第11話「逃避行はお一人で。時々晴れ」
「せっかくここまで見つからないで来たのにぃ~! お兄ちゃんのバカー!」
「全部お前のせいだろうが!」
ズボンだけはいたヴァニッシュが双剣の峰打ちで村人をまた一人気絶させた。
「クソッ! 進めやしねえ!」
アイリスの手前村民たちを殺すわけにもいかずに地下牢の出口になっていた建物に釘付けにされている。
「もう! エアバース……もがっ?」
「どアホ! またさっきみたいになりたいのか! 外に出るまで待て!」
ウィッチクラフトを発動させようとしたチコリーの口を慌ててヴァニッシュがふさいだ。
「あううう……」
1人で3人を守りつつ「敵」を殺す事も出来ない。しかも狭い建物の中で身動きもままならない。鎧を装着する時間がなかったので鋤や鍬でも脅威になる。
(どうする? 最悪、殺るしか……)
アイリスを見る。壁際で小刻みに震えていた。
(……そうか!)
「おい! てめえら! 道を空けやがれ! さもないと……」
ヴァニッシュは片腕でアイリスを引き寄せてその首筋に剣を当てた。
(すまんこれしか手が浮かばなかった。しばらく我慢してくれ!)
(……はい!)
チコリーとエスカローラにも素早く目配せ。2人がうなずく。
目の前にアイリスを突きつけられ、村人たちの動きが止まる。
「なんという! 外道め!」
「お嬢さん!」
「ああああ! きさま! 卑怯だぞ!」
「極悪人め……!」
村民たちが口々に怨嗟の声を上げる。
(どの口が言うか……)
「おらおら! 道を空けろ! 可愛いお嬢さまの首がすぽーんと飛ぶぞ?」
「ちくしょう……お嬢さん……!」
「お嬢さま!」
「非道非道非道……」
(なんかすげぇ悪党になった気がするぜ……)
思わず半目で自らに呆れてしまうヴァニッシュであった。
「チコリー、エスカ一気に抜けるぞ」
「うん!」
「はーい」
囲いを抜けるまで慎重に歩を進め、村の玄関口に来たら一気に走り出した。
休まず走り続け山側の森の奥深くまで来たところで一度休むことにした。
「ここまでくれば……」
下生えの中、湿った地面の上に座り込む。
「ヴァニッシュさん……」
アイリスがヴァニッシュの身体から吹き出た汗をタオルで拭う。
「……ありがとう」
「! それ! 私がやる!」
「きゃっ?」
チコリーがアイリスを突き飛ばしタオルを奪った。
「おい、チコリー」
「お兄ちゃん。その女は何なの?」
エスカローラを睨む。
「う? 別に……なあ?」
「う……うん」
「くぅーーーー?!」
「ぎゃおんっ?」
チコリーがヴァニッシュの剥き出しになっている乳首を思いっきりひねり上げた。たまらずヴァニッシュは悲鳴を上げた。
「お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……私のものだーーーー!」
「脱ぐなーーーーーーーー!」
ただでさえ露出度の高い謎ゴスロリ服を脱ぎ捨てるチコリーを押さえつけ、ついでに木の蔦でぐるぐる巻きにする。
「むぐー?」
もちろん猿轡も忘れない。
「ちょっと大人しくしてろ」
「もがもが~~~!」
そんな2人を見て、アイリスが小さく笑った。
「まあ……笑うわな……」
ヴァニッシュが後頭部を掻いた。
「いえ、仲が良いんだなって……ふふ」
「……これを仲が良いというんだか」
なんとか持ち出した鎧を身に着けていく。
「その……私に似た人から逃げていたようだったので、どんなに恐ろしい人から逃げていたのかと思って」
「ああ、そういうことか。……すまねえな。兄妹喧嘩に巻き込んじまって」
「いえ、気にしないでください」
「うわーーーーん! カガク兵器全部盗られたーーーーー!」
草むらで着替えていたエスカローラが空気を読まずに叫んだ。
「こら、大声出すな。見つかるぞ」
「だっ! だって! 田中ケンゾーくんも、花菱ヨーコちゃんも、瑞浦セージくんも、伊集院マサヒコくんも……! それに! それに……!」
「だあ! そのネーミングセンスはどうにかならんのか? 俺だって大事な大剣盗られてるわ!」
「ううう……」
エスカローラは両目から涙をボロボロと流して天を仰いでいた。
「エスカはウィッチクラフトを使えないって言ってたよな」
「適性無いって……うわーん!」
「泣くな! そればっかりはしょうがねえだろ! ったく……子供だぜ」
(むぐー! もぐもがー!)
「その子供に手を出したのは誰だー……って言ってます」
芋虫チコリーの呻きをアイリスが翻訳すした。
「……よくわかるな」
(もががーー! もがもぐがもがめもがもめーーーー!)
「……え? その……」
アイリスの顔がみるみる朱くなる。
「訳さなくていい」
「……はい。ごめんなさい……」
何を言ったかは読者のご想像にお任せしますね☆
(もがーーーーーーー!)
チコリーを無視して装備を整えてから、チコリーの蔦も外して全員で輪になった。
「さて、これからの事なんだが……」
「カガク兵器! 全部取り戻さなきゃ! あれは僕んだぞ!」
「まあ落ち着け」
ヴァニッシュは手でエスカローラを制してからアイリスに顔を向ける。
「アイリス」
「はい」
「お前はこのまま村に戻れ」
「え?」
「別にお前が追われてるわけじゃないんだ。ついでに俺たちが麓の町にでも行ったとか伝えてくれると助かる」
「で、でも!」
「そもそも俺たちについてくる理由なんてないんだ。……助けてくれてありがとうな」
「あ……」
チコリーがヴァニッシュに見えない角度から舌を突き出していた。
「でも! 約束しましたから!」
アイリスがヴァニッシュの正面に立ってその瞳を見上げた。
「約束? ……なんかしたっけ?」
思い出せないヴァニッシュが片眉を歪める。
「私に一生食事を作れって!」
爆弾発言であった。
「……え゛?」<ヴァニッシュ。
「なっ?」<エスカローラ。
「お兄……ちゃん?」<チコリー。
3人が同時に声を出す。
「私の身は髪の毛から内臓まで全てがヴァニッシュさんの所有物です!」
アイリスが力一杯叫んだ。
「の゛お? まて! そんな約束は……!」
「ヴァーーーーニッシュ……ちょっと話があるんだ。ちょっと校舎裏まで行こうか?」
眉間に血管を浮かせたエスカローラがヴァニッシュの肩を掴む。
「お兄ちゃん……どういうことなのかな? かな?」
同じく血管を浮かせたチコリーが逆からヴァニッシュの尻を掴む。微妙に揉んでいた。
「まて! 2人とも落ち着け! 冷静一番電話は二番! そんな迫力満点の笑顔になっても得るものは何も無いぞ!」
「僕ね。節操が無いのは良くないと思うんだ? やっぱり教育が必要だよね?」
ヴァニッシュ曰く迫力満点の笑顔で目一杯顔を寄せるエスカローラに後ずさっていくが、それをチコリーが許さない。
「このホルスタイン乳女だけじゃなく、やっぱり私そっくりのこの女にも……ふ~ん? そうなんだー?」
「あっあの!」
アイリスが声を上げる。
「私! 所有物ですからっ! ただの物ですから! ヴァニッシュさんが誰とお付き合いしても大丈夫です! ……平気ですから……あっ……涙が……」
さらなる爆弾発言を設置して笑い泣きを始めるアイリス。場は混沌を極めていた。
「うをーい? アイリス? ちょっ! おまっ!」
「おーにーいーちゃーんー!?」
「ヴァーーーーニッシュ!?」
「ちょっ! まっ! ごあっ? ぎゃお~~~~~~~~~~~~?」
地獄が地上に顕現した。




