29
チャプチャプと液体が揺れている。
私は何かにもたれて寝かされていたようで胸ぐらいまで液体があり漬かっているようだ。
ゆっくりと目を開ける。
どうやら私を入れた容器は移動しているようで視界は上下に揺れている。
桶のようなモノだろうか。
周りには私が作った氷像が液体に浮いている。
液体がひんやりとして気持ちが良いのは氷像のおかげだろう。
すくってよく見てみると液体は水ではなくMPポーションのようだ。
手で後ろを探ると柔らかな感触がありもたれているモノは布のようだった。
状況がわからずに身体を起こしキョロキョロと周りを見ていると覗き込んできたファエリがこちらに気づいたようで飛んできた。
「ユキ様ー!」
「わっ」
勢いよく抱きつかれてまた倒れてしまう。
ファエリは目に涙を浮かべておりポロポロと泣き出してしまう。
私はそっと頭を撫でてあげる。
そうしていると桶が人の手に持たれるのがみえた。
「お姉ちゃん、良かったー。目が覚めたんだね」
見上げると桶を手で持って覗き込んでいるのはルナだった。
目尻に涙が滲んでいる所を見ると心配をかけてしまったみたい。
「無茶はやめてくださいね」
後ろの方から声がしたので寝転ぶようにして見るとわかりにくいけどホッとしたような表情のシュティがいた。
「心配かけちゃってごめん」
「ホントだよ。お姉ちゃんってばいきなり倒れちゃうからびっくりしたよ」
「妖精さんが無事に目を覚まして安心しました」
ファエリは私の胸に顔を埋めてグリグリと頭を押しつけてきていた。
倒れる前一緒にグルグル回ってたから責任を感じてた部分があったのかもしれない。
しばらくは頭撫でてあげようかな。
「私は何で倒れちゃったのかな?」
「一気に消費した魔力が多すぎたんだよ。その証拠にステータス見て」
ルナに言われてステータスを表示して確認する。
状態:急性魔力欠乏
・急性魔力欠乏
魔力を一度に消費した量が多すぎ不足している状態。
急激な魔力量の変化により意識を失い、目が覚めても長い間魔力の回復量がかなり低下する。
ポーションなどの回復効果を受けることができず、この状態の間は魔法等を使うこともできない。
現在MPは43/500だった。
確かあの時消費したのは480ぐらいだった気がする。
どうしてあんなに消費したのかはわからないけど9割以上のMPを1度に消費していたことになる。
どれだけ経ったかわからないけど回復量はかなり減ってるようだ。
「何であんな量の魔力を使ったの?」
ルナが確認するように聞いてくるがちょっと機嫌が悪そう。
怒ってるのは何となく理解出来た。
「消費MP指定してなかった気がする」
うん、確かしてなかったと思うんだよね。
でも"多分"だ。
はっきりとは覚えてないんだよ。
消費MPは魔法毎に違うけど基本指定してない場合はそんな大した量消費しないはずだ。
実際私が使ってる魔法は指定して消費を増やして使っているから効果が高い。
でも今回は指定してなかった…はず……。
なのでルナから視線を逸らす。
「ルナ、妖精さんだってミスすることはあるでしょうしそれくらいにしておきましょう?」
「むー」
シュティが宥めてくれたが納得出来ないのかルナは唸っている。
「はぁ、そうだね。私達が一緒の時以外で新しい魔法は使わないでよ?」
仕方ないというような表情をしてそう言うルナにコクコクと頷いておく。
心配してくれているのはわかってる。
一緒にいない時に倒れたら死んじゃうだろうしね。
そういえばチュートリアルでMPを消費しすぎると意識を失うって言われてたのを思い出した。
熟練度上げをしている時は自動回復や回復アイテムを使っていたため100ぐらいのMPは常に残っていた。
それに一度に消費するMPの量は100で固定していた。
うーん、9割以上の消費が危険なのかな?
また同じ状態になっても困るから試せない。
試すにもそもそもMPが回復してないから無理だけどね。
通常であればこんな大量にMPを消費する魔法はないだろう。
二人の話を聞くと魔力欠乏になるとしたら長期戦が続いて休憩や回復することができない時になる可能性があるぐらいだったんだとか。
それが一回の魔法でなっちゃうとか流石に異常だね-。
もしかしたら急性って書いてあるから消費し続けて少ない状態が続くと慢性になるとか?
んー、今は詳しくは試すわけにもいかないしわかんない事ばかりだし保留かな。
「それで今はどこに向かってるの?」
「プリンセスハニービーの所です。妖精さんの意識がない間にワジオジェ様のところに行ってお土産の樹液を頂いてきたので」
「エリア間ボスは植物エリアの方から入ってもウッドゥンビートルゴーレムだったからお姉ちゃんが戦えなくて苦戦を覚悟したけどファエリも戦ってくれたから何とかなったかな」
「前回の戦闘で攻略法が予想できたおかげでもありますね。問題があるとすれば私の方は予定よりも早く武器がダメになってしまいましたが」
二人の話を聞いてある程度状況は把握出来たと思う。
シュティはウッドゥンビートルゴーレム戦で武器の耐久値が無くなってしまったようでイビルトレント戦で使っていた肉厚の剣が折れていた。
安物だから大丈夫とは言うけど付与魔法のエンチャントによる消耗を押さえれないと出費がかさみそう。
とりあえず荷物の状態は避けようと思って氷像を動かそうとする。
しかし魔法が使えない影響なのか念力も使えなかった。
それどころか飛ぼうとしても気分が悪くなるだけで飛べそうになかった。
「ユキ様ダメですよ!魔力欠乏の時は安静にしてないと治らないんですー」
私がやろうとしたことを察したのかさっきより抱きしめる力が強くなる。
ファエリの言葉に若干ルナの目つきが細められた気がする。
「大人しくしてます。申し訳ないけど運んでください」
うん、こういうときは逆らわずに温和しくしてないとね。
桶は背負えるように改造してあったみたいでシュティが背負っていたみたい。
ルナは後ろを警戒しながら進んでいたようだ。
くっついていたファエリも進み始めると周りを飛んで警戒してくれている。
敵を避けるルートをファエリが選んでくれているから敵と会う事なく大きな木がある花畑に到着する。
プリンセスハニービーは木の近くにいるようだ。
マップを見ると巣の近くだけじゃなく私達の周りに黄色い点がそこら中にあった。
前回と違って囲まれているようだ。
逃げるにも包囲を突破する必要があるので無事に済むかわからない。
「やっほー」
そんな中ファエリが近づいていき声をかけた。
それを聞いたプリンセスハニービーはこちらに近づいてくる。
そして。
「ゴキゲンヨウ」
プリンセスハニービーが発した声だろう。
「「「喋った!?」」」
「シツレイ デスヨ?」
「「「すみませんでした」」」
流石に喋れるのは予想してなかったから驚いてしまった。
片言ではあるが理解出来る言葉だった。
私達の失言にプリンセスハニービーの目がスッと細められた。
予想してなかったけど相手からすれば気分を害する発言だったと思い謝罪する。
「ユルシマス ソレデ ナンノ ヨウ デショウカ?」
「主様からのお土産と私の契約者と仲間がお近づきになりたくてプレゼント持ってきたのー」
「ナルホド キャクジン サガリナサイ」
ファエリの説明に納得したのかプリンセスハニービーがそう言うと包囲していたスピアハニービー達が一斉に移動していく。
マップをみると殆どが巣に戻っていったか森に散ったみたいだ。
一応護衛として残ってるのはいるみたい。
ルナが私を抱き上げて肩に乗せてくれる。
氷像を抱えれば持てるサイズで作ってあって良かった。
抱えながらルナの肩に座るけど申し訳ないがちょっと不安定だから片手で襟を掴む。
あれ、注意深く見てみると護衛に残った個体はスピアハニービーと見た目が違うような気がする…。
ぁ、そうだ鑑定!
スピアハニービー・エリート
とりあえず名前だけ確認してみたけどエリートって事は上位種だっけ?
やっぱり普通のより強いんだろうなぁ。
何も考えずに使ったけど魔法じゃないからか普通に使えた。
使えなくて気持ち悪くなってたらまたルナ達に言われそうだからよかった。
「キニ ナリマスカ カワイイ ヨウセイサン?」
「ぁ、不躾にすみません。雪妖精のユキと言います、よろしくお願いします」
「ルナです。よろしく~」
「シュティナと申します。よろしくお願いします」
「シュティと契約してるファエリだよ」
「ジョオウノ ジジョ プリンセスハニービー コタイメイ ナシ」
お互い自己紹介が終わると沈黙した。
耐えきれなくなったのかルナが買ってきたモノを取り出す。
「あのコレ、人間の作った食べ物ですが良ければどうぞ」
「こちらはワジオジェ様からお土産です」
ルナに続いてシュティもお土産として預かってきたモノを渡す。
控えていたスピアハニービー・エリート2匹が受け取ってプリンセスハニービーへ持って行く。
樹液は容器に入っているのをそのままスピアハニービー・エリートに巣へと運ばせた。
「コレハ ナニ デショウカ?」
「ケーキと言って甘い食べ物になります」
「ホゥ タベテ イイ デスカ?」
箱に入っていたホールケーキを取り出し興味津々の様子だ。
箱自体は簡単な作りだったので迷うことなく開けれたみたいだ。
「人間が持ってきたモノだけど信用しても良いの?」
乗っていた果物を指で摘まんで口を開き食べようとしていたところにルナが質問をする。
それを聞いて目をぱちぱちと瞬きする。
「オジイサマ シンヨウ アンシン」
そう言って果物を口に入れた。
「御爺様ってワジオジェ様のこと?ぁ、食べるのにはコレを使ってください」
予想して聞いてみつつフォークを渡す。
プリンセスハニービーは質問に首を縦に振り肯定しつつ受け取ったフォークを見ている。
そしてフォークを使ってケーキを一口取り食べた。
「!! オイシイ」
顔を緩ませ幸せそうに食べていく。
私達はそれを見て一安心だ。
正直食べて貰えるかも不安だったからね。
ワジオジェ様の所にも置いてきたとルナに聞いたけど多分向こうは妖精達が食べる。
私やファエリが食べてるから食べれないって事はないしね。
プリンセスハニービーに関しては果物を食べると言う事しかわかってなかったから食べて貰えれば良いなと考えていたのだ。
立ち食いになってるけど口調がお嬢様っぽい所があるように食べ方も上品に見える。
ちなみにお臍ぐらいの高さに中脚だと思うけど腕があってケーキの乗った皿を持って前脚の右手でフォークを使い左手で口に手を当てて食べている。
頭は髪のように毛が生えており二本の触覚があるのだが、ケーキをモグモグしてる時にぴょこぴょこ動いているのが可愛い。
身体は黒い甲殻と黄と黒の毛で覆われてるから裸じゃないしセーフだと思う。
胸はちょっと盛ってあるゲームのルナよりありそうだなー。
そんな事を考えながら下の方を見ると何かを察知したのかルナに睨まれた。
『お姉ちゃん今何考えて下を見たのかな?』
『ナンデモナイデス』
すぐ近くにあるルナの顔に私はそっと顔を背けた。
シュティはしゃがんで何かをしてたと思ったらお茶を入れていたようだ。
「もし良ければ人が飲むものですが如何でしょうか?」
「イタダキマス」
シュティが差し出したコップを受け取ると迷わずに口に含んだ。
もうちょっと警戒されてても良いと思ったんだけど以外とワジオジェ様の信用って森では大きいのかも。
「ケーキ コノ ノミモノ アイマスネ」
色的に紅茶かな。
思ったよりティーカップ持ってるの絵になるなぁ。
ぁ、シュティの狙いは写真撮る事だろうし後で良さそうなの貰おう。
「ア シツレイ シマシタ」
夢中になって食べてたプリンセスハニービーだけど紅茶を飲んで状況を思い出したのか半分ほどになったケーキを箱にしまい始めた。
紅茶も飲み干してコップをシュティに返す。
「オレイ ホシイモノ ナニカ アリマスカ ?」
そう言われて私達は顔を見合わせる。
ずっと欲しいと思っていたから自然と笑みがこぼれてしまうね。
「「「蜂蜜下さい!!」」」
「フフッ ワカリマシタ トクベツ ロイヤルゼリー ツケ マショウ」
プリンセスハニービーは上品に笑いながらそう言うと背後に立っていたスピアハニービー・エリートに指示を出す。
スピアハニービー・エリートは巣の方へ飛んでいきしばらくすると4匹のスピアハニービーを連れて何かを運んできた。
4匹は大きな木でできた受け皿みたいなモノに巣の一部の様なモノを乗せて運んできたみたいだった。
エリートは小さな木皿にテニスボールぐらいの球体が3つ乗せて運んでいる。
巣の一部に見えるモノは蜂蜜が詰まっているから、球体がロイヤルゼリーなのだろう。
ロイヤルゼリーは個々で受け取り蜂蜜は一時的に私が受け取ることになった。
アイテムボックスにしまっているとプリンセスハニービーはその様子を興味深そうに見ていた。
「「「ありがとうございます」」」
「アナタタチ ホカニ ヨウ アリマス?」
「うーん、後は女王様に会いに行く予定だね」
「オカアサマ デスカ アンナイ ツケマショウ」
そう言ってまた指示を出している。
案内をつけてくれると言う事は道に迷ったりしなくてすみそうだから助かるね。
「そういえば長女さんにも挨拶した方が良いのかな?」
「イエ オネエサマ ヒキコモリ ダカラ アエナイ カト」
「そうなんだ…」
「デハ ワタシハ コレデ シツレイ シマス」
そう言ってプリンセスハニービーはケーキの入った箱を大事そうに持っていそいそと巣の方へ飛んでいった。
うん、アレは早くケーキが食べたかったんじゃないかな。
意外な一面を見れた気がする。
護衛のスピアハニービー・エリートに続いて3匹のスピアハニービーも一緒に戻っていった。
今目の前には1匹のスピアハニービーだけが残っている。
見ているとこちらにぺこりと頭を下げて移動していく。
どうやら案内をしてくれるみたいだ。
私はシュティの背負っている桶の中に戻される。
MPポーションをルナが入れてくれてるけど回復してないんだよね。
ファエリは案内してくれるスピアハニービーがいるからかルナの頭の上で座り周りをキョロキョロと見ている。
一応警戒してくれているんだろう。
『そういえば妖精さん』
『ん、どうしたの?』
『ワジオジェ様や妖精達が心配していたので今度会いに行ってあげてください』
『あ、うん。ごめんね』
『大丈夫ですよ』
シュティが思い出したように教えてくれた。
理由はわからないけど妖精達は私に対してルナとシュティよりも友好的に接してくれたもんね。
今度お詫びの品を持って遊びに行こう。
『ぁー。スキル設定どうしようかな』
『私は多数相手を想定して組んでます』
『二人とも何の話?』
ルナが考え事をしながら呟いた事にシュティが反応する。
私には何のことかわからなかったのか聞いてみた。
『私達今からボスと戦うじゃん?』『レイドボス級でしょうか』
『待って二人とも何で戦う気満々なの!?』
『お姉ちゃん、ここは戦場なんだよ…』『宿命ですね』
そんな事を言いながら二人はまた構成とか相手の予想を話し合ってる。
正直今の私は戦力外だしいつ回復するかわからないデバフに頭を抱える。
私が悩んでいるとファエリが飛んでくる。
『ユキ様。多分大丈夫だよ~』
『え?』
『女王様は試す為に戦うような感じだから』
試すため?
という事はPvPの死なない設定みたいな感じなのかな?
死なない設定というのはどれだけ大きいダメージでも絶対にHPが1残る。
HPが1になるもしくは1を切るような攻撃を受けた時点で敗北になり特殊フィールドから戻される。
死なないからデスペナルティーのステータスダウンが発生しないルールだ。
このルールで元のフィールドに戻ると一定時間無敵になるのだとか。
回復する時間を確保するためだろうという話だ。
『なるほど、と言うことは結構無茶ができる戦闘になりそうですね』
『でも手加減はして貰えると思うし良い特訓になるかも』
『もしくは厳しい地獄の特訓ですね』
2人はまたあれやこれやと意見を出し合っている。
前を見ていないからわからないけどマップを見ている感じスピアハニービーは時折止まって追いつくのを待ってくれているみたいだ。
氷像の浮いたMPポーションに漬かって揺られていると少しウトウトとしてきた。
まだ怠くて辛いしちょっとぐらい寝ちゃっても良いよね。
と言うわけでおやすみなさい。
ぐぅ。




