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連続投稿です。
「はい、通行料」
「はっ!確かに10万ロト受け取りました」
何でもないことのように受け渡しされる十枚の金貨。
平均月収200ロト(+パンなど)、見かける貨幣は石貨か大・小銅貨で、銀貨など持っていればビクビクしなければならないようなアルトムで、まさか金貨を目にする日が来ようとは。
しかもそれが自分がアルトムからスペクトラに入るための通行料だというのだから、もうこれ夢なんじゃないかなとシエラは遠い目をした。
通行料を払った当人であるフード男ーー改め、レオニスは御者に何か指示を出すと、シエラの向かいに座ってにっこりと笑う。
「では、行きましょうか。シエラ様」
「………ハイ」
垢と砂埃まみれの身では近づくことも憚られるような馬車の椅子に腰掛け、シエラは頭を抱えた。
◇
シエラを王女と呼んだ男は、被っていたフードを脱いでシエラの前に跪いた。まるで本物の王女にするように。
「……………ええと、」
「ああ、申し遅れました。レオニスと申します」
「シエラです。…ではなくて。私は、おうじょさまでは、ありません。生まれもそだちもアルトムの、孤児です。おうじょでんかと呼ぶのは、やめてください」
きっぱり、はっきり、否定した。
「いいえ、間違いなく貴女は王女殿下です。ですがそうおっしゃられるのであれば、シエラ様と呼ばせていただきます」
どうしよう話が通じない。というか口調が変わりすぎではないだろうか。
ふと、レオニスが何かに気づいたようにはっと息を飲む。
「…申し訳ありませんシエラ様、今『孤児』とおっしゃいましたか?それではエリーゼは…」
「…けさ、なくなりました」
レオニスは目を見開き、愕然とした面持ちで「今朝…」と呟いたきり黙り込んでしまった。
あまりにショックを受けているようだったので、見かねたシエラが「おはかまいりしますか?」と訊くと、静かに頷いた。
土を掘って遺体を埋め、石を置いただけの粗末な墓の前で、レオニスがしゃがみこむ。ポケットから植物の種と思われるものをいくつか取り出すと、それに魔法をかけた。
「……“魔術師の箱庭”」
「…わあ」
すると、種だったものはあっという間に成長して、レオニスが両手でやっと持てるほど大きな花束になった。それをシエラの摘んできた野花の隣に供えると、手を組んで静かに祈る。
数分ほどそうして祈ると、レオニスはシエラの方を向いて頭を下げた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いいえ。レオニスさんは、お母さまのことをしっていたのですか?」
「はい。…本当に、エリーゼは何も話さなかったようですね」
不思議そうな顔をしているシエラを見て、レオニスは苦笑した。
「オレからは詳しいことは話せませんが、ひとつだけ。エリーゼはシエラ様の髪の色について何か言っていませんでしたか?」
「…ぎんのかみはめずらしいから、人さらいにあわないように人に見せてはいけないと」
「なるほど。では、何故銀の髪が珍しいかは?」
シエラは首を振った。
ヒトの持つ色素である茶色系のメラニンではどうやっても青や緑の髪にはならない、という前世の常識を持つシエラとしては、色素どうなってんだと叫びたくなるようなこの世界の髪色に珍しいも何もあったものではない。
言われてみれば銀髪って見たことないな、程度の認識だったのだが、レオニスは笑顔で爆弾を投下してきた。
「それは、銀の髪は王族の直系だけが持つ特徴だからです」
「………え?」
「現在銀の髪を持っていらっしゃるのは、現国王陛下とそのご子息である王子殿下、そしてシエラ様だけです」
「シエラ様、貴女様は国王陛下のご息女なのですよ」
◇
そして現在、揺れる馬車の中。
「あの…」
「はい、どうかなさいましたか?」
「ほんとうにぎんのかみはおうぞくの方にしかあらわれないのですか?血がうすまって、なんだいもあとになってとつぜんあらわれたりとか…」
隔世遺伝というやつだ。シエラにはまだこちらの方が納得がいく。
しかしファンタジーはシエラの常識を容易く覆す。
「それはありえません。王位継承の度に魔法をかけていますから」
「……、まほう?」
「はい。なんでも三代目の国王陛下が大変、あー…女性に人気のある方だったらしく、貴族だけでなく平民からも陛下の子を名乗る者が多数現れて問題になったそうです」
レオニスは子どものシエラに気を遣ってぼかした言い方をしてくれたが、要するに国王の女遊びが激しすぎて真偽はともかく子だくさんになり、継承問題に発展したと。
「二代に渡って争いが続き、一時期は内乱にまで発展しかけたそうで。お怒りになった五代目の国王陛下がひと目で王族の血を引いているかどうかを見分けるため、継承の際に魔法をかけることを義務付けられました。たとえば、シエラ様が王位を継がれなかった場合、シエラ様が御出産されたとしてもその子が銀の髪を持つことはありません」
魔法というのは、遺伝子操作までお手の物らしい。
銀の髪を持ち得るのは歴代国王とその子どものみ。つまり、銀の髪を持つシエラは国王の子どもということだ。
いや確かに血は繋がっているんだろうけど貧民街育ちの娘が王女様って無理があるんじゃないだろうか。
「…そのまほうだと、ほんものの王さまの子どもがたくさんいたばあい、やっぱり問題になりませんか?」
「シエラ様は聡明ですね。確かに過去に数度、側室を多く設けられた際などは問題が起きたようです」
「どうして王さまは、子どもみんながぎんのかみになるようにしたんでしょうか…一人だけにすれば良かったのに」
そうしたら、髪色でシエラが王女だと呼ばれることもなかったのに。
「…子が一人ならばともかく、多くの子がいる中で生まれた瞬間に『一人』が決まってしまうのも、かえって争いの火種となることもあるのですよ。…さあ、着きました。ここが王城です」
すこし暗い顔をしていたシエラだったが、馬車を降りた途端にそんな考えは吹き飛んでしまった。
輝く大理石の床に、煌びやかな調度品。よく見ると壁にも細かな装飾が施されており、首が痛くなりそうな高い天井にはクリスタルのシャンデリアが吊られている。
一目で一つ一つが高価な品だとわかるが、決して悪趣味ではなく上品にまとめられている。
「私かえってもいいでしょうか」
「だめですよ?」
胃が痛くなりそうだ。
もっとちゃんとした日本語が書けるようになりたい…見苦しい文章で申し訳ないです。