだからなのか、学校というものには得てして七不思議が存在するけれど、御多分に漏れず我が校にも七不思議が伝えられている。
……私が思うに、どの学校にも不思議がきっかり七つあるということが、一番の不思議ではないのかな。
おっと、話が逸れてしまったね。
この学校の七不思議。
まずは一通り、題から話すとしよう。
一つ目は『人魂集め』
二つ目は『三と二分の一階』
三つ目は『動く骨格模型』
四つ目は『捻れ廊下』
五つ目は『音楽室の歌姫』
六つ目は『薬が香る保健室』
七つ目は『夕日と幽霊』
これだけで、大分どういうものか分かったかな?
でも、君は詳しいことが聞きたいんだろう?
うん、安心して。きちんと最後まで説明するよ。
一つ目の『人魂集め』。
この学校は真夜中になると校舎に、ぼんやりと緑や青の光が浮かんでいるらしい。
そんなとき、明かりを持った黒い人影が現れて、
「人魂を集めてもらえませんか?」
そう言うんだ。
その人影――つまり死神の話によれば、浮かんでいる光は逃がしてしまった人魂で、集めてくれれば何でも願いを叶えてあげる……と。
この話、実は恐がりの誰かが非常灯を見間違えただけっていう説もあって――。
え? ネタばらしはしなくて良い?
そうかい。不思議は不思議のままで……中々ロマンチックだね。
それでは、次の話を。
『三と二分の一階』だね。
ご存じの通り、この学校は四階建て。これはこの階数についての怪談だ。
とある生徒が、一人で四階を目指して階段を昇っていた。
一階から昇り始める。まずは一階分、もう一階分昇って、もう一階分昇って。
もう一階分昇って、四階。
……あれ?
一階分、多いよね?
怖くなったその子が急いで駆け降りると、『三と二分の一階』があったんだって。
……ん? どうしたんだい、そんな青い顔して。
ほほう、怖い話が苦手なのかい。
そんな君がどうして七不思議について調べているのかは……聞かないでおこう。何か理由があるのだろうし。
次はよくある話、『動く骨格模型』。
誰もいない学校で、かつん、かつん、と音がする。
理科室へ続く廊下に響くその音は、動き出した骨格模型の足音だ。
その骨格模型は右手の骨が無く、学校中を探している。
そして模型に出会ってしまうと、
「ミツケタ」
と声がして、右手を引きちぎられてしまうという。
普通人体模型じゃないのか?
あぁ、そうだね。世間的にはそちらの方がポピュラーだ。
理由は、この学校に人体模型が無いからだよ。
人体模型を買っても、次の日には何故か骨格模型に変わってしまうんだって。
あはは、確かにこっちの方が不思議な話だね。
誰かが人体模型の肉を食べてしまうのかな?
さて、『捻れ廊下』について。
校舎棟と体育館棟を結ぶ渡り廊下。
この廊下は午後の5時55分になるとぐるぐると捻れていく。
渡ってしまうと、上下の反転した世界に迷い込んでしまうそうだ。
足元は天井、教室の机は天井に張り付いたまま。
見上げれば地面が広がって、見下ろせば延々と空が続いている。
もし6時になる前に戻らなければ、二度と元には戻れないらしい。
この場合、窓から飛び降りたらどうなるんだろうね。空に向かって落ちていくのかな。
……あは、怖い。
とはいえ、今まで逆さまの人を見たことは無いから嘘なのかもしれないよ。
まぁ、噂とは総じてそういうものだけれど。
『音楽室の歌姫』、これはその名の通り。
しんと静まった夜、音楽室から歌が聴こえてくる。
良く澄んだ声で、思わず聴き惚れてしまうほど綺麗だという。
でも音楽室には誰もおらず、
独りでに鳴るピアノと、少女の影だけがある。
「聞いてくれてありがとう」
歌が終わると、鈴を転がすような可愛い声が耳元で囁かれるそうだ。
これは、あまり怖くないね。
このまま毎回聞いていったら、お友達になれそうなくらいだ。
どうだい? 夜の学校に居残ってみるのも面白いかも。
何? 骨格模型が怖い?
確かに、歌を聴きに来たのに手を取られるなんて割に合わないね。
六つ目、『薬が香る保健室』。
グラウンドから保健室に向かって、赤黒い血痕が点々と続いている。
保健室に近づくと、つんと消毒液のきつい臭いが鼻を刺す。
そして、男の子の声が聞こえるんだ。
「いたい……いたい……いたい……」
ってね。
恐る恐る保健室に入ってみると、一面が真っ赤な血で濡れていて。
そこで、首のとれた男の子が必死に傷口に薬を塗っているらしい。
首が無いのにどうやって喋っているのかとても不思議だね。
そんなに震えるほど怖かったかい? ごめんごめん。
大丈夫大丈夫。
薬の臭いがしたら逃げれば平気だから。
最後に『夕日と幽霊』。
誰もいなくなった放課後の教室。
真ん中の机にぽつんと、この学校の制服を着た少年が座っているそうだ。
彼はじっと夕日を眺めている。
そして、夕日が沈みきったその時に、
ふっ、
と、消え失せてしまうらしい。
余談だけど、この教室は昔虐めが原因で自殺してしまった生徒がいたクラスなんだそうだ。
夕日の時だけ現れる幽霊。
生前、何か思い入れでもあったのかな。
『夕日と幽霊』なんだけど、この話だけ何故か目撃証言が沢山あるんだ。
何でだろうね?
さぁ、これで七不思議の話はおしまい。
どうだい? 君の役には立てたかな?
それは良かった。
……あはは、そんなに褒められるほど私は物知りじゃないよ。
私は何も知らないんだなぁ、って痛感することが多々あるからね。
だから私は本を読んでいるとも言える。
君も本を読んでみれば世界が広がるかもしれないよ?
おっと、もう下校時刻だね。
よいしょ。
……おや? どうしたんだい、そんなに怯えて。
私の足が無い?
今頃気が付いたのかい?
そりゃ、そうだよ。
だって私は幽霊だからね。
あらら、逃げてっちゃった。
せっかくお友達が出来たと思ったのに。
また来てくれると嬉しいな。
……でもあの様子じゃ来ないかも。