第14話「妹は全裸待機(きぼんぬ)」
「お兄ちゃん!」
坑道を出るとすぐにチコリーが飛びついてきた。
「お兄ちゃん! 私もう我慢できないのぉ!」
「どわっ? 脱ぐな! この非常時に!」
裸になろうとするチコリーの額をアイアンクローで激しく掴む。
「じゃあ普通の日にするね」
あまり効いていない様子でチコリーが可愛く答えた。
「しねえよ! それより早くここを離れねえと!」
「ヴァニッシュ! 無事か?」
続いてエスカローラが飛び出してくる。
「おう! すまん、これしか持ち出せなかった」
巨大なライフルを見せる。
「なんだってー?! これだけ?! ヨーコは?! セージは?! マサヒコは?!」
エスカローラが敢然とヴァニッシュに掴みかかる。
「ここはありがとうって言う場面だろ?!」
「ううう……ヴァニッシュのバカぁ……」
襟首掴みながらエスカローラが泣き始める。
「ちったぁ感謝しろよ……。それよりもエスカが活躍する時が来たぜ?」
「ふえ?」
「おそらく敵は超弩級Aランクカガク兵器の戦車……」
ズドゥ!
もの凄い轟音と震動が襲いかかってきた。
「うおっ? 崖から離れろ! 森の中に!」
立てないほどの揺れの中、這いつくばって森に転がり込む。
「ねえ! 今! 戦車って言った? 言ったよね?」
「おお! 出てきたら蜂の巣にしてやれ!」
そういってヴァニッシュはエスカローラに対戦車ライフルを手渡した。
そう。エスカローラと初めてあったときに彼女は確かにそう言った。
「ええ? やだよ! 戦車欲しいよ! 無傷で欲しい!」
ヴァニッシュはがっくりと肩を落とす。空気が読めないにもほどがある。
「無茶言うなよ? 悠長な事言ってたら皆殺しにされるぞ!」
「ヴァニッシュ! なんとかしてよ!」
ガクガクとヴァニッシュの肩を揺らす。だがそれは無茶苦茶だろう。
「無理だっつーの!」
揺れと音がさらに増大する。
「ね、ねえ、なんか、いくらなんでも……」
「ああ……こりゃ……ちょっと……」
「何? 何? お兄ちゃん!」
「ヴァニッシュさん……」
坑道はとっくに崩れ、崖も半分落ちた状態だ。
「あれ! 見て!」
チコリーの指差す方向、正面の山が割れていく。
「なあっ?」
あまり大きな山ではないといっても山は山だ。木々をなぎ倒して左右に割れる様は天変地異以外のなにものでもない。
そして……。
その中から現れたものは。
巨大ロボットだった。
「うおーーーーーーーーー?」
「うわあ! あれ! あれ!」
「おおおおお落ち着け!」
「おおおおお兄ちゃんこそ!」
「あれあれあれはっ!」
「なななな?」
「あれは……第九世代人型戦闘兵器ガンジェリヲン!」
エスカローラが指を指して断言した。
「どっかで聞いたことがあるような……」
「聖典に出てくる炎の七日間を起こした最後の兵隊……僕が教会で見た禁書の絵とそっくりだ」
「えっ?」
聞き捨てならないエスカローラの言葉にチコリーが思わず反応する。
「あっ! いや! その!」
「そんなこたあどうでもいい! とっ……とりあえず……どうしよう?」
珍しくヴァニッシュの歯切れが悪い。
「お兄ちゃん!」
「ええと……て、撤退! 一時退却! 町まで転進するぞ!」
ロボ逆方向を指差して叫んだ。
「あれ、放っておいていいの?」
「試しにライフルでも撃ち込んでみるか? 速攻で反撃されるかもしれんが」
エスカローラが慌てて首を横に激しく振った。
「クソッ! せめてこいつが発動できりゃ……」
呟きながら大剣を握りしめる。
「なんだって?」
「何でもねえ! とにかく急いで町まで逃げるぞ!」
いくら離れてもまだ見えるその巨大さにぞっとしながらひたすら坂を下っていった。
「それでどうするのさ?」
町の出入口である橋の前に来たときにエスカローラが聞いてきた。
さすがにここからはガンジェリヲンは見えない。
「まずは王国軍に報せよう。小規模だが駐屯してるはずだ」
「たしか30人くらいだよ?」
「完全武装の職業軍人がそんなにいるんだ。心強いじゃねーか。エスカがいれば話も通しやすいだろ」
「え? なんでこのデカ乳女が?」
チコリーが猜疑心を込めた瞳をエスカローラに向ける。
「デカッ?! その……えっと……」
狼狽するエスカローラをヴァニッシュが庇う。
「エスカはAマイナスクランのマスターなんだよ」
「ええええ? 嘘! 信じらんな~い!」
「別に信じなくてもいいさ。いくぞエスカ」
「あ! うん!」
「ああん! 待ってよお兄ちゃん!」
チコリーを無視して走り出す。
エルベラの町は川の南側に広がっている町で橋の反対側、南が玄関口だ。その南門の内側に石造りの建物がある。場違いに立派なそこが軍の駐屯地だった。もっとも仕事といえば町のお巡りさんと変わりがない。この辺りは険しい山脈が帝国との国境を遮っているので貧しいが平和そのものなのだ。
塀の先にある鉄柵に人だかりが出来ていた。
「ええい! 地震くらいで慌てるんじゃない! 自然現象まで面倒みれん!」
「そんなー。うちの花壇が崩れちまって……」
「自分で直せ!」
「うちの猫ちゃんが逃げてしまったざます! 謝罪と賠償を要求するざます!」
「しらんわっ! あんまりふざけたことを抜かしていると逮捕するぞ!」
混乱した町民が駐屯地に殺到し混沌を極めていた。地震に怯える者、けが人、説明を求める者、よくわからない理由で奇声を上げる者、多々の人々が次々と集まってくる。
ヴァニッシュがエキサイトしている人垣を無理に割って進む。
「ちょいとごめんよ」
「何だ貴様は!」
うんざりした顔の王国兵がヴァニッシュに怒鳴る。
「その地震について情報があんだよ。中に入れてくれねえか?」
「なんだと? 自然現象に情報も鳳凰もあるか! これ以上バカにするようであれば……!」
ただでさえ我慢の限界だったというのに、流れの傭兵くずれの戯言にとうとう感情が爆発した。
「違う!」
ずいとエスカローラが一歩踏み出す。
「私はAマイナスクラン《クレセントムーン》のマスター! エスカローラだ!」
エスカローラが王国兵の前にずいと身を出す。
「おお! 格好いいじゃねえか」
「えへ? そ、そうかな?」
凜々しさも一瞬、エスカローラの表情がくにゃりと崩れた。
「おいおい……」
「おっ、おほん! とにかく緊急の用件につき至急お取り次ぎゃっ?」
「エスカ?」
「……ひひゃひゃんら……」
「舌をかんだ……とおっしゃってます」
アイリスが翻訳する。どうしてこの娘は聞き取れるのか……。
「だあ! 慣れない口調を使うからだ! とにかく! 兵士さんよ! ヤバいんだよ! 時間が無いんだ!」
ヴァニッシュの真剣な表情に、兵士がエスカローラに視線を移す。
「首の後ろを見せろ!」
エスカローラが髪をかき上げる。ヴァニッシュが一瞬ドキリとしたのをチコリーは見逃さずに思いっきり足を踏んだ。
「っ!」
なんとか声を上げるのを我慢する。
「確かにクランマーキング……。わかったクラン員だけ入れ。隊長に取り次ごう」
「え?」
「どうした?」
「クラン……僕1人なんだ……」
「ああ? Aクラスのクランが1人? 胡散臭い事この上ないな……まあいい。とにかくお前だけ入れ!」
「え……あの! この人! クランに入る予定なんです! だから一緒に!」
エスカローラがヴァニッシュの腕を取る。
(おいおい……)
(1人じゃ不安だよ! 一緒に来てよ!)
(まったく!)
兵士はため息交じりに許可する。
「……しかたない、2人入れ」
「私もーーーー!」
即座にチコリーがヴァニッシュにへばりつくが簡単に引っぺがされた。
「チコリーはアイリスと待ってろ」
「えええーーーー? ずるーーーーい! そんなこと言って体育倉庫でちちくりあううつもりだーー!」
「意味わかんねぇよ! とにかく頼むからこれ以上ややこしくしないでくれ! アレが動き出す前に説明して対策練らにゃ!」
「ううーーーー!」
「……何をごちゃごちゃ喋っている! とっとと入れ!」
「すまんすまん」
2人が兵士の後についていく。チコリーがその背中に舌を出していた。
そんな騒ぎを無視してアイリスはじっと山の方を見つめていた。




