エレンの言葉
「サリー殿、つまり……」
エレンへのせどりについての講習会を終えた後、お昼ご飯を食べるため、扉に昼休憩と書かれた看板を掛けて戻ってきた私は、再びエレンの思案顔を目にすることになった。
いいだろう、受けて立ってやろうではないか。
私はエレンが求めるならいくらでも応えてあげる所存。
魔本のことをさらに知ってくれるのであればうれしいに決まっている。
「どうしたの?」
つい、やる気を悟られないように意識して言葉を発してしまう。声色はおかしくなっていないだろうか。
……バレてはいないはずだ。
「その、だな。さっきの説明を聞いて思ったんだが」
エレンは歯切れ悪く、もじもじしながらそう口にすると、沈黙してしまった。
というか、エレンの顔が少し赤くなっている。
もしかして知恵熱かも?
「うん」
このまま倒れたりしてはいけない。そう考え、濡れた布でも持ってこようかと思ったとき、再びエレンが口を開いた。
「つまり、サリー殿の値付けは、か、完璧ということだなっ」
そして、「あの少年が魔本を買って行かなかったのだから」とボソッとつぶやいた。
思わずエレンを見つめてしまう。その視線に気づいたエレンは、顔では飽き足らず、耳までも赤くしてうつむき気味になった。
「えっ」
え。
えぇ?
えぇ!?
「エレンさん!?」
私は思わずエレンに飛びついて両手をつかむと、ぶんぶんと上下に振った。エレンは「うおぉ!?」と言って目を白黒とさせている。
「うれしいこと言ってくれるじゃん!?」
私はエレンの言葉を何回も反芻した。いや、してしまった。
褒められたのはいつぶりだろう。
認めてくれたのはいつぶりだろう。
すっごく、とてつもなくうれしい。ここ数日でたまっていた疲れは一気に吹き飛んでしまった。むしろやる気が湧いてきている気さえする。今なら失敗などありえない。それに、すがすがしい気持ちでいっぱいだ。心なしか空気だっておいしい。
ご近所さんに「一人でお店を切り盛りするなんて、すごいわぇ」と言われることは多かった。しかし、あれは世間話の中での話である。嘘ではないにしても、言葉通りに受け取って喜べるほど私も純粋ではなくなっていた。
お店を構え、一人で経営をしていくことになったときから、建前が必要になった。今までは師匠がやってくれていたこと。私はその陰に隠れて思うままに魔本をいじっていたのに、急にだった。
依頼人やお客が喜ぶ顔、満足して帰っていく姿。それを見てうれしくはなる。喜びもする。でも、それとは違うのだ。魔本ではなく私を見るその視線、それは一歩奥に突き刺さる。
こんなにもビックリして、こんなにもうれしいのはいつぶりだろうか。つい思いをはせてしまう。そこで感じるのは、師匠が旅立ってからはこんな思いをしたことがない、ということ。
この感覚は久しくて、懐かしくて、そして、新鮮だった。
「さ、サリー殿、やめてくれ! ちょ、ちょっとまっ……」
エレンは驚きで目を見開き、あたふたとしていた。
そんな姿もいい。つい、そう思ってしまう。
「エレンさぁん!」
店内に二人の声が響き渡る。
私はその後もエレンの手を離すことはなく、上下にぶんぶん振り続けた。
何回も、何回も、何回も。エレンの言葉を反芻しながら、何回も。




