第2章『むしのみやこにて』#1
ぼつぼつやっていきます。
ザッザッザッ
数万の人間が立てる足音が荒涼とした草原に圧倒的な迫力でもって響き渡る。
整然と並んだ黒い革鎧に統一された兵士達の顔には何の表情も浮かんでいなかった。
ただ無言で各々の武器と背嚢を背負い黙々と歩き続けている。
そのはるか前方には草原の緑が広がっているが、今はまだ草ひとつない岩地の上だ。
そこを長蛇の列が進む。
馬に乗った伝令兵が前後に走り回り、部隊の将へと指示を伝えている。
最前列を行くのは身長が人の三倍はあろうかという巨人の集団。
その数五千。
歩兵部隊2万3千の行軍よりも、数では及ばないがその迫力は数等こちらが上だ。
蟻獣装甲。
はるか昔に滅んだとされる古代文明の遺産だ。
いわゆる生物兵器であるこの蟻獣装甲は、今では人も入らぬ未開の山奥などで野生化した状態で生息し、一見すると巨大な直立する昆虫である。
名前から想像が付くように、唯一生殖能力をもつ女王蟻獣を頂点とする蟻ににた生態を持っている。
生殖能力のない働き蟻的な蟻獣を捕獲し、女王からの意思を受ける額の触覚を切除し調整が行われた蟻獣は蟻獣装甲と呼ばれ、着装した人間に強大な力をもたらす生きた鎧になる。
蟻の怪力やその巨体による攻撃力、バイオテクノロジーとマギテクノロジーの融合によって生み出されたハイパーキチン質の外骨格は攻城兵器の一撃にすら耐える。
魔法士専用に調整された個体であれば、生身の魔法士が数十人で発動させる極大魔法すらたやすく扱うことができた。
蟻獣装甲には蟻獣装甲でしか対抗できず、生身の歩兵にとってはまさに悪夢のような存在である。
しかし強力な力を秘めたこの蟻獣装甲にも、その入手が非常に困難であるという最大の難点があった。
野生化した蟻獣は食物連鎖のまぎれもなく頂点に君臨する“生物”であるため、それを生きたまま捉えるのはまさに至難の業であった。
そんな理由からドワナ大陸最大の国家であったロマナ王国ですら百体という数をそろえるのがやっとであったのだが…
それを覆したのがイングタル三世率いるレギルアーク帝国であり、その数5千という圧倒的なまでの蟻獣装甲を揃え、その結果破竹の勢いで一気にドワナ大陸の大半を我が物としたのである。
いや、この軍団が向かう先で、残るミルイラーナ王国首都リウアスを陥落せしめれば、イングタル三世のドワナ大陸統一の野望は達成されあいつのゲームは終了するのだ。
俺は眼下を行進していく帝国軍を見下ろし、黒騎士の知識から引き出した情報を改めて確かめていた。
その記憶によれば、蟻獣装甲の集団のちょうど中心にある黄金の移動宮とよばれる巨大な御輿のなかにイングタル三世がいるようだ。
くやしいが5千の蟻獣装甲に守られた移動宮にはまず近付けやしない。
到達するまでに何百回と殺されることになるだろう。
復活するんだから関係ないというわけには行かない。
不死者=無死になったとはいえ、傷を負えば痛み、何より死より復帰した時の恐怖を何回もあじわうのはごめんだった。
亀のごとき進軍の帝国軍に付かず離れずの距離を保ちつつ追跡を続けてもう何日も経つが、黒騎士に殺されてからはまだ一度も殺されてはいない。
すでに3度の大規模な戦闘が行われ、そのいずれも帝国軍が勝利を収めていた。
それも、圧勝というやつだ。
1回目の戦闘は俺が黒騎士に殺されたあの日。
開幕から押し込まれたミルイラーナ王国軍は平地に張った陣を引き払い、山に追い込まれた後、その山ごと消し飛ばされていた。
2回目3回目の戦闘はいずれも辺境都市国家群の攻略戦であり、降伏を受け入れなかったそれらの都市は完膚なきまでに叩きのめされ、後には廃墟しか残らなかった。
都市と呼べるほどの人口に満たない、町や村などはもとより降伏勧告などもなくただ踏み潰されていった。
まるで進路上にあったのが悪いとでも言うかのように…
その有様を帝国軍を追跡している俺はいやおうなく見なくてはならなかった。
何度も残兵狩りに追われる一般人が慰みに殺されるのを見た。
男や老人はいいほうだった。
単に殺されるだけだから。
しかし赤ん坊以外の女はすべて死よりも惨たらしい行為を強制された挙句惨殺された。
何度飛び出して帝国兵を叩きのめしてやろうと思ったことか。
だが、赤ん坊を突き殺し、女に襲い掛かる兵士の表情を見たとき俺は知らずに泣いていたのだった。
兵士達も泣いていた。
信じがたい狂気の沙汰を繰り返す兵士達は、己自身が鬼畜のごとき存在だと自覚しつつも、それでも止められぬ自分自身を呪って泣き叫んでいたのだ。
頭の中で雑兵の少年兵が、そして黒騎士が漏らす。
『これが戦争だ』
そう口を揃えて。
そして俺の中の野獣が“人”に哀れみの目を向ける。
『なんと愚かな種であるのか』
俺は泣きながら帝国軍を追跡し続けた。




