魔道具師とのご対面
食事の時間に家族全員が揃うから、ダンはおそらくもう来ないだろう、と伝えよう。頭の中でそんなことを考えると同時に、魔道具職人の弟子になるための伝手を探してもらうことも頼むつもりでいた。
その、矢先であった。
サイ宛にダンから手紙が届く。
サイの家から帰って直ぐに出したものだろう。
走り書きのような短い文面には、自分がサイのことを全く考えていなかったことを認め、率直に謝るものと共に自分の知り合いで良ければ、魔道具師を紹介する、と記されていた。
正直なところ、サイにあれだけ言われたからには、来ないと思っていたし、会いたくないだろうと考えていたし、連絡も寄越すなんて思っていなかった。向こうは二度と会いたくないだろうと、思っていたのに、サイの気持ちを汲んだ提案をしてくるとは予想していなかった。
「魔術師の知り合いなら家の伝手で探すよりも遥かに容易く魔道具師と知り合える、か」
ダンは貴族に対して拗れた感情を持ち合わせているからこそ、サイにも変に執着していたのだろうが、指摘を受けたことによってようやく己の行いを反省したのだろう。
同時に詫びとも言えないだろうけれど、サイの望みに少しでも協力したい、という表れのように魔道具師の紹介を伝えてくる。今度は押し付けないように、良ければ、との文言付きで。
向こうがその気であるのなら、サイも気にする必要は無いだろう。自分が子どもらしくないのは今に始まったことじゃないし、それなら折角の申し出だ。有り難くその伝手を使わせてもらうことにしよう。
七歳の子であれば、あれほど執着してきた人間を怖いとも思っただろうし、急な掌返しも怖いと思うだろうが、前世の記憶があるサイとしては、ダンが根は素直な性分であることに気づいていたので、紹介を受け入れることを決めた。
「以上のことから、魔術師のダンさんから魔道具師を紹介してもらえる宛が出来ました。その後のことは会ってみないと分かりませんが、その方の弟子になる可能性もあります」
ダンに魔道具師の紹介を「よろしくお願いします」と返信し、その夜の晩餐時には両親と兄たちへ、ダンとのやりとりの経緯を報告しておく。
「随分と急な話だが、その魔術師は信用出来るのか」
父・ギィが不安であることを隠さずに眉を顰めてサイに尋ねる。掌返しが不安なのだろう。
「率直に謝り、自分の気持ちを私に押し付けていたことを認めた時点で、信用出来るとは言い切れないですが、素直な人なのだろうと思っています」
サイはギィの不安を理解しているかのように、信用は分からないと言い切る。けれど、性根は素直だろうとも思うことは伝えておく。
「サイがそう言うのならそうかもしれんが、掌を返すような者は信用出来ない……いや、サイはそれを分かった上だったな。七歳でそこまで理解するということは出来るものではないが、サイは本当に小さな頃から大人びていたからなぁ。分かった。サイが納得するのであれば良いとしよう。だが、困りごとや悩みごとがあるときは遠慮なく相談するといい」
ギィが困惑したように話しながら、最終的にはサイの意見を尊重した。サイは、いつか自分に前世の記憶があることを打ち明ける時が来るのだろうか、と思いつつも父に「ありがとうございます」と礼を述べる。
サイの前世では物語上でよく異世界転生や異世界転移の物があった。更には前世の記憶を持つ物語というのもあった。だが、それはあくまでも物語上のことで現実にあるわけが無い、と思っていた類のこと。
実際、自分が前世の記憶がある上に異世界転生を経験していても、未だに信じられない部分が無いわけでもない。
尚、異世界という概念は、こちらには無いようでもある。そんな話は物語ですら無いから。けれど、前世の記憶を持った人、というのは物語にはあるので、前世の概念はあると見ていいはず。
というか、前世の記憶を持った人は絶対に存在しているはずだ。そうでなくては冷蔵庫も洗濯機も電話も存在しないはずなのだから。
でも物語やら人の噂話にすら前世の地球人の話題が上らない。聞いたことが無い。秘匿されているのか、そんな魔道具を考えた人が前世のことを黙っていたのか、どちらかだろう。
サイの中で、今のところ家族にも前世や異世界について話す気は無いが、機会が巡れば話すこともあるかもしれないくらいの気持ちはある。いつか、の話だ。そんなことを思いながら取り敢えず家族の許可を得られたので、後日魔道具師に会うことになった。
***
「はじめまして」
ダンとのやり取りで、子爵家に連れて来てもらうのとになったその日、ギィと同世代くらいの二の腕がパンパンに膨らんだ男性がダンと共に現れた。厳つい顔立ちだがサイは気にせずに挨拶をすると、少ししてから「はじめまして」とやや甲高い声が聞こえた。
この男性の声か、と思っただけで、ダンと二人を応接室のソファーに座らせて先ずはダンを見た。
「本日は魔道具師さんをご紹介下さりありがとうございます」
今までのことを掘り返しても仕方ない、とそれだけ言えば、ダンが驚いた顔をしてから慌てて頷く。今までのことを無かったことにしようと考えているサイに気づいたのかもしれない。
本当は、もう今後会わない、と思っていたのだけれど。いや、もうダンが会いに来ないと思っていた。だが自分の非を認めてこちらに寄り添う態度を見せてくるのなら、サイもアレコレ言う気は無い。
サイとしての人生は七年でもプラスがある。前世は何歳で死んだのか、全く記憶に無いが、四十歳の誕生日を迎えたような気がしているので、多分それくらいまでは生きていただろう。
あと、結婚していた記憶も無いので独身だったと思う。恋人の有無は覚えてない。記憶が曖昧な部分は多いがまぁ支障があるわけでは無いので気にしない。
「あー、ええと、こちらが俺の知り合いの魔道具師であるティタンルーノ。長い名前だからルーノで良い」
ダンが厳つい顔立ちの男を紹介する。長い名前は貴族の出身だが、ルーノで良いと言うのだからそう呼ぶべきだろう。
「ルーノさん。本日はよろしくお願いします」
サイが頭を下げれば戸惑ったような表情を浮かべてダンを見る。それから、ダンの耳元に口を寄せて耳打ちしている。人によっては、目の前で内緒話をしているのは腹立たしく思う人も居るだろうが、サイは全く気にしない。話したくないことを無理に聞いても人間関係に罅が入るか歪になる。そんな面倒なことになりたくない。
「サイ君、ルーノが本当に君は七歳なのか、と疑っているのだが」
あからさまに気持ちは分かる、という表情を浮かべてダンが口にしている。
「両親を呼びましょうか?」
父のギィですら、サイが七歳なのに、という気持ちで居るのだから他人は猶のことそう思うのだろう。サイはその疑問に動揺もせずに親を呼ぶ提案をしたが、二人共慌てて首を左右に振ったので、その話は無くなった。
あれなのだろうか。サイがアレコレと詮索しないことが、逆に子どもらしさを失わせているために年齢詐称疑惑があるのだろうか。
……疑惑、あるな。
思わず自問自答だ。
サイも前世でこんな子どもを見たら、確かに本当にその年齢か? と疑う。悪気なく何でもかんでも知りたがるのが子ども、という印象があるからだ。とはいえ、前世日本では言動が大人びている子もいれば、体型が大人と見紛う子もいたのだから気にする必要も無い、とサイは判断した。
「あー、サイ君は魔道具師を目指したい、と言っていたわけだが、それはなぜなのか、ルーノが知りたいそうだ」
矢鱈と咳払いをした後でダンが切り出した。
サイは待ってました、とばかりに話す。
「風音具一つとっても凄いじゃないですか! 小さな魔道具なのに相手に声が届くし相手の声が聞こえる。便利ですよね! 惜しいのは、平民では買えない魔道具だということ。ちょっと値が張るのが勿体無い。例えば、商人として遠くに買い付けに行っている間に、家族と連絡取りたいなぁと思っても、貴族なら買える値段なのに、平民では高過ぎる。大量生産が出来れば値は下がるだろうな、と思います。そうすれば売れるんじゃないですかね!」
サイが途端に貴族らしい所作や言葉遣いを彼方に投げやって喋り出すと、胡散臭そうにサイを眺めていたルーノが、シンパシーでも感じ取ったのか、サイの話を前のめりになって聞いている。
「サイ、と言ったな。分かってるじゃないか! そうなんだ。平民には高いんだが大量生産が出来ないんだよ」
ルーノも興奮状態で、やや甲高い声が更に甲高くなっているが、サイは気にせずに大量生産が出来ない、という一言に注目した。
「大量生産が出来ない? なぜですか?」
「うむ。一つは、魔道具の核の量が圧倒的に足りないということ。一つは、魔道具を動かす核そのものの魔力が少ないということ。一つは、魔術師が核に魔術を施してくれないということ。この三点が問題だ。風音具そのものはいくらでも作れるが、核、魔力、魔術が無い。だから風音具の大量生産が出来ない。これは風音具に限らない。冷水箱や洗浄箱なども同じことだ」
ルーノが大量生産が出来ない理由を上げる。即座にそんな悩みが出て来る辺り、ずっと悩まされているのだろう。魔道具師の課題のようなものか。
冷水箱は冷蔵庫。洗浄箱は洗濯機のことで、分かり易い名前だ。寧ろ風音具というネーミングを付けたのは誰なのか、という話だ。
分かり難い名前で、サイは電話、と言いかけて少し考えてから風音具だと言い直すことが多い。冷水箱と洗浄箱はまだすんなりと覚えられたものである。
さておき。
核と核の魔力が少ない上に魔術師が魔術を施さないとは、大きな課題だ。それゆえに風音具は貴族の家にしか無いということらしい。数が少なく高価ならそうなる。
サイの家は一応貴族ということで、王城から貴族のステータスだから、と言われたこと。母・ローゼリアが家にあって使用人たちが助かっていたから、と申し出たことから、風音具を持っている。実際、使用人たちは重宝しているし、サイもそうだよなぁ、と納得しているのだが、貴族にしか買えないのは、本当に勿体無いことだと思っていたら、そんな課題が出てくるとは思っていなかった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




