第三十九話
掲示板の前に立ち、貼り付けられている数多くの紙切れを見つめる。
さて、どの依頼を受けようか。
採取系の依頼は数が割りと豊富だ。
薬草を集める、と言う依頼の数が多い。報酬は低めであるようだ。数が多く、頻繁に消費されるからだろう。
赤い土、黒い土、白い土を集める、何て依頼もある。
土に何か特別な力があるのだろうか。俺の知っている土とこの世界の土は違うのだろうから、詳しいことは説明を聞いてみないとよくわからない。
これだけ多くの合成材料についての知識を、おっさんからの説明だけで補うと言うのは些か無理があるような気がする。
最初はそれでもいいのだろうが、後々にはきちんとした情報源を確立させる必要がありそうだ。
「さあ、もうすぐ締め切るよ! こんなチャンスは滅多にないからね、挑戦したい人は早く集まってね!」
人だかリが出来ている。
何か催し物でもあるのだろうか。気になったので近づいてみる。
「おお、にいちゃんも挑戦するのかい?」
「え、いや」
「はいはい、ここに名前書いてね」
人だかりの中心にいた男に記入用紙を手渡される。
なんだか強引な人のようだ。
用紙には、名前だけが上から下に続いている。一番の下の空欄にヨイチと書いた。
「はいはい、これで受付終了だ! さあさあ、試合の始まりだよ。外の広場に移動してね」
男はそういうと、人ごみを先導し外へ歩いていく。
よくわからないが、ついていったほうがいいのだろう。いちおう俺も、エントリーしたことになっているのだろうから。
「何が何だかわからないって顔してるわね」
ふと声を掛けられる。
俺と同じように人の流れに従って進んでいるうちの一人が、声を掛けてきたようだった。
女性が一人、俺の方を向いている。
「まあね」
「やっぱり。あなたね、周りに流され易いのはあんまり感心しないわよ」
「う……すいません」
それは俺も気にしていたことだ。
何と言うか、俺は押しに弱い。自分の意思を表に出すことも滅多にないから、普通は誰かの指示に従ったり、人の流れに身を任せたりしていた。
この世界にきてからもそれは変わっていない。剣を扱えるようにはなったが、人との接し方は何ら進歩していないのだ。
「説明するとね、これは一種の見世物なのよ。不定期だけど、時々行われるのよね。賞品を提示して、それを目当てに集まってきた戦士たちを戦わせる。観客たちはそれを見て喜ぶ。戦う側も勝利すれば賞品が手に入るから……まぁ悪くは無い話。だけど、それはきちんと戦える人に限った話よ」
そう言うと、女性は目つきを鋭くして俺を見る。
女性、と言うよりは少女と言ったほうが正しいか。年齢的には俺とそう大差ないように見える。
細身の剣を腰にさしている。俺と同じ剣士であるようだ。装備は革製。シンプルだが、その分丈夫そうである。
背は俺と同じくらい。シュッとした体型をしている。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「あ、ごめん。ちゃんと聞いてるよ」
少女の外見に気を取られすぎていたらしい。
不機嫌そうに彼女は俺を睨んだ。
「全く。だから、あなたはちゃんと戦えるのかって聞いてるのよ。武器はあるみたいだし、装備もしっかりしてるみたいだけど、あなた自身ははっきりいって凄く弱そう。生半可な覚悟で挑めば、こんな試合でも酷い怪我を負うことになるんだからね」
どうやら俺のことを心配しているらしい。
だけど、俺の隣を歩いていると言うことはこの少女も試合とやらに参加するのだろう。
女の子なのに大丈夫なのだろうか。
「……今私のこと、女なのに大丈夫なのかなって思ったでしょ」
少女は怒りをあらわに俺を睨む。
これはいけないと、慌てて弁明しようと試みるも、彼女はそれさえ聞いてくれなかった。
「女だからって見下すのはやめて。もしあなたと私が戦うことになっても、手加減なんて必要ないから。そんなことしたら、私はあなたのことを殺しちゃうかもね」
と、何だか物騒な言葉を残して少女は俺の前から消える。
会話らしい会話すら交わさずあれほどまでに嫌われるとは。俺の女運の悪さは相当なのかもしれない。
思えば恋人なんて出来たこともなかったし。
そうなると、理乃との出会いは俺にとって唯一の例外だったと言える。いや、イルナも悪い子じゃなさそうだしな。
今の少女だって、思い込みが激しい性格のようだが顔立ちはまさに美少女だった。
「ついに俺の時代が……」
何て呟く俺を、周囲の人が横目で見てくる。
何と言うか、不審者を見るような目つきだ。
少女に怒鳴られたせいで、もともと注目が集まっていたらしい。それでこの台詞となると、なるほど確かに変態だ。
俺には少女に罵られて喜ぶなんて性癖は無いのに。
ちょっと落ち込みながら歩く。
広場に到着すると、係員らしき男が中央に立ち、こほん、と咳払いをした。
「えー、ではでは皆様。これが賞品の〈大図鑑上巻〉でございます。これがあればありとあらゆる合成素材についての知識を得ることが可能になります。ぜひぜひ、ご奮闘を」
名簿を手にした男が前に出る。
そして二人分の名前を読み上げる。
呼ばれた二人が前に出て、試合が開始された。
武器は支給されたものをつかうようになっているらしい。武器の性能差で決着がつくこともあるだろうから、公平さを重んじた戦いであると言うことなのだろう。
純粋な力、技術だけで戦うのだ。
それにしても、あの大図鑑とやらはまさに今の俺にとって必須とも言えるアイテムである。
あれがあれば、わざわざおっさんからの説明を聞かなくても素材集めを行うことが出来る。
ぜひ欲しい。
「……あ」
乾いた声が漏れる。
先ほどの少女が剣を構えて立っている。彼女の前には、動物園から抜け出してきたんじゃないかと思えるほどの野性味溢れる巨漢が一人。
勝敗は明らかなように思える。だが、少女はまったく気圧された様子すらなく、相手を睨みつけている。
「なんだありゃ。勝負にならねえよ」
と、誰かが言った。
そうだそうだ、と周りもそれに同調する。
「女は引っ込んでろっ!!」
何て罵声も放たれる。
悔しそうな少女の顔。
……彼女が俺に怒鳴ったその理由もわかるような気がする。女だと言うだけで人から見下される。そんな経験を彼女は何度もしてきたのだろう。
俺は男だからわからないが、地味だと言うだけで図書委員に選抜される苦しみはよくわかる。
彼女は相当辛い思いをしてきたのだろう。
歯を食いしばり怒りに身体を震わせる彼女は、段々と視線を上げ、俯きがちになっていく。
これだけの罵声を浴びれば戦う意思もそがれると言うものだろう。
俺は息を吸い込んだ。
「がんばれっ、勝てるぞ!!」
俺の言葉が少女に届いたかはわからない。
そもそも彼女の名前を知らないわけで、どっちに対する声援かもわかららないわけだし。
けれど少女は顔を上げた。ふと、彼女が俺の方を見た気がした。
そして試合が開始された。




