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第四十三話


 体全体に力が満ちている。

 アルカが走り寄ってきた。


「ちょっと凄いじゃない! あいつに何かされたみたいだけど、それでも貴方は勝った!」

 

 彼女は俺の勝利を心から喜んでくれているらしい。ありがたいことだ。だけど、最終的にはアルカとも戦うことになるだろう。勝者は一人だけだから。けれど今は勝利の余韻に浸らせてもらうことにしよう。


「ありがとう。ちょっと苦戦したけどね、何とか勝てたよ」

「あの槍使い、貴方に何したの?」

「彼に切り付けられてから体が一段と重くなった気はしたけど。毒か何かじゃないのかな。そんなに気にならなかったけどね」


 元から腕が鉛のように重かったわけだし、痛みを伴うものでもなかったから勝利してしまった今ではあまり気にならない。 


「許せないわ! そんなのルール違反じゃない!」


 けどアルカは違うみたいだ。まるで自分に起こったことのように、怒りを露にしている。残念ながら敗者である槍使いの男は早々に何処かへ消えて言ったのだが。怒りの矛先をどこに向ければ良いかわからず、アルカは地団太を踏んでいる。


「落ち着きなよ」

「でも!」


 苦笑いしつつ彼女をなだめる。俺のことで怒ってくれるのは嬉しいのだが、怒りを溜め込んだままだとこれからの試合にも支障をきたしてしまうだろう。何とか落ち着いてもらう方法はないものか。

 女性の扱いなんてものを俺は全く知らないし、そもそも片手で数えられるくらいの女性としか会話らしい会話をした記憶が無い。これは参った。

 どうしようかと逡巡した挙句、俺は悪手かもしれない一手を選び出した。苦肉の策ではあるが、それ以外には思いつかないのが現状だった。

 俺はアルカの頭を撫でた。

 彼女の動きが止まる。かっと顔が赤く染まる。


「俺のことで怒ってくれるのは嬉しいけど、今は試合に集中しよう」

「あ、う、うん! そそそっそうよね。今は集中しないとね」


 頭を撫でられただけでこれだけ焦るとは。アルカはかなり初心であるらしい。純粋とも言える。美少女なのに珍しいな。そんな感想を抱いてしまう。美少女は腹黒い。そんな偏見を抱いているのは僕くらいのものかもしれないけど。

 アルカも落ち着いたみたいだし、俺も気を切り替えて戦闘モードに入る。大図鑑上巻はどうしても手に入れたいのだ。それがあれば道具屋復興の大きな助けとなってくれるはずだから。

 

 すぐに次の試合が始まった。



「でね、俺はそいつにこう言ったんだよ。お前の剣はもう見切った、てね」

「ほほう」

「相手の喉元に剣の切っ先を向けて試合終了。いや、我ながらスタイリッシュな勝ち方だったよ」

「そうか」

「いやちょっと。少しぐらい俺の話しに耳を傾けてくださいよ。こうして大図鑑を手に入れてきたんですから」


 試合を終えた俺は王宮のおっさんの元まで戻ってきた。試合を優勝した俺の武勇伝をおっさんに語っているわけだが、無気力な表情をした彼は全く興味がないようだった。

 あれからどんな試合が行われたか、と言うのは特に語る必要も無いので割愛させていただく。【鬼剣術】を手に入れた俺と互角に戦えるものなどあの場にはいなかったのだ。アルカなら結果はわからなかったが、彼女と戦うはずだった決勝戦は、彼女が棄権したことでないものとなった。ヨイチには勝てそうに無いわ、と彼女は笑った。

 元々賞品が欲しかったわけではないらしい。力試し的な意味合いで挑戦したとのことだった。

 賞品を手にして王宮まで歩く途中、俺の隣にはアルカの姿があり、傍から見ればまさしくリア充状態だったわけだが、実際は俺が彼女に説教をsれているだけだった。

 曰く、無茶しすぎ。曰く、引き際を考えて戦うのが一流の戦士。曰く、私に心配かけるなんて何様のつもりよ……みたいな感じのことを延々と言われ続けた。

 で、王宮にたどり着くなり彼女は回れ右で町に消えていった。今日はもう家に帰る、とのことらしかった。俺に説教するためだけに王宮まで付き合ってくれたのだ。それはありがたいと思わなくては。

 後日一緒に依頼を受けよう、そんな約束を交わして俺たちは別れたのだった。


「ま、見た目以上にはやり手ってことだな。一々説明する手間が省けたのは、俺としてはありがたいぜ」

「そうそう。もっと褒めてよ。で、今日はこの依頼を受けようと思ってさ」


 おっさんは俺が依頼書を差し出すと若干顔をしかめた。


「おい、もう直ぐ夕暮れ時、日は直ぐに落ちるぞ。やる気が在るのはいいが、暗くなっちゃ採取だってままならねえだろ」

「暗くなったら直ぐに帰るよ。それに期限まではまだ時間もあるし。だめだったらまた明日ってことで」

「勝手にしやがれ。ほら、受理は完了だ。ま、気をつけていけよ」

「うん。ありがとう」


 不真面目っぽい態度ながらおっさんの仕事は迅速だ。複数の書類にささっと筆を走らせ、手続きを完了させてしまった。美人の受付もいいけど、俺は多分これからもおっさんの受付を利用するだろう。美人に目を取られすぎると、理乃に怒られちゃうかもしれないし。


 で、依頼書に書かれていた採取素材を大図鑑・上巻で探す。

 薬草。

 白い土。

 黒い土。

 受けた依頼は上記のものを集める、と言うものだった。それぞれの採取以来を一つずつ受けるよいも報酬がいいので、素材採取のノウハウを把握することも含めてそれを選択した。

 図鑑にはもちろんきちんと載せられている。


 薬草 回復薬の材料。潰して液状にし、それを傷口に直接塗り込んでも効果がある。

 白い土 白色の土。塗油薬の材料。

 黒い土 黒色の土。塗油薬の材料。


 簡素な説明に図が添えられている。採取できる場所についてはおおざっなことしか書かれていない。薬草であれば日差しが良く当たる、緑の豊富な地面、とかだ。白い土や黒い土に関しては魔力濃度がどうたら、とか書かれているが詳しいことはわからない。

 が、見た目がわかっただけでも俺にとっては十分だった。

 俺は王宮を出て町の出入り口に向かった。日が沈むまで後一時間と言ったところか。門番の男性にも早く戻ってきた方が良いとの忠告を受けた。その辺は肝に銘じておく。


 町の周辺は開拓の後が見られるが、それ以外は殆ど林だ。道が何本か伸びており、そのそれぞれが別の町などに続いているものと思われる。

 適当に見当をつけ林を進む。五分ほど歩くと開けた場所に出た。草原だ。見覚えのある草が所狭しと生えている。薬草だった。

 道具袋の中に次々と詰め込んでいく。大図鑑に記されていたことだが、薬草を取る際は根元の部分を残すようにするのがマナーであるらしい。そうすると時間がたつにつれまた採取できるようになるらしい。

 満足いくくらいの量の薬草を手に入れた。これで依頼の分はもちろん、イルナの道具屋で使う分もまかなえるだろう。

 で、次は白と黒の土なわけだが。

 

 魔力濃度がどうたら、と言うのはひとまず置いといて、これらの土は草原にはないらしい。土と言うからには地面の中にあるのだが、魔力を帯びた特殊な土であるためその土では植物が育たないのだとか。

 だから厳密には草原にはない、と言うわけではなくて、草の生えている場所にはない、というわけなのだ。

 辺りを見回してみると、草原の中にポツリと数箇所、草の生えていない場所を発見することが出来た。

 我ながら運が良い。良すぎるくらいだ。土系は実力の低いものでも集められる素材であるのだが、薬草などの植物と比べると発見するのが少し難しい、と図鑑には書かれていた。それは俺には当てはまらないらしい。

 剥き出しになっている地面だが、見た目は普通の土だ。この地面を掘り返せば特殊な土を手に入れることが出来る。ここで重大なことに気がついた。掘り返すも何も、俺はスッコプなんて持ってないじゃないか、と。

 苦肉の策では在るが仕方ない。俺は自分の腰に下げてある愛剣ドラゴンエッジを優しく撫でた。刃こぼれしないこの剣はスコップ代わりにもなるのだ。剣士としてあまり褒められた行為ではないと思うが。

 ざくざくと掘り進める。あっという間に色のついた土を発見することが出来た。白い色をした土だった。

 別の場所に移動して更に掘る。今度は黒い土だ。地面の露出した場所はまだある。後三十分くらいで日は沈むだろうが、町に戻るのには五分あれば事足りる。もっと掘ろう。


 掘り終えて町に戻る。手に入れた土は黒、白、赤、青、黄、緑だ。これに紫が加われば塗油薬の材料となる土は全部コンプリートしたことになる。図鑑情報だ。

 町に戻る。丁度日が沈んだ。門番の男が声を掛けてくる。


「良かった。ちゃんと戻ってきたんだね」

「はい。何とか」

「夜道は暗いから転ばないようにね。それじゃ」

「ありがとうございます」


 門番の男に手を振り、道具屋を目指す。依頼の剣に関しては報告するのは明日になってからでいいだろう。まさか俺が既に依頼を終えているなんて思ってもいないだろうおっさんは、きっと驚いてくれるに違いない。

 確か道具屋はこの細い道を進んで先にあるはずだ。俺は確信を持って進む。月が顔を出し、空から俺を眺めている。人の数が格段に減り、俺の周りには人っ子一人見えない。

 で、五分後。俺は未だに道具屋にたどり着けないでいた。おかしい。俺は確かに方向音痴だが、それは地図が読んだ場合に限ったことで、地図を読まずに適当に歩けば必ず目的の場所にたどり着けるはずなのだ。

 運とかそういう曖昧なものを信じるのもどうかと思うが、俺は昔から自分のその力に助けられてきたし、さっきだってすぐに薬草なんかを見つけ出すことが出来た。だから信憑性のある力だとは思う。

 なのにどうしてたどり着けないのか。


 疑問に思いながらも進む。

 なんだか凄く腹が空いてきた。そういえばイルナの家でお茶を飲んでから何も食べてない。食料は神秘の道具袋の中にあるが、それを道中で食すというのはいかがなものか。

 どうしよう。そこで閃いた。そうだ、理乃に連絡すればいいんだ。俺と彼女は特殊な契約で繋がっており、頭の中で話すとそれが直接相手に繋がる。それをつかえば理乃に迎えに来てもらえるはずだ。


『理乃、聞こえる? ちょっと道に迷っちゃって。迎えに来てほしいんだけど。あれ、理乃ー? 聞こえてないのかな』

『…………』


 返事が聞こえない代わりにどうやらお怒りらしい理乃の顔が浮かんできた。何故だろう。彼女を怒らせてしまうようなことを、俺は何かしてしまったのだろうか。

 そう言えば常に連絡を取れると言うことは、それこそ一時間おきくらいに連絡を取っていてもいいわけで。となると、理乃は俺がこの時間になるまで連絡をよこさなかったことに怒っているのだろう。


『もしかして怒ってる……よね。ごめん。連絡しなきゃだめだったよね。だけどつい忘れちゃってさ。連絡なかったら心配するよね、そりゃ。ほんとうにごめん』

『……次からは気をつけて。今回は許してあげる』


 どうやら許してもらえたらしい。久々に理乃の声を聞いた気がした。

 道具屋を出てから結構な時間がたっているわけだし、もし立場が逆だったら俺は理乃のことが心配で心配でしょうがなかっただろう。理乃は俺が強いってことは十分わかってるはずだから、心配だったと言うよりは、連絡をよこさなかったことが不満だったのかもしれない。理乃のことを蔑ろにするつもりはなかったけど、要反省と言うことで。


「迎えに来たよ」


 暗がりの中に突如として理乃の姿が現れる。聖霊である彼女は契約者である俺の元にいつでも来ることが出来るのだ。凄い能力である。


「いや、ありがとう。どうにも道具屋が見つからなくてね。いつもなら迷うことなんて無かったんだろうけど」

「そ……そういうこともたまにはある」

「え。まあそうだよね」


 理乃の反応がなんだかおかしかった。けど特に気にするほどのものではなかったから、俺は理乃に案内されて道具屋まで歩く。少しの間離れていただけなのに、理乃と会うのが凄く久しぶりのことのように感じた。それくらい、今までの俺と彼女の距離は近かったのだろう。


「あ。リノ、ヨイチ」


 道具屋兼イルナの自宅となっている建物に到着した。中に入るとイルナが椅子に腰掛けて紅茶を飲んでいた。


「遅くなってごめん」

「いいのいいの。心配してたのはリノちゃんの方だし。ヨイチはあんなに強いんだから放っておいても大丈夫だって私は行ったのにね~」

「イル、余計なことは……」

「あはは、わかってるよ」


 イルナのことをイルと呼ぶ理乃。どうやら二人はかなり仲良くなったみたいだ。

 そしてありがたいことに、イルナは俺たちをこの家に住まわしてくれるらしい。これも理乃とイルナが仲良くなったおかげだろう。俺一人じゃ女の子の家に泊まらせてもらうなんて絶対に無理だったろうし。


「そういえばヨイチ、依頼はどうだったの?」


 食事をしている最中にイルナが俺に聞いてきた。理乃も興味深そうにこっちを見ている。


「うん。出だしは上々だよ。採取依頼をひとつ受けて、必要な素材はもう集めたから、明日の朝一で報告に行ってくるよ。大図鑑も手に入れたし、幸先いいんじゃないかな」

「うわ。話には聞いてたけど、ヨイチってかなり運がいいんだね。大図鑑ってかなりのレアアイテムだよ?」

「……代一は凄い」


 女の子二人から尊敬の眼差しを受ける俺。いいぞいいぞもっと褒めろ。


「だけどリノはもっと凄いね。どれだけ合成を繰り返しても全然疲れないんだもん。今日一日だけで薬草全部を回復薬にしちゃったんだよ。驚いたね私は。しかも全部最高クラスの品質だし」


 イルナの中では俺よりもリノのほうが凄いようだ。そりゃそうか。俺がいくら素材を集めても、それを合成できる魔力を持った理乃がいなければ道具屋は成り立たないわけだし。 

 食事が終了し、今日のところは風呂に入って寝る、と言うことになった。イルナが家に主として一番風呂に入っている間、俺と理乃は二人きりで話をしていた。


「イルナとはどう? 上手くやっていけそう?」

「うん。イルナはいい子だから。大丈夫。代一はどう、友達できた?」

「うっ……。中々痛いところをついてくるね。多分まあ、いつかは出来るんじゃないかな」


 友達。それが本当に出来るのか、俺にはわからない。いや、アルカがいるから彼女が友達ならばもう既に一人出来たことになるんだけど、あの子は女の子だし。そのことを言うと理乃に怒られそうだし。まずは男の友達を一人作ろう。それが目標だ。


「大丈夫だよ。代一なら」

「そう、かな」

「代一のことを少しでも理解できる人がいれば、だけど。でも安心して。私は代一のこと、ちゃんと知ってるから」


 理乃はそういって俺に寄りかかってきた。体が密着し、心臓がどくどくと脈を打つ。

 別におかしな行動じゃない。理乃は俺に行為を持っているのだから。それに俺だって、理乃のことが好きだ。


「理乃……」

「ん……」


 向き合う二人。頷き、まぶたを閉じる理乃。

 思えばキスをしたのは千年樹のスプリガンと戦ったあの日だけだ。もちろんそれ以降もキスをしたい、と思う場面は何度かあったのだが、それは俺の欲望を彼女に押し付けてみるみたいで何だか嫌だった。

 でも今は、キスをしてもいい場面であるらしい。お互いのことが好きで、それでキスを重ね、次はもっと凄いことを……。で、いつか二人はもっと強い絆で結ばれる関係になる。

 そういうものなのかもしれない。

 欲望に身を任せたその瞬間――


「いや~~いいお湯だった。次の人どうぞ~~ってあれ……? あれれ? もしかして私、何かいけないときに現れちゃった?」


 風呂上りのイルナが現れた。


「イル……空気を読んで」

「り、リノ。怒ってる?」

「……ふん」


 あからさまに不機嫌そうな顔をする理乃にひたすら謝り続けるイルナ。キスが出来なかったのは残念だが、まあそれでよかったのかもしれない。

 まずはこの三人で道具屋を復興させることに全力を尽くそう。他の事を考えるのはそれからだ。それからでも、きっと遅くはないのだから。


「じゃあ次は俺が入るよー?」


 未だに誤り続けているイルナ。返事が無かったので俺は先に風呂に入ることにする。

 湯気を立たせる湯船を前に、俺は思った。これって美少女の残り湯じゃないのか、と。

 その日は悶々としながら一夜を過ごした。



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