濃紺色の逢魔が時
09
「さて……」
本日も晴天なり。
放課後の教室に私はただ一人。
あの少年に会うのが待ち遠しくてにやにやしていたら、クラスメイトが「今度はどんなことをする気なんだ……っ!?」と、恐怖していた。別に私は恐怖されるほど問題児では無い……はずなのだけれど。
ともあれ、遂に待ち望んだこの時間。
さっさと彼を呼ぶとしよう。
せーの、
「×××××くーん」
「やほー、×××××ちゃん」
肩を叩かれたので、振り返るとほっぺに指を突きつけられた。まぬけ殺し。
私は嘆息して、手の主に声をかける。
「やっぱ後ろから来るんだね……」
「まぁ、僕のアイデンティティーだからね」
「そんなのが個性でいいのかい……」
くつくつと喉を鳴らしながら、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる少年、×××××君。
うん、今日もむやみやたらに気持ちが弾む。
「あ、そう言えば×××××君」
「ん?」
クラスの子が話しているを聞いて――別に聞き耳立てていたわけではないことを念押ししておく――いて知ったことなのだけど。
その事について少年に話す。
「ちょっと耳にしたんだけど七不思議になってたよ、どんだけ悪戯してるのさ」
「……っ」
居並ぶそうそうたるホラーな顔ぶれの中に、ぽつんと幽霊枠で少年がいるのは想像すると面白いが。
「放課後になると男の子の幽霊が出るとか何とか……まったく、人を驚かすのは良いけどほどほどにね」
まぁ、悪戯好きもここまで来ると一種の才能なのかもしれない。私の言い辛いことを言ってしまう性格のように。
「にしても、七不思議ってやりすぎだよ」
「あぁ、うん……うん、そうだね」
「どうかした?」
心ここにあらずといった風にぼぉっとして、気の抜けた返事をする少年。
私の不思議げな視線に気が付いて、取り繕うように頭を掻きながら笑う。
「……い、いやー、はっはっは、七不思議になるとか悪戯しすぎたなー」
「まったくまったくだよ」
「…………」
少し、違和感を覚える。
×××××君が、何かいつもと違う、あの小馬鹿にしたような笑顔じゃなくて、飄々とした口調じゃなくて、そうじゃない笑い方をしている。
「…………」
「ねぇねぇ」
「…………」
「×××××君?」
黙り込んだままで、反応もない。
先ほどの表情を張り付けたまま、中空を見つめている。
「…………」
「おーい、×××××君」
「…………」
「反応してー、無視しないでー」
「…………」
「むぅ……」
無視されるのには慣れてはいるのだが。
だが、だからといって。
×××××君に無視されるというのは、流石に結構むかつく。嫌だ。やだ、やだ。
「すぅぅ……」
大きく息を吸う。
そして、少年の耳元で叫ぶ。
「×××××くーーーーーーん!!!!」
「んのぁ!?」
突然の大声にはびっくりしたようで、少年は危うく転げ落ちそうになっていた。
「×××××君、無視しないでよ」
「ご、ごめんごめん少し考え事をしてて……」
後ろめたい気持ちでもあるかのように、ぎこちなく笑う。
「すごく真剣に考えてたね、何を考えてたの」
「いや、その……」
「言いにくい事?」
「あ、いや×××××ちゃんにどう悪戯しようかなーって」
「ひどいなぁ、いつもそんなこと考えてるの?」
「そう、だね」
太陽が雲に隠れる。
隙間から光が漏れて、光芒が幾筋も地に降り注いでいく。俗に言う天使の梯子だ。
「ん……やっぱ×××××君といると落ち着くや」
「…………うん」
「……この雰囲気が良い」
この、幻想的で、楽しくて、嬉しくて、
「吹奏楽部の練習とか、サッカー部の掛け声とかが小さく聞こえて」
少し声の響く教室でお喋りをして、学校の外の喧噪も風に乗ってやってきて、
「夕日で金色に輝く教室に二人」
「…………」
何となく、手が寂しくて少年に手を伸ばす。
「えっ……」
「手握っちゃ駄目?」
「……ううん、いいよ」
「ん……」
ひんやりと少し冷えた、こつこつした男の人の手に、鼓動が早くなる。
「×××××君……」
「…………」
少年は、声色が変わった私の言葉にびくりと体を強ばらせる。
気持ちが溢れる。
顔は熱くなっているけど、頭はすっきり冷えている。自分が何を言おうとしているかも、分かっている。
でも、止められない。
「私ね」
「…………」
「君のことが」
――きなんだ。
そう言おうとした瞬間。
「駄目だ!」
少年が叫んだ。
ぎりっと歯を食いしばって、悲痛な表情で、叫んだ。私の方を向いた勢いで、眼から水滴がこぼれる。
「……っ!?」
「その先は言うな」
底冷えのした、今まで聞いたことのない様な少年の声。ぽたぽたとこぼれる雫が、私の手にも掛かる。
「何でっ」
「ダメなんだよ、君と僕じゃ」
くしゃっと表情が崩れて、見ていて辛くなるほどの泣き笑いに変わる。
「僕は、僕だけはダメなんだ……ホントは! ホントは仲良くなるのも、友達になるのもダメなんだよ! それなのに…………だなんて!」
明確な、拒絶の意志。
少年は握っていた手を振り払って立ち上がる。
そして私に背を向けて、肩を震わせる。
「そんな……」
「僕と君は相容れないんだ」
「……っ」
少年の言葉が終わる前に、私は教室を飛び出した。
××
冷たい雰囲気の教室に少年が一人佇む。
先ほどまで少女が座っていた机には、鞄が置き去りにされ、夕日を受けて橙色に染まっている。
「…………」
絶望し、達観した無表情で少年は眼を閉じる。目尻に溜まった雫が弾けた。
少女の顔を思い出す。
「泣いてたな……」
唇をきゅっと結び、拳を握って飛び出していった少女。思いの入り交じった表情で。
「はは……これでいいんだよ」
これで良い。
此岸と彼岸が逢い交じることこそがそもそもの間違いなのだから。一度この世から離れた人間は、現世と関わってはいけないのだから。
少女はきっとここには来ないだろう。
それで良い。
「所詮僕は、逸脱した存在なんだから」
少年はそう自分に言い聞かせる。
諦めたような言葉とは裏腹に、少年の声は重く沈んでいた。
夕日が稜線に消える。
少年の身体は、幻のように散って消えた。




