青の残る夕空
02
「放課後の教室で独りぼーっちー」
まだ陽は傾き始めたばかりで、窓からの景色はいくらかの青空が混じる放課後。
私独りとなった教室に調子っぱずれな歌が響く。
「悲しいねっ、寂しいねっ! 友達ぜろにんしかいないっ」
適当に目に付いた机に腰掛け、ぶらぶらと足を揺らしながら歌う。
「って、私それ『しか』じゃないよっ!」
自分で自分に突っ込みを入れる。
乾いた笑い声は無人の教室で反響し、黄昏色に染められた空気に虚しく消える。
歌詞も相まって目を伏せたくなるほどの残念さだ。
「…………」
こんな状況になった原因。自分の後先考えない言葉を思い出す。
私は昔からそうだ。
面倒に縛られるのを嫌い、指摘しなくていい不条理につい反抗してしまう。
私の話がどんなに正論であろうと、それで誰かを不快にしてしまうのであれば、無駄に波風を立てない方が処世術としてはより良いのだとは理解している。
しかしそこで我慢ができない。つい、で言ってしまう。
それは道徳的には褒められた事かもしれないが、現実的には決して褒められた事ではない。
「はぁ……」
後悔と諦念を、その他諸々忸怩たる思いを溜息と共に押し出した。
教室には誰もいないのだから、と女子高生にあるまじき低く可愛くない溜息を吐いた。
完全に気を抜いて、だらけきる。
そんな私に、
不意に声がかかる。
「僕もいるんだけどね」
「っ!?」
思わぬ事態にびくんと身体が跳ねる。
慌てて声がした方へ振り向く。
「ひ、ぁ……えっ……」
そこには、私を見てくつくつと喉を鳴らす少年がいた。
うちの高校の指定である藍色のブレザーに身を包み、夕日に照らされ、私と同じように机に腰掛けている少年が。
「あはは、こんにちは」
「ちょ、あなた誰っ!?」
「僕? 僕はいつもこの教室にいるんだ」
「い、いつもいる!? も、もしかしてクラスメイト!?」
……と言うより、そもそもこの場にいるということはだ。
俯きながら、震える手で私は少年の肩をつかむ。
「へ?」
「ね、ねぇ……いつからいたのかな」
「ん? ……そだね、大体二時間前くらいかな」
時計を見て、首を傾げながら答える少年。
その答えに、冷や汗が吹き出る。
「忘れてっ! さっき歌ってた奴忘れてっ!」
「さっきって、友達ぜろにんしかいないって歌?」
「忘れてっ! 忘れなさい!」
掴んだ肩を思い切り揺らす。少年の頭ががくがくと前後に振られる。
冗談じゃない、いくら私が友達がいなくなったカースト底辺だとしても、これ以上恥を上塗りするつもりなどさらさらない。教室で黄昏ていたことが広まりでもしたら独りぼっちの前に『可哀想な』という枕詞がプラスされること請け合いだ。
「わーすーれーろーっ!!」
「あわ、わ、わぁ! ゆらし、すぎぃ!」
「ふーっ、ふーっ!」
真っ赤な顔で揺らし続ける私に、対照的に青い顔になっている少年が叫ぶ。
「わ、わかった! から、揺らすのやめてっ!!」
「あっ、ごめっ」
額に手を当てて、ふらふらと頭を押さえる少年。ぜぇぜぇと荒い息を整えている。少し恨みがましい目を私に向けてくる。
「まったく……酷いよいくら何でも」
「そ、そのことはホントごめんなさいだけど! で、でもとにかく、さっきのことは誰にも言っちゃ駄目だからねっ! ていうか忘れなさい!」
私のしどろもどろな様に、疲れたような呆れたような雰囲気で苦笑する少年。なんだか楽しそうだ。
「絶対だからね!」
「うん、言わない言わない」
「あーあーっ、もうっ! 恥ずかしいっ!」
「あはははっ」
「笑うな! 私帰るからね! ばいばいっ」
律儀にも挨拶をしてしまう私を見て、またもやくつくつと笑う少年。
「あぁ、うん。ばいばい」
私は近くの机に置いていた自分の鞄をひっつかみ、逃げるように教室を飛び出す。背後から掛けられる、まるで微笑ましい物を見るかのような笑い声から逃げるように。勢いのまま階段をも駆け下りた。
××
少女がいなくなった教室で、少年が一人笑う。
「あはは、面白い女の子がいたもんだ」
どこか達観したような、透き通った切ない瞳の少年。この世の物ではないような雰囲気を纏って、半ばほどまで沈んだ夕日に照らされている。
先ほどの少女のことを思い出して、柔らかく微笑む。必死な顔で焦っていた少女と彼女の言った言葉をなぞる。
「さっきのことは誰にも言っちゃ駄目だから……なんて言われてもねぇ……。そんなこと言われたって元々僕は誰にも言えないんだけどね」
羞恥で赤く染まった少女の顔。よくよく振り返ってみれば目尻に少し涙が滲んでいたかもしれない。
「ふぅ……久々に、面白かったなぁ」
じわりじわりと山際に夕日が沈んでいく。
「僕ももうそろそろだね」
太陽の上端が山の向こうに消えると共に教室は闇に閉ざされる。
かたんと机の揺れる音がして、教室からは誰もいなくなった。