第四十二話
一回戦が終了し、勝ち残った勝者だけで二回戦目が開始される。
残ったのは二十人くらいだ。その中に俺とアルカがいる。見た目地味でパッとしない俺と、外見は華奢な美少女である彼女。だがその実力は恐らく上から数えた方が早い位だろう。
俺と戦った剣士は、かなり名の知れた猛者だったらしい。
通り名を”凍つく刃”と言い、卓越した剣技を用いて一切の容赦なく相手を切ることから、まるで凍てつく氷の刃を振るっているようだとその名が付けられたらしい。
格好良いじゃないか。
俺はあだ名なんて付けられたことないから、少しうらやましい。
この世界では力を持つ者は自然と通り名で呼ばれるようになるらしい。俺の名前はこの世界風じゃないみたいだから、俺も通り名で呼ばれるよう努力してみようなかな、何て思う。
「あなたと戦うことになるのは間違いなさそうね。けど、手加減なんてしないんだから」
戦いを眺めていたアルカが言う。
俺と彼女が勝ちあがれば、いつかその二人が刃を合わせることになるのは自明の理である。
全力を出すわけではないが、本気で戦うとは思う。けれど、少しだけ気がかりなことがあるのだ。
「どうかしたの? 凄い汗よ」
心配そうに俺を見てくるアルカに、なんでもないよと微笑む。
だが、流れ落ちてくる汗は、俺の身体に異変が起こり始めていることを示している。
何が起きていると言うのか。
腕が痛む。
骨が焼けるような、尋常ではない痛み。
次第に立つことさえ困難になった俺は、アルカの視線を甘んじて受け、地面に腰を下ろした。
俺の身体に何かが起きていることは最早疑いようのない事実だ。
痛みにもだえながら、何とかステータスを開く。
痛みの原因が何かわかるかもしれない。
いつものように頭の中に文字が浮かんでくる。
荻野代一:レベル50
スキル :【鬼剣術】人の域を超えた剣術。圧倒的な力で剣を振るう。技などは存在せず、ただの剣の一振りで敵を断つ。
……どうやらスキルが新たな形に進化したらしい。レベルが50になったことがその切っ掛けとなったようだ。
それにしても、だ。
この痛みは尋常ではない。アルカに気づかれないように何とか顔に出さないよう努めるも、それでも苦痛の色が少しにじみ出てしまっているらしく、彼女は俺の顔を覗き込む。
「本当に大丈夫? 具合が悪いんだったら休んだ方がいいわよ」
「問題ないよ、これくらい」
強がってはみたものの、正直この状態で戦うのはきつい。
そう思っていたとき、腕に走っていた痛みがその形を変えた。重く鈍い痛みが走り、腕全体が鉛の塊のように重く感じられる。痛み自体は減ったが、これでは普段どおり剣を振ることは出来そうにない。
ちょっと不味いな。
痛みが減ったことで大分マシになった頭で考える。棄権するか。それともこのまま戦うか。
恐らく進化したスキルに俺の体が適応しようとしているのだ。それを扱える身体へと変化しようとしている。その反動がこの痛みで、ならば俺はそれを甘んじて受け入れなければならない。
しかし、このまま戦うとすれば”凍てつく刃”との戦いで見せた動きを再現することは出来そうにない。
周りからは俺が手を抜いているように見えるだろう。
どれくらいの時間痛みが続くのか。もし後数分で痛みが止まるのだとすれば、そこに勝機を見出すことが出来る。
だがあと一日、もしくはそれ以上の期間痛みが続くのだとすれば、この戦いからは身を引くべきだと言える。
どうしようか。
変に意地をはる必要はないのだということは重々理解している。手に持つ剣が酷く重たいもののように思える。レベルアップする前の俺が剣を握ったら、同じくらいの重さを感じたことだろう。
先ほどの戦いでも俺は身体能力に頼りきった戦いをしてしまった。身体など本気で鍛えたことは無い。剣の練習などしたことがない。なのに、俺はあの剣士相手に圧勝してしまった。
もし俺にレベルの補正がなければ、スキルの恩恵がなければ、きっとこの世界で俺は、すぐにその屍を晒すことになっていただろう。
だから与えられたこの力を、俺は疎ましく思ったりはしていない。
けれどまあ、これからもその力を振るっていくのなら、一度くらいは自分自身の力だけで戦ってみるのもありなんじゃないだろうか。
スキルの効果はまだ発動していない。腕の痛みが消えるまで発動はしないのだろう。
剣という武器が、とても頼りないもののように感じる。
仕方ない、と腹をくくる。
痛むのは腕だけで、足腰は十二分によく動く。もし危なくなれば、それを活用して避けるなり逃げるなりすればいい。だから”俺の剣”で敵と戦ってやろうではないか。
命を掛けた戦いではないが、それでも少し前まで一般人だった俺からすれば、割と思い切った選択だ。
「名前、呼ばれたわよ。ねえ、本当に大丈夫? 辛かったら棄権した方がいいと思うけど。怪我とかしちゃったら大変だし……」
「ありがとうアルカ。だけど心配要らないよ。俺だって男だからね、ちょっとぐらい不調でも、戦い抜いてみせるさ」
心配してくれている少女相手にちょっと格好つけて言う。少し背伸びしてるくらいが俺らしくていいんじゃないかな、何て今は思う。
頼りない腕で剣を握り、敵となる男の待つ、広場の中心に向かう。
相手は俺よりも少し年上くらいの、若そうな男だった。武器は槍だ。”凍てつく刃”と比べるとかなり弱そうである。
「よろしく」
俺はそう声を掛けたが、相手は卑屈な笑いだけを俺に返してきた。俺の実力はさっき目にしているはずだから、多分恐怖を感じているのだろう。男の額からは汗の玉が流れ落ちている。
けれどこうして向かい合っていると言うことは、何か勝機を確信しているのだろうか。見た目からすると陰湿そうな、あまり仲良くはしたくないタイプの人間であるように見える。
人を見た目で判断しちゃいけません。子供の頃はよく言われたけど、やっぱり俺は人の見た目を気にしてしまう。
美少女だったら仲良くなりたいし。男はまあ、あんまりイケメン過ぎると嫌だな何て思う。
あいつらって顔がいいってだけでモテるんだからほんとうらやましいよ。なんて偏見を抱いたこともあるし。
今の場合、明らかに陰湿そうなこの男は何か卑怯な手を仕掛けてくるんじゃないかな、何て考えたりしてしまう。
まあ、警戒しておいてそんはないだろう。
審判の合図で試合が始まる。
男は間合いを計っているようで、槍を構えながらも攻撃はしかけてこない。
俺は剣を構えて相手を見るが、腕が思うように動かず、剣の位置を固定することも難しいので、切先がゆらゆらと揺れてしまう。それを相手に悟られないように、上手く足を動かし一定の距離を保つ。
先に仕掛けてきたのは相手の男だった。
槍を俺の胸に向けて突き刺すように放ってきた。剣でその軌道を逸らそうと思ったが、すぐに諦めて横に跳んだ。腕の動きが遅く、あのままではもろに攻撃を受けてしまっていただろう。
男は俺の動きがおかしいことに気づいたようだった。君の悪い笑みをよりいっそう深めて俺を見ている。
前の戦いの俺なら、今の攻撃くらいなら簡単に弾いていただろうし、違和感を持たれて当然だろう。
男も、俺が中々攻撃をしかけてこないから十分な間合いを取った上で攻撃を仕掛けてきたのだろうし。
で、もしかすると俺が体調に問題を抱えており、さっきのような動きをすることが出来ないのではないか、と言うことに気づいてあんなふうに笑っているのだろう。
この状態で戦うと決めたのは俺だが、やっぱり状況は厳しい。相手の男も弱いというわけではなく、たださっきの剣士と比べると見劣りすると言うだけで、動き自体はかなりいい。
気を抜けば一瞬で負けてしまう。
――さて、どう戦うか。
――――
私は彼の動きに違和感を感じていた。
先ほどの”凍てつく刃”との戦いでヨイチは、思わず声を上げてしまうほどの実力を見せ付けた。
だから、今回の試合はそれこそ一瞬で決着がついてしまうに違いなかった。観客たちもそう思っていたことだろう。
どうやらヨイチは体調が優れないらしい。
私といたときも凄く汗をかいていて辛そうだった。私は後悔し始めていた。彼を止めればよかった、と。具合が悪いのならきちんと休ませるべきだったのだ。
だけどもう遅い。戦いは始まってしまい、それを止めることはもう出来ない。どちらかが勝ち、もう一方が負け、戦いに決着がつくまでは。
頑張れ、と心の中で思う。
私が戦っていたとき、ヨイチは周りが私のことを女だからと馬鹿にする中で、一人だけ私のことを応援してくれた。
彼にとってはなんでもない行動だったのかもしれないけれど、私にとってはとても嬉しいことだった。
昔から鍛錬を積んできた。実力はそれなりにある。女だからと言うだけでそれを否定されるのは辛かったし、腹立たしかった。けれど逆にそれを認めてくれる人が現れてみると、今までの苦労も悪くはなかったのかな、なんて思えてくるのだから私は単純だ。
一見すると地味な外見をした冴えない男。けれどその内側は、人としての温かみに溢れている人。
まだ会って間もない間柄。数回言葉を交わしただけであるのだが、何となくそう思えてしまう。
手に汗を握り試合を眺めていると、槍を持つ男がなにやら不穏な動きを見せ始めた。
よくよく見なければ気づけない怪しげな動きだ。
私は目が良いのでそれに気づくことが出来た。
ヨイチは中々攻撃を仕掛けず、しかし相手の攻撃を避けはするので、疲労しているのはどちらかと言えば槍の男の方。
苛立ちを露にしている槍の男は、大きく前に踏み出すのと同時に、足元の小石をヨイチに向かって蹴り飛ばした。
傍目には偶然意思を蹴りつけてしまったようにも見える。けれど私にはわかる。あれは間違いなくわざとなのだと。
ヨイチは咄嗟に石を避けたが、迫る男の槍をかわしきることは出来ずに、腕にかすり傷を負ってしまった。
彼の腕から血が流れる。
あの武器は刃引きされているはずだ。けれど、偶然皮膚が切れてしまうと言うこともあるのだろう。だが、槍の男の攻撃はそれほど鋭いものでもなかった。もしかすると、あの武器には刃がついているのかもしれない。
私は目がいい。生まれ持っての才能のようなものだ。そのおかげでここまで強くなることができた、と言っても過言ではない。
そんな視力を用いても、激しく動くあの槍、その刃がきちんと刃引きされた状態であるのかを確認するのは難しい。
ヨイチの顔色が目に見えて悪くなっていた。
今までは苦痛に悶えている様なそんな表情だったが、それよりもさらに体調が悪くなったような感じに見える。
男からの攻撃を受けた瞬間から、ヨイチの顔色は変わった。
これは偶然だろうか。
ヨイチの体調が急に悪くなったと言うことも考えられるが、あの男が毒か何かを槍に仕込んでいたとも考えられる。どちらも確証の無い予測だ。私は今、戦いを見守っていることにしか出来ない。
ヨイチの動きが鈍くなっている。攻撃だけでなく、回避行動までもが覚束なくなっているのだ。
やはり、槍の男が何かをしたのだろう。
このままでは不味い。またあの槍の攻撃を喰らえば、状況はさらに悪化してしまうだろう。
どうする。戦いを止める?
私は自分に問いかけた。ヨイチのことを考えるなら、そうしたほうがいいのだろう。
私は一歩前に踏み出した。
が、その場に留まり、それ以上進むことはなかった。
私は見てしまったのだ。ヨイチの目を。
彼の目は全く諦めていなかった。体が動かなくなり、後はただやられるのを待つだけ、そんな状況で彼はまだ勝機が訪れるのを待っていた。いや、それを引き寄せようとしているのである。
彼の意思を汲むと言う点では、このまま見守っているしかなさそうだった。
こんな戦いで無茶する必要なんて無いのに。私はそう思いながらも、少しだけヨイチのことを格好良いと思ってしまっていた。
けど、この戦いが終わったら思いっきり怒鳴ってやるのだ。賞品は魅力的だが、体調が悪いのを隠してまで戦いきる必要のある状況ではない。
もっと自分の身体を大切にする、と言うことを彼に教えなくてはいけない。私はそう思った。
連続で繰り出される槍での突きに、ヨイチは疲労し、その動きはさらに鈍くなっていった。
攻撃を何度か受け、頬に傷も出来てしまっている。
誰もが彼の負けを確信していたと思う。もうだめだ、と。あの状況から持ち直すことはできないだろと。
ただ私は、漠然と彼の勝利を予想していた。こんな状況になっても諦めることをしない彼に、きっと神様は微笑んでくれるはずだと思ったから。
結果的に、私の予想は当たっていた。
だけど、そんな私でさえ驚く方法で、試合は終了したのだった。
突然吹き荒れる風。それはヨイチを中心に巻き起こっているように見えた。
驚く観客たち。私も驚いた。槍の男も驚いてたし、ヨイチも驚いていた。
いや、何で貴方が驚いてるのよ。
そう思ったのは私だけではないはずだ。
風が止むと、ヨイチの様子はまるで逆転していた。
まさに万全と言った感じの佇まい。剣を握る腕には力が漲っていて、何と言うか凄く力強い印象を私は受けた。
彼の取った行動はたった一つ。
剣を横なぎに振るっただけである。
それだけの行動で、槍の男は行動不能となった。
ヨイチと男の距離は十メートルほど離れていたのに。
彼の剣から衝撃波みたいなものが発せられ、それが槍の男を吹き飛ばしたのである。
あんな隠し技があったなんて! 私は驚き半分、尊敬半分といった感じでヨイチを見た。
「……今のは技じゃない。剣圧だ」
したり顔で呟くヨイチ。その表情は何となく憎たらしく思えたけど、それよりも彼の勝利が嬉しくて、私は彼の元に駆け出したのだった。




