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日没


 10



 私以外誰も居ない教室。

 ぽつりと居るはずの彼を呼ぶ。


「……×××××君」


 私が言ってから、しばらくの間が空いて、ゆっくりと少年が返事をした。細々とかすれそうな小さな声で私に話しかけてくる。その姿に、いつもの飄々とした彼らしさは無い。


「…………何で居るんだ……もう居なくなるように言葉を選んだのに、僕に会いたくなくなるように言ったのに」


 私を少し責めるような声。


「……だって」

「…………?」


 だって、


「×××××君、ダメだって言うばっかで」


 ただただ拒絶するばかりで、


「……理由も何もいってくれないんだもん」


 そんなのは許さない。


「そんなのは嫌だよ」

「…………っ」

「そんなままで×××××君と会えなくなるなんて、絶対に嫌」


 何もかもうやむやになって、後悔して悩んだまま、喧嘩したまま会えなくなるなんて。

 そんな最悪には、絶対にさせない。させてやるもんか。何が何でもしっかり話をする。

 私のことが嫌いなら――凄く辛いけど――別に良い。どんなに悲しくても我慢する。そのことをしっかり私に伝えてから、さようならするなら。


「教えて、何でダメなの」

「…………言ったら、怖がるよ」

「怖がんないよ」


 顔を伏せて、怖がると言っている彼の方が私に怯えている様に見える。声が震えて、身体が縮こまっている。

 往生際が悪く、少年は私に真実を伝えまいとする。


「聞かないほうが君の為に――」

「嫌だ、聞く」


 彼の提案を最後まで聞かずに叩き切る。

 少年はゆっくりと顔を挙げ、盗み見るかのようにちらりとだけ私を見る。


「…………」

「…………」


 じいっと見つめ合う。

 黒板の上にかけられた時計の、かちかちと規則正しい音が心拍と同調する。

 たっぷりと、五分以上も、何も言わずに眼を合わせ続けた。少年は時折目を逸らし、逡巡するように口を開けたり閉じたりする。

 そして、断固として譲らない私の姿勢に、諦めたように大きな溜息を吐くと、


「七不思議」


 一つの単語を、口に出す。


「え……?」


 昨夕ここで話した与太の内の一つ。話の流れに、何ら関わりのないと思われる言葉に、私は混乱する。何故、今?

 しかし、少年は淡々とその先を紡ぐ。


「――高校の七不思議、七つ目『夕日と幽霊』」



「あれは、僕だ」



 話が読めない。

 放課後の教室に、指定ブレザーの男の子。確かに一致しているけれど、


「×××××君の……イタズラ……?」

「ううん、違う」


 少年は自分の身体を私に見せるように、手を広げて、寂しそうに言う。


「僕が幽霊……僕はもう死んでいる」

「え!?」


 死んでいる?

 死んでいるって、生きていない?

 でも、ここに彼は居るじゃないか?


「……え、だって」


 恐る恐る手を伸ばす。

 冷たい教室で冷えた少年の手に〝触れ〟る。

 初めて逢ったときに肩を揺らしたのも、ほっぺに指を突き立てられたことも、どきどきしながら手を握り合ったことも、あった。

 つまり、


「触れるじゃないか……って?」


 私の気持ちを、言葉を、少年は代弁する。

 私は、何も言えなかった。


「…………」

「幽霊は非実態だとは限らない、みたいだね」


 死んで初めて知ったんだけど、と少年は言う。


「実際僕は、こうして身体を持っている。日が沈むまで、という条件があるとはいえ、この身体は本物だ」

「……そんな」


 ×××××君が、死んでいる。

 私の友達が、死んでいる。

 私の――きな人が、もう死んでいる。


「……そんなこと」


 私はよろめいて、数歩後ろに下がる。机にぶつかって、かたんと小さな音を立てる。

 そんな私を見て、少年は悲しそうな顔をする。


「ほら、怖いだろうやっぱり」


 自虐げに笑って、力なく腕を降ろした。

 私は、大きく息を吸った。


「君は人間、僕は怪異……一緒になるのは可笑しいん――」

「そんなこと、どうでもいい!」


 教室に大声が響く。


「は……!?」


 そんなこと、どうでもいい。

 確かに、×××××君が死んでいることは凄く悲しいし、びっくりもしたし、少し怖くなったこともことも事実だ。

 で、


「×××××君が死んでるとか、幽霊だとか……それがなに?」

「……君は、話を聞いていなかったのか?」


 話は聞いていた。

 さっきから、駄目だの、怖がるだの、七不思議で、私が生きてて、×××××君が死んでて、怪異で、幽霊だからとか色々言っているけれど。

 そんなことは私には関係ない。

 だって、


「私は、友達だから」

「…………っ」

「人間だから友達になったんじゃない」


 放課後に独りぼっちで寂しかった私と、話してくれたから。笑ってくれたから。遊んでくれたから。 理由なんて色々ある。

 だけど、人間だと思って友達になった訳なんかじゃ、絶対にない。 


「×××××君だから友達になって、×××××君だから好きになった」


 大好きで。

 大好きになった。


「ホントのことを知ったからって、友達じゃなくなるわけじゃない」


 何を躊躇う必要があるのだろう。

 幽霊と友達になったらいけないの? 好きになってはいけないの?

 それにいつだって変わらない一つの事実がある。


「×××××君は、×××××君でしょう」

「自分が言ってることが分かってるのか?」

「もちろん」

「…………」


 崩れ伏せて肩を揺らす少年に近づいて、背中を合わせて座る。どくどくと激しい少年の鼓動が伝わってくる。


「×××××君」

「僕は……」


 少年は涙声で、言う。


「僕は地縛霊なんだよ?」

「うん」


 慰めるような優しい声音で私は返事をする。


「この教室から出られないんだよっ?」

「うん」


 声を荒げて、私の言ったことを認められないかのように、認めて良いか不安そうに叫ぶ少年。


「放課後にしか現れていられないしっ、夕日が沈んだら消えてしまうんだよ!」

「うん」


 少年は、泣いて煌めく瞳で私をじっと見て、すがりつくように手を握る。


「それで……それなのに僕で良いの?」

「うん」


 うん。

 私は君のことが好きなのだから。



 ××



「…………」

「…………」


 後数分で沈みきる夕日に照らされて、穏やかな笑みを浮かべて足を揺らす少女と、泣き疲れて真っ赤な目をして上を向く少年が、二人きりで教室の机に腰掛けている。

 二人は指を絡めて手をぎゅっと繋いでいる。幻想的なこの瞬間の雰囲気を壊さないように黙ったままで。

 窓から外に広がる景色は橙と紫の交じった、どこか不安にもなりそうな色をしている。下に見えるグラウンドでは部活動を終えた数人の生徒達が片づけをして走り回っていた。

 夕日が帰っていく連なる稜線は、輪郭を赤光が縁取っている。紅葉もほとんど散り、骨ばった木々が光に手を伸ばすようにも見える。

 少女が、ぽつりと言葉を漏らす。


「君といると、夕日が綺麗ですね」


 少年は、少し驚いたような顔をして、それから少しの間眼を閉じて考えてから、少女に〝答え〟を返す。


「僕は君に会うために死んだのかもしれない」


 二人は、もう既に眩しくない夕日を眺めながらくすくすと笑い合って、小さく溜息を吐いた。

 少女は少しだけ頬を染めて、眼を閉じる。

 少年は思いを伝えるように手を少し強く握る。


「……幸せだよ、私」

「…………僕も」


 少年の身体が、きらきらと光へと変わっていく。

 幽体は薄くぼやけて半透明に透け始める。


「時間だね」

「……そっか」

「ばいばい、×××××ちゃん」


 空から届く赤い光が途切れた。

 日没が訪れると、少年はまるで居なかったかのように掻き消える。


「ばいばい」


 少年の温もりの残る手を感じるように、少女は手を握り込んで、名残惜しそうに開いた。


 また明日。

 私の大好きな×××××君。

大まかな話はここでおしまいです。


今後は、いくつか小話とエピローグが出来次第投下いたします。

ご閲覧ありがとうございました。

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