橙色に燃える大地
04
がやがやと騒がしい昼休み。
「はぁ……」
教室の最後列窓際の席、そこに座って私は溜息を吐いた。
教室の端っこ、何だか作為的なものを感じる位置だ。もちろん追いやられた訳ではなく、くじ引きの結果である……というのが〝公式〟な見解ではある。
周囲の席は誰もおらず、目に見える形で境界線が出来ている。清々しいほどの拒絶の意思だ。
「早く、放課後にならないかな」
万が一にも聞かれないほどの小さな声で呟く。周囲には人がいない、そして教室のざわめき加減から考えて、よっぽどの大声でなければ気づかれないだろうけど……。
まぁ、こんな呟き、あの男の子くらいにしか聞かれたくはない。
と、そう言えば。
この教室に行つも居ると言っていたあの少年はどこだろうか? きょろきょろと辺りを見回す。そんな私を見て、そそくさと視線から外れるクラスメイト……は、今は一旦無視して。
「……いない?」
確か、あの子が座ってたのはあの机だったはずだけど、と曖昧な記憶を頼りに探すが、見あたらない。
少年が座っていたであろう席には違う女の子が座っている。
じろじろと辺りを眺める私の姿に、教室の騒がしさが増す。こう言うところで無視しきれないだなんて、何ともお粗末な虐めだことで。やるなら徹底的にやって欲しいものだよね、もともとメンタルが微妙に強い私にとっては張り合いが無くてつまらない。
話がずれた。それは置いておいて。
結局は少年を見つけられない。
大体、もうそろそろ秋――つまりこのクラスになってから半年以上なんだからクラスメイトであれば覚えているはずである。
いくら私が興味の無いものに無頓着なのだとしても、クラスメイトの顔を覚えていないほどの薄情者な訳が……ない、だろう?
「……あはは」
無いだろうと仮定して、考えるが。そうするとあの少年は一体何者なのだろうか……。
と、そこで昼休みの終令が鳴る。私の意識は耽っていた思索から浮上してくる。何か重要な疑問が浮かんだ気がするが、まぁいいだろう。
喫緊の課題は次の時間の英単語テストである。もう手遅れではあるが、暗記を始めるとしよう。
結局、少年を見つけることは出来ず、本日の放課後を迎えた。
「と言うことは今日は独りぼっちか」
午後の授業三時間ぶっ続けで座りっぱなしだった為、背伸びをすると関節がバキバキと鳴る。
「……早く皆いなくならないかな」
終業直後なのでちらほらと残っている子達がいる。もちろん私が残っている所為で逃げるように帰り支度をしている。ちなみにリーダーさんはホームルームが終わると同時に帰った。
と、いう間に最後の一人が逃げ終わった。
「静かだなぁ……」
雲一つ無い青空にぽつんと黄色がかった太陽が綺麗に浮かんでいる。その様子が何だか私と同じようにはぶられているようで、何だか笑えた。
無人の教室はやけに冷える。もしかすると、冷えているのは部屋ではなくて、三日ぶりに孤独を感じる私の心なのかもしれないが。
「トイレ行ってこよ」
まあ、一応私も女の子ではあるので、お花摘みに関しては、割愛。
どうやら本日放課後に居残っているのは私だけのようで、廊下から各教室を覗いてみたけれど誰も見あたらなかった。
「……さみしぃなー」
「こんにちは」
「のわぁぁっ!?」
ぽそりと呟いた、ちょうどその時を狙い澄ましたかのように声がかかる。飄々としていて、人を小馬鹿にした雰囲気の声だ。
「何でそんなに驚いてるのさ」
私を驚かせた当の本人、つまり私のただ一人の友達である少年はくつくつと喉を鳴らしながら呆れたように言う。
「うぅ……だってさっきまでいなかったのに」
「まぁね」
「ぬぐぐ、私が席を外した隙に出てきやがって」
「ははははっ」
「そう言うところムカつくんだよね、君」
「ありゃ、ばっさり言われちゃった」
「これが私、思ったことはすぐに口に出すの」
「へぇ、良い性格だね」
「それは皮肉かなぁ?」
「いや、誉めてる。そういう子は好きだよ」
そう言いつつも、表情やら口調やらに笑いがにじみ出ている。というか思いっきりにやにや笑ってんじゃねぇか。
「全く……」
会話を始めて一分も経っていないのにごっそりと体力が削られた。
少年は笑いを隠そうともしない。どころか追撃まで仕掛けてくる始末だ。
「僕がいないって分かってしゅんとしてる君は可愛かったね」
「なっ! どこから見てたのよ!」
「さぁて、どこでしょーか?」
「ぐぬぬぬ、からかいやがってぇ」
この少年、悪戯好き。
特に人を小馬鹿にした態度と台詞は、主に私の怒りを燃え上げさせる。
「昨日、また明日って言ったからにはきちんと来なくちゃ。約束破っちゃいけないからね」
「だからってわざわざ私を驚かすような登場方法を取らなくても良いでしょうが!」
「あれ、ばれてた?」
「ばればれに決まってるでしょ!」
わざとらしく驚く少年。
一発殴ってやろうかこの野郎。
「そういえば、君今日どうしてたの?」
「どうしてたって?」
「いや、昼間教室にいなかったじゃない。だから休みなのかなぁって思ったのね。でもここにいるからどうしたのかと。それとも別のクラス?」
「ん……あー、そうだね……」
私の言葉を聞いて、達観したような笑みを浮かべる少年。その笑顔はすごく悲しそうで、辛そうで。
触れられたくない物を、触れられてしまったかのような雰囲気は……身に覚えがある。私自身もそうだったから。
楽しかった会話が、止まる。
「……もしかして聞かない方が良い感じ?」
「……察しが良くて助かる」
「おっけ」
少年は済まなそうに、笑う。
「ありがと」
いつもの軽口とは違う、思いの籠もった一言にどきりと胸がつかえる。
まっすぐな気持ちに恥ずかしくなって、無理矢理違う話題を振る。
「す、すんごく今更でめちゃくちゃ聞きづらいんだけどさ」
「なに?」
「名前、なんて言うの?」
「あー、名乗ってなかったね」
少年はかたんと机を鳴らして立ち上がると、舞台俳優のように大仰な仕草で礼をした。
「×××××と申します。以後お見知り置きを、お嬢さん」
「お嬢さんて……私は×××××、よろしくね」
「よろしく」
「……なんか気恥ずかしいな」
「初対面ならまだしも友達だしねぇ」
少年はにやにやではなく、にこにこと本当に嬉しそうに笑っている。その眼はしっかりと私を見ている。
やばい、顔がどんどん熱くなっていく。
よく分からないけど、多分友達が出来たことを心から喜んでしまっている私自身に対する恥ずかしさの所為だ。
私は少年にくるりと背を向ける。
「うーあー、ちょっと待ってこっちみないで」
「えー、なになに? そんなに恥ずかしいの?」
「ちょ、だから見ないでって」
「おぉ、顔が赤い」
「違っ、これは……っ! そうだ、これは夕日で赤くなって!」
「じゃあ、そういうことにしておこうかな」
「うぅぅ……」
私と違って余裕な雰囲気の少年。なんか理不尽だ。夕日に照らされたままの顔を隠すために、少年の方を向かずに話す。
「君って意地悪だよね」
「そうかな、あんまり自覚無いけど」
「そうだよ、私を驚かせようとしたり、からかったりするくせに……優しくして私を油断させてさぁ」
「そっかぁ、油断してるんだ」
「人の失言を聞き逃さないとことか! そういうとこが意地悪だっていうの!」
「はははは」
「笑って誤魔化すな!」
こうして出来た、友達との会話はあっという間に過ぎ去ってしまう。楽しくて、嬉しくて……愛しくて。
「ん、もうこんな時間だ」
「夕日半分くらい沈んでるね」
電気も点けないで話し込んでいたので、今やお互いの顔が見にくいほど暗くなっている。
「さぁさ、早く帰りなさい」
少年が、少し真剣な口調で私を急かす。
この空間が楽しい私は、少しだけ我が儘を言う。
「良いじゃんか、こんな田舎町じゃ襲われたりもしないって」
それでも、彼は。
頑なに、私を帰そうとする。
「駄目、絶対に駄目」
もう彼は笑っていない。
「部活帰りの子達に紛れていけば大丈夫だって」
「駄目だって言ってるだろ!」
「……っ」
「あっ」
苛ついた大声に、体が竦む。
少年も、自分のやってしまったことに気が付き、思い詰めたような顔をしている。
「う、うん……帰るね……心配してくれて……ありがと……」
私は俯きながら、のろのろと鞄をつかむ。
私が教室から出ようとした背中に、声がかかる。
「……また明日」
「……ばいばい」
また明日。
××
「………………」
少年は、
「あーあ、やっちゃった」
沈みゆく夕日を、
「こんなにきつく言うつもりは無かったのに」
ひたすらに眺め、
「心配から言ってるんじゃないんだよ」
闇に包まれながら、
「僕はそんな君が思ってるほどに優しい、人間なんかじゃない」
夕日と共に消えた。