第13話「テンプレートと羊たち」
チコリーが炭坑に現れた直前のタイミングだ。
チコリーが村人たちの注目を集めていた時のことだった。ヴァニッシュはアイリスを抱えたまま崖の上から飛び降りて坑道に飛び込んでいた。
クパリとチコリーがやりとりを始めたときの「ドン」という音。もちろん伏線です。気付きました?
「ナレーション! うるさいっつーの!」
ごっ! ごめんなさい!
「ったく……とりあえず、見つからずに進入出来たようだな」
「す……凄いです……ヴァニッシュさん!」
熱いまなざしでアイリスがヴァニッシュを見つめる。
「アイリスが軽くて助かった」
「そんな……」
軽いというところに身体をくねらせて恥ずかしがった。
「さて、こっからは自分で歩いてくれ」
ヴァニッシュがアイリスを地面に下ろす。
「はい。……あの、何で私を連れてきてくれたんですか? 足手まといになってしまいます……」
「向こうのチームは事実上チコリーだけが戦力だ。エスカも弓だけじゃ自分の身を守るのに精一杯だろ。何かトラブルが起きたらアイリスを守りきれない」
「やっぱり私……」
「もう一つ!」
ヴァニッシュがアイリスの言葉を遮る。
「敵の主力は間違いなくこっちだ。おそらく無傷じゃすまねえ。期待してるぜ? 巫女さんよ」
ヴァニッシュがニヤリと笑うと、アイリスの表情が輝いた。
「……はい!」
ようやく笑顔に戻ったアイリスを見て、ヴァニッシュも口元をゆがめた。
「んじゃ行くぜ?」
「はい」
二人は松明の明かりに導かれるように足を進める。
不意打ちに備えてゆっくりと進んだ。そして途中の分岐点で足を止める。
「……」
ヴァニッシュがしゃがみ込む。
「どうしました?」
「……こっちだ」
壁に掛けてあった松明を一本引き抜き、明かりのない真っ暗な通路に足を踏み入れる。
「あの……明かりは向こうの道に続いてますよね?」
アイリスが前にも通った坑道を指差す。
「新しい足跡が両方に伸びてる。そっちの道はラットマンが溜まってた場所……おそらくこっちが本命だ。松明を外して偽装してるからな。間違いないだろ」
ヴァニッシュが松明を床にかざすと、複数の足跡が暗い坑道へと続いていた。
「凄いです……ヴァニッシュさん」
「場数踏んでるだけだ。自然と身につくもんだぜ?」
ヴァニッシュは恥ずかしさに視線を逸らした。
「それでもやっぱり凄いです!」
「おだてるなよ」
照れ隠しに頭をバリバリと掻く。
「よし、行くぞ」
気を引き締めて二人は暗い通路を進んでいく。その坑道は想像以上に距離があった。
「……」
ヴァニッシュが急に松明の火を消した。
「ヴァニッシュさ……」
声を出そうとするアイリスの唇に素早く指を当てる。
(シッ! 奥から気配がする)
(はっ、はい!)
アイリスに待つように指示してヴァニッシュだけが這うように前に進む。曲がりくねった坑道の先に微かに明かりが見え始めた。
(ビンゴ……だな)
さらに慎重に奥に進む。次第に騒がしい音が聞こえてくる。
「急いでください! 時間がありません! そっちはどうなっていますか?」
ヴァニッシュの耳に聞き覚えのある声が届いた。
「へい! 言われたところまでは掘りやしたが……何なんです? こいつぁ?」
「余計な詮索は不要です。それが終わったら例のライフルと銃器類、それに大剣を積み込みますよっ!」
一刻の猶予もない。そう判断したヴァニッシュは迷わずに飛び出した。
「そこまでだぜ。ローガンさんよ?」
そこはラットマンたちがいた空間に似て妙に広い場所だった。
「ヴァニッシュ?! もう来たのですか?! ……あの役立たずどもが!」
ローガンが叫ぶ。
「随分忙しそうじゃねえか。手伝ってやるぜ?」
「くっ! この男を殺しなさい! 最優先です!」
ローガンが周りの男たちに指示を飛ばした。
「はあ? うちらただの日雇い坑夫ですぜ? なんでそんな……」
屈強ではあるし喧嘩っ早い連中が多いのはたしかだろう。だがあくまで彼らはただの抗夫だった。
「金なら倍……いや3倍! ええいっ! 殺した奴は金貨100枚出します!」
どよっ!
ローガンの言葉に坑夫たちの目の色が変わる。当たり前だ。普通の坑夫なら一年働いたって金貨1枚も稼げないのだ。それが金貨100枚となれば大家族でも一生遊んで暮らせる。
「金貨……100枚……お! オラやりますぜ!」
「う……おっ俺も!」
「って! てめえ! 独り占めする気か? おれだって!」
「ワイもやるけんっ!」
次々と仕事道具を構える。ローガンも懐から銃を抜いた。ヴァニッシュには見覚えのある銃だった。
「くっ……やはりあのとき殺しておくべきでしたっ!」
「手が震えてるぜ? ローガン」
「うっ! うるさいっ! 死ね!」
爆音と同時に銃のキックバックでローガンが後ろへひっくり返った。
「おっとっと……バーカ。訓練もしないでこの距離で当たるわけねえだろ」
ヴァニッシュが思っていたよりも近くに弾が着弾して少しだけ焦ったが、素人の弾など狙い通りに飛ぶわけがない。
「おのれ……殺れ! 殺せば金貨100枚ですよ!」
ローガンが上半身だけ起こしながら叫ぶ。それに呼応して抗夫たちが雄叫びを上げた。
「うおおおお!」
「死にさらせー!」
「6人の子供のためじゃーーー!」
30人以上の坑夫が突進してくる。
「くっ……!」
ヴァニッシュは双剣を振るって凶器を弾く。
しかし力自慢の日雇い坑夫たちのパワーに次第に押されていく。さすがに多勢に無勢であった。
「ヴァニッシュさん!」
「アイリス?! バカ! さがってやがれ!」
びくりと身体を硬直させる。
「てめえら! 死にたくなかったら止めろ! 武器を置け!」
「ぶはは! 何言ってやがる! さっきから下がる一方じゃねえか! いいかげん死にやがれ!」
「クソッ!」
猛攻。多勢に無勢。次第に大量の凶器がヴァニッシュの身体を傷つけ始める。
「ヴァニッシュさん!」
避けきれないマトックの一撃がヴァニッシュに振り下ろされた。
そこで覚悟した。
「っ! 剛斬十文字落とし!」
「ぎゃぶっ?」
ヴァニッシュの渾身の一撃がマトック男を一瞬で4分割して肉片が大量の血とともに地面に落下した。
「!」
アイリスが顔を背ける。
抗夫たちの雰囲気も一変した。
「これ以上手加減できねぇ! こうなりたくなけりゃ武器を置け!」
血の滴る双剣を抗夫たちに向けた。
「ば! 化け物ですか? あなたたち! 今やめたら皆殺しにされますよ! 殺るしかありません!」
抗夫たちが覿面に狼狽えたのを感じたローガンが叫ぶ。
「う……うわあああ!」
必死の形相で抗夫の数名が飛び出していった。
「……夢幻惨」
超高速の斬撃が一瞬で人間を細切れのミンチにしてしまう。
ヴァニッシュの目つきが変わっていた。冷たく、沈むような、深い色を湛えていた。その無言の圧力に人波が一斉に引く。
「う! うあああああああ!」
ローガンが慌てて奥に駆け出してさらに奥の穴の中へ飛び込んだ。
「逃がすかよ!」
ヴァニッシュもその穴に飛び込む。が、そこは金属で塞がれていた。
「? 剛斬V文字落とし!」
ガギィィィイイイン!
けたたましい音とともに双剣が2本とも砕け散った。
「なっ……? クソッ! こりゃ……なんだ?」
ヴァニッシュは昔の記憶を思い出した。一度戦場で見た超弩級Aランクカガク兵器。120㎜滑空砲を装備した戦車ってやつだ。どういう訳かその戦車と一対一でやり合う羽目になった時の事は忘れられない。そりゃもう、泣きたくなるような破壊力。城壁を一撃で崩すなんて反則以外の何者でもない。その時は向こうのミスで逃げることが出来たが、できれば忘れたい出来事の一つだ。剣がまったく通じない分厚い鉄の装甲はあの胸くその悪い戦車を思い出す。
「乗り物……なのか?」
ゴゴゴゴゴ……。
重低音な響きが坑道を遅う。微震動に小石がパラつく。
「……地震か?」
震動に人一倍敏感な坑夫たちが口々に怒鳴る。
「地震だ! 逃げろ!」
「外に出ろ!」
「急げ!」
我先にと坑夫たちが坑道に殺到する。
「アイリス! 俺たちも逃げるぞ! 先に行け!」
「はっはい!」
ヴァニッシュは慌てて自分の大剣とエスカローラのライフルを担ぐと、残りの細かい武器は諦めて走り出した。
「クソ! 揺れが増してやがる……急ぐぞ!」
松明を持って先を走るアイリスに追いついた。
(やばいな……もし本当に戦車でも出てきた日にゃ……ん?)
戦車という言葉に、なにか引っかかりを憶える。そして答えに行き着きニヤリと笑った。
「ヴァニッシュさん! 急いで!」
アイリスが叫ぶ。
「おっと! ペシャンコになっちまったら元も子もないぜ!」
ヴァニッシュは落ちていたスピードを戻して走った。




