<番外編>これからも毎日は続く。
結婚してすぐくらいの二人の話です。
毎朝目を覚まして愛しい人の寝顔を真横で眺められることが、どれだけ幸せなことなのかを実感しつつ、離れがたいけれど唯花を起こさないようにベットからそっと離れる。
父親から引き継いだ会社の社長業はとにかく業務も多いし、突発的に緊急の要件が入ってきたりするので、急に家に帰れない日が続くことも多い。
そのため「如何に朝の時間を有効活用するのか」が唯花と結婚する時に誓った「君が望む日々を提供する」の日々を実現する上でとても大切なのである。
最も、自分の自己満足なだけであって、深夜にバタバタと帰ってくることの多いこの生活が、唯花が望んでいた日々と本当に言えるのか、はわからないけれど。
朝起きると、まずドラム式の洗濯機に洗濯物を入れて、タイマーの予約をする。朝一番や夜中に洗濯機を回すのは静音とはいえ、音がどのように響くかわからないため、昼間に回すのが良いと言う結論に至ったためである。
ドラム式洗濯機で洗えないものは、朝出勤する時にマンションの一階にいるコンシェルジュに渡せばクリーニングに出して帰りに渡してくれるので、選り分けたものを袋に入れて玄関に置いておく。
そのあとは朝食作りだ。帰る時間が先ほども述べたようにバラバラなため、夕飯を唯花と必ず食べるというのは、就職して早々に諦めざるを得なかったが、その代わり朝食は一緒に食べたいと唯花が希望してくれたので、一緒に食べることになっている。
夕飯も一緒に食べたいと言ってくれたし、唯花と一緒に食べたい気持ちはあるけれど、仕事の関係で遅くなる日や会食の予定が急に入ったりする日もあるため、唯花と何度も話し合った結果、俺が帰ってこなくても気にせずに夕飯を食べて、夜は待たずに眠ってもらうことになった。
もちろん連絡はこまめにするようにしているけれど、それでも連絡する間もないくらい緊急の要件がある日もあるし、自分の連絡に唯花の生活が左右されるのが嫌だったので、そのような形となった。
まぁでも一緒に夕飯が食べられそうな日とかは連絡して待ってもらって一緒に夕飯を食べることもあるけれど。
夕飯は、コンシェルジュに頼んだ時以外は、お休みの日か早く帰れた日は俺が作って、仕事ある日の夕飯は唯花が作ってくれる。学生の時は料理はあまり好きじゃないと言っていたけれど、結婚後は気分転換に料理も楽しいと言ってくれているから、仕事がある日は唯花の夕飯を早く家に帰って食べるために仕事を片付けるのを頑張っている。
夕飯を作ってくれることもあって、朝が苦手な唯花のために、朝食だけは自分が必ず作ることにしてもらった。
そもそも、画家になった唯花にとって決められた出勤時間などないのだから、自分に合わせて朝起きなくてもいいのだけれど、唯一必ず一緒に食べれるご飯だからと起きてくれるのが、すごく嬉しい。
掃除はロボット掃除機が掃除してくれるので、お休みの日にロボット掃除機ができないところを、業者に頼んだり自分で綺麗にしたりするので仕事のある日は基本的にはしないことが多い。
食器も食洗機対応のものにほとんど揃えたので、食器洗いもご飯を食べた後に食洗機に運ぶまでが自分の仕事で、乾いた食器を片付けるのが唯花の仕事と家事も分担して行なっている。
そんな生活を続けていたある日。
「社長、午後からの会議なのですが、取引先の会社の方が延期して欲しいとのことですが、いかがされますか?」
そう言った連絡が朝一番に秘書から届き、今後のスケジュールが大きく変わりそうな悪い予感に頭を悩ませながら、指示を出して一息ついた時に、ふと気がついた。
午後の他の会議は、社内の定例会議が多くて、別に後で報告を聞けば特に問題のなさそうな会議と、特に差し迫って開かないといけないわけじゃない会議で延期できそうなものしかなく。
特に差し迫って片付けないといけない仕事もないし、むしろこの後のスケジュールが大変になるからこそ、今日の午後を休みにしてしまったほうが、良いのではないか、と。
そんな考えは有能な秘書には早々に読まれていたみたいで、「そうおっしゃられると思ってスケジュール調整できるように準備してあります」と言われて、調整されたスケジュールを午前中に絶対に終わるように集中して猛烈に仕事に取り組んだ。
「じゃあ、あとは頼んだよ」
そう言って退社して、運転手付きの車に乗り込む。移動中に仕事をすることもあるので、せっかく手に入れた運転免許はドライブに行く時にしか活躍しない。
「お疲れ様です。ご自宅でよろしかったでしょうか」
そういう運転手に、俺は買い物をして家に帰ることを告げた。
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大学を卒業した同時に、私は画家になったし、湊さんの奥さんとなった。
無名の私の絵がなかなか売れることはないし、そうなると収入もないため、最初は美術教室とかでバイトをしながらアトリエ代を稼いでどこかの作業場を借りて絵を描こうと思っていたのだけれど、気がついたら新居のマンションの隣の部屋が私のアトリエだよって言ってプレゼントされていた。
私が「部屋で絵を描くと臭いとかが気になるしからどこか作業場所を借りようかな」って気軽に言った言葉が湊さんの中で響いた結果が「ワンフロア2部屋のマンションのワンフロアを買って、一つを住居に、その隣をアトリエにすればいい」というものだったらしい。
こんなすごい高級なマンションの壁に絵の具を飛ばしたらどうしようとか、臭いが付着しそうとか思って最初は戦々恐々として絵を描いていたけれど、慣れとは恐ろしく、今では気軽に絵を描いている。
確実に私の生涯年収を遥かに上回っているアトリエであるという事実に目を瞑れば、通勤時間いらないのも最高だし、一応玄関を通るので気持ちの切り替えにもなるし、最高の職場環境である。
まぁでも今でも他の場所にアトリエを借りるなら、運転手さんに送り迎えしてもらうからって言われた現状を考えると、気軽に家と行き来できる現状の方が気が楽なことは確かである。
朝から湊さんが作ってくれた美味しい朝ごはんを一緒に食べて、見送ったあとは、家の細々とした家事をして、徒歩30秒の隣の部屋のアトリエに移動する。
アトリエも軽く掃除をしたあとは、絵を描いたり他の作業をしたりと午前中いっぱい仕事をして、お昼にはまた徒歩30秒で自宅に帰る。
お昼ご飯は部屋で朝食の残りを温めたり、適当に冷蔵庫に入っていたものを食べて、午後からまた作業に戻る日もあれば部屋でゆっくり日もあったりと、自分で決めたスケジュールは守るように頑張りつつ、適度に絵を描いている。
そんなある日、「会議がなくなったので、午後は帰ります。何か買うものはありますか?」という連絡が、湊さんから入った。
どこかへ出かけたい時には、この後に「唯花の予定が大丈夫だったら出かけない?」と続くけれど、そういった連絡がなければ、家で一緒に掃除をしたり、配信されている映画を見たりすることが多い。
特に連絡がなかったので、家の日かなぁと思いながら、「了解。特にないです」と返信する。
最近忙しそうだったので、家でゆっくり過ごしてほしいなぁと思うけれども、家でゆっくり過ごしてねと伝えても、作り置きの料理を作ったり掃除したり家で片付けられる仕事をしていたりと忙しそうなので、身体を壊さないか心配である。本人にそう伝えても、家でゆっくり過ごしたと言い張るので、どうしようもないのだけれど。
「ただいま」
お昼過ぎに、ニコニコ笑顔で家に帰ってきた湊さんに、「おかえりなさい」と告げる。
お昼ご飯を買って帰るね、と聞いていたので、今日のお昼は湊さんがテイクアウトしてくれたサンドイッチだ。
「あと、ついでにこれも買ってきちゃった。唯花のスケジュールが大丈夫なら、ご飯食べた後に一緒に遊ぼう」
そう言ってサンドイッチの袋の反対の手に掲げたそれは、伝説の緑色の青年シリーズの最新作。
連れ去られた姫を助けるために、敵を倒したり、アイテムを探したり、謎を解いたり、ボスを倒したりしながら、世界の謎を解いていく王道ゲームではあるのだけれど、アクションゲームということもあり、謎を解くのも、アクションゲームも得意でない私は買うのを控えていたのだ。
「ある程度攻略が分かってから買うって言ってたけど、僕も一緒に遊ぶからさ、初見で遊ばないかなって思って」
確かに湊さんがいれば、私が気が付けてない答えをさりげなくヒントを出してくれたり、最短ルートを道案内してくれたり、どうしても倒せない手強い敵をさらっと倒してくれたりしますけれども。
「・・・・・・。いいの?久々のお休みを、そんなふうに使って」
他にも良い休日の過ごし方はあるはずだ。良い天気だから、一緒に買い物に行ったっていいし、私の趣味に付き合わずに、仕事の日にできていない湊さんのしたかったことをするには、絶好の日であるというのに。
「僕がしたいこと、だよ。唯花と一緒に、このゲームを遊びたい」
そう言って微笑まれると、もうダメだった。ゲームがアップデートしている間に飲み物を用意して、ゲームのオープニングや最初の説明の間に、コントローラーを交代しながら、お行儀は悪いけれどもサンドイッチをモグモグ食べる。
しばらくは私主体でコントローラーを操作していたのだけれど、疲れてきたので湊さんとコントローラーを交代した。ソファに寄りかかって、テーブルの上にさりげなく用意されていたお菓子と飲み物を飲みながら、ゲームをプレイしている湊さんを眺めていたら、気がついたら私の瞼は閉じていた。
ゲームの続きを遊んでいる夢を見ていたけれど、どうしても話の整合性が合わないことに違和感を覚えたら、目が覚めた。ポーズ画面で止まっているゲーム画面は、どうやらストーリーが進みそうだから止めてあるらしい。
少しだけ身じろぎして、ふんわりと身体の上にかかっている毛布に顔をうずめて、目だけ出して、ちらっと湊さんの方を眺めると、ノートパソコンを膝の上に乗せて、私を起こさないように静かにタイピングしている様子から、仕事をしているようだった。
少し陽が暮れかかってきた夕日が、マンションの部屋の中に射していて、すこしだけ湊さんの顔が夕日に照らされていた。その姿が美しすぎて、どうしてこんなにすごい人が、私のことが好きなんだろうと何億回も繰り返してきた疑問が、私の頭の脳裏をよぎる。
「あ、起きた?ストーリー進みそうなところまで進めておいたんだけど、唯花があんまりにも気持ち良さそうに寝てたから、起こせなくて」
私が起きていたことなんてとっくに気がついていたみたいではあったけれど、仕事に少し区切りがついた段階で声をかけてきたらしい。パソコンをパタリと閉じると、テーブルの上において、背中の筋肉を伸ばすように腕を上に上げた。
「このあとはどうする?夕飯ならコンシェルジュに頼んであるから、夕飯の準備は気にしなくて良いけど」
どうする、と聞きながらも、湊さんは答えは決まってるんでしょう?という感じですこしいたずらっ子のような表情で聞いてくるし、私だって答えは決まっている。
いつだって、湊さんは私が望む日々を提供してくれる。
だから、私も湊さんが望む生活を提供できていたらいいなぁと思う。
なんでこの人が私のことをこんなに好きなのか、わからないけれど。
私も湊さんのことが大好きで、大切だから。
この日々を大切にして、この先も毎日を過ごしていく。
改めて、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!
2015年の5月5日に何気なく暇だったので書き始めた作品が、こんな年月を経て完結することになるとは、9年前の自分には到底想像していませんでした。
というか、正直、6話目で唯花に「こんなシスコンになるなんて聞いてない!」って叫ばせて終わらせる予定だったんですけど、今までの作品よりもお気に入り件数が多少多かったからという理由で続きのプロットを立てはじめたのがすべての始まりです。
そして、この年月の間に何度も未完で良いかなぁと思ったのですが、応援してくださる皆さんのおかげで「絶対に完結させるんだ・・・!」と思って今日の日を迎えることができました。
本当に、本当にありがとうございました。
完結というのは、作品の最後の打ち上げ花火といいますか、そういった感じだと私は思っているので、皆さんも下の⭐︎印を押して評価に参加してもらったり、感想とかレビューとかを描いて、最後のお祭りに参加していただけると嬉しく思います。
(あと、もしよろしければ、感想にいつ頃から読んでますっていうのを書いていただけると、その時から読んでくださってるんだ・・・・!ってなるので、書いていただけると嬉しいです。というか、その感想だけでも嬉しいです。最近の方でも最近から読み始めてくれてるんだってなるので嬉しいです)
また、時々でも作品のことを思い出していただけると作者冥利に尽きます。
いつか番外編を書くかもしれませんので、その時にも読んでいただけると嬉しいです。
最後になりますが、本当に、本当にありがとうございました。




