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最後の最後

「魔本の安定化、とはどういったものなのだ?」

 エレンは腕を組んで不思議そうな顔をした。


「魔本にはもともと魔力が流れているの。厳密な理由は分かってないんだけどね」

 ちなみに、魔本の等級が上がれば上がるほど流れている魔力が多くなる。魔本の扱いづらさは内包された魔力の量が関係しているといわれているが、諸説ありだ。詳しいことは分かっていない。


「で、魔本の修正や解読を行ったときに、その魔力の流れが滞っちゃうことがあるんだ。そうなると、魔法の発動がしずらくなったりするの」


「ふむ」


「それを防止、正常化するのが安定化だよ」

 エレンは私の説明を聞き、「意外と手順が多いのだな」とつぶやいた。


 そう。魔本はとても複雑で、手入れに手間と時間がかかったりもする。


 一般の人々ではそれらを行うことができない。その為に私たち魔本師がいるわけだ。


「そうそう。また一つ魔本のことが知れたね。うれしい? うれしいでしょ??」

 エレンは私の問いかけに苦笑でこたえた。さらに目で、「仕事はいいのか?」と続けた。


「こほん。では気を取り直して」

 エレンには「ちょっと静かにしててね」とお願いをする。「うむ」という返事を聞いてから、魔本を手に取って目を閉じた。


 集中。気を落ち着かせ、意識を全身に向ける。そうすれば体に流れる魔力を感じ取ることができた。


 それをゆっくり、慎重に操って心臓に持っていく。すると、全身を流れる魔力が心臓に集まり、末端から魔力が消えた。


 体がふわっとした感覚に包まれる。


「よし」

 手のひらに意識を集中すれば、魔本の魔力が感じ取れた。この感覚を塗りつぶさないように気を付けて、心臓から手のひら、そして魔本に魔力を流していく。


 私の魔力を魔本の魔力の流れに合わせ、溶け込ませていった。


 同調。


 深く、深く意識を落していく。


 

 私は、師匠の仕事姿を見ているのが大好きだった。あれこれと横やり――質問をして、師匠に様々なことを教えてもらう。そうやって成長してきた。


 私にとって大事な時間だった。


 そんなやりとりが楽しくて、魔本に没頭した。


 だが、唯一話しかけることができなかったタイミングがある。


 魔本の安定化を行っている時だ。師匠は目を閉じて集中し、魔本と語らっているように見えた。


 魔本との対話。二人だけのやり取り。


 あの時間はとても大切で、神聖で、尊いもの。


 邪魔をしてはいけない。初めて目にしたときからそう思った。私は言われなくても黙っていた。


 魔本師にとって最も大切な時間。


 魔本にとって最も大切な時間。


 相対する魔本師と魔本だけの時間。


 両者の晴れ舞台がそこにあった。


 

「よし」

 閉じていた目を開く。


 視界は青かった。


 疲労感がどっと降りてくる。


 安定化の魔力消費量は少ない。中級魔本の使用時よりも少ないはずだ。しかし、魔力操作に集中力が必要で、魔本修正の山場なのである。


 私はふらつかないように気を付けてエレンの方を向いた。


「完成、だよ!」

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