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第三十一話

 

 大地に根をはりめぐらせて、少しずつ前へと進行する千年樹のスプリガン。

 試しにその身体を切りつけてみる。ガン、と俺の手に衝撃が走る。刃は弾かれ、幹には傷一つついていない。


 通常の攻撃では何らダメージは与えられないようだ。

 まあ、それは最初からわかっていたことである。


 炎を使うのも論外だ。これだけ巨大な木に火をつけること事態大変な作業であるし、全体に火が回りきるまでには相当な時間を要してしまう。

 恐らくだが、この魔物を倒すためには、俺は自分を奮いあがらせる必要がある。

 今は理乃が危険な状態に陥っているわけではない。千年樹のスプリガンの進行が彼女の生命に直接関わるわけでもない。

 〈ディヴァドラグ〉のときもそうだが、俺の強さは、彼女を守ると言う気持ちを元に高まるのである。


 ならばどうやって自分を奮い立たせるのか。

 思い出すのは、小さき友人、デルマのことである。彼は明るく快活で、身の丈ほどもある斧を振り回すほどの力持ちで、そして、俺を信じてこの場を任せてくれた男でもある。


 彼には家族がいる。妻がいて、娘がいる。そして弟がいる。父に託された村があり、彼を慕う村人たちがいる。

 彼を助けてくれと、俺はレオリナとエルナに頼まれた。もし俺が千年樹の進行を食い止められなければ、その全てが壊れることになる。種族の危機なんて途方も無い言葉には、何の感情もわかない。だが、一つの村、そこに暮らす人々と言う小さなものに対して、俺の心は震える。


「……後には引けない。やるしかない。失敗はない……」


 呟いて、自分に言い聞かせる。

 背水の陣、とでも言うべきなのだろうか。今この瞬間が、戦いの最後の幕となる。

 死した族長が俺に残した願い、デルマが俺に向けた信頼、彼の家族が俺に託した守りたい人に対する思い。

 出来る、出来るさ。

 心からそう思える。俺の魂が、それを可能だと断言している。ならば俺はただ、この剣に全てを込めるだけである。


「――〈王咬閃〉」


 剣身から漆黒の閃光が溢れ出す。全力を込めて、それを最大限にまで高める。空気が揺れる。空間が軋むほどの強大な力が、如何なる敵をも打ち倒さんと、その形を刃へと変える。


「――終わりだ!」


 限界にまで止めたそれを、言葉と共に上空へと解き放つ。刃は巨大な幹に喰らいつき、それを切断する。下から上へと、まるで空に引き寄せられるように上っていく。

 

 剣を地面に突き刺す。それを支えに、俺は何とか体のバランスを保つ。漆黒の刃は今だ上昇を続けている。俺には頭を上げる余力すら残っていない。だが、俺は勝利を確信していた。


 理乃が俺に駆け寄ってくる。

 彼女に支えられて、俺は空を見る。雲が割れ、そこから朝日がのぞいていた。

 〈王咬閃〉――その刃は千年樹のスプリガンの巨体を真っ二つに両断し、そして空高くへと消えていく。


「勝った、みたいだね」

「……うん。頑張ったね」


 理乃が俺の頭を撫で、回復呪文をかけてくれる。

 普段なら恥ずかしがっているところだが、途方も無い達成感により、それを気にする余裕さえなかった。


 ぐら、と眼前の巨木が揺れる。

 魔物化したことによって得た生命をなくし、倒れようとしているのだ。切断面からは赤い液体のようなものが零れ出していて、それが次々と地面へと落ちてくる。

 

 これは不味いんじゃないか、と俺が思ったときには既に、俺を抱えた理乃が遠く離れた場所まで移動していた。

 流石だな、と思いつつ、千年樹の最後を眺める。


 傾き、地面に倒れる。その過程で、千年樹の幹はバラバラに砕けた。細かい粒子にまで分解され、それが地面へと降り注ぐ。

 何かと思って俺はその光景を眺めていた。赤い液体が染み込んだ上に、粒のようなものが次々と落ちる。

 そして変化が訪れる。


「――凄いね、これは」


 荒れ果てていた地面に、緑が溢れ出す。

 その時俺は悟った。赤い液体の正体は肥料のようなもので、細かい粒のようなものは種だったのだと。

 一瞬にして、荒野は草木の生い茂る大森林へと姿を変えた。これが異世界。何て不思議なところなのだろう。


 〈千年樹〉は魔物化し、森を喰らいつくした。あのスプリガンの大群は、そうして生み出されたのだろう。

 その破壊の後で、再生をもたらしたのである。巨大な幹から出来た種の数は膨大だった。破壊された森以上の緑が生まれたことだろう。


「……終わったんだね」

「ああ、何とか約束が果たせたよ。理乃も俺も、今回はちょっと頑張りすぎた気がしないでもないけどね」

「……ん、頑張ったで賞受賞かも」


 理乃の〈パーフェクト・ヒール〉により回復した身体で、彼女の頭を撫でた。微笑んだ彼女の言葉に、俺はたまらなくなって噴出す。


「くく、理乃は相変わらずだなぁ……」


 何だか間の抜けた彼女の言葉に、たまらなく癒されている俺がいる。ノームたちに迫る危機は消滅し、俺たちの仲は深まった。

 辛く苦しいこともあったが、これで良かったのかもしれない。


「おーい!! 大丈夫かー!!――って何だよこりゃっ!?」


 地下空間の入り口から、デルマが姿を現す。こちらに駆け出してきた彼は、視界一杯に広がる緑を見て、足を止めて目を見開いた。


「何だか凄いことになってやがるな……」

「千年樹のおかげだよ、この緑はね」


 俺たちに近寄ってくるデルマ。驚きも大分おさまったようで、彼はぴょんとジャンプすると、俺の肩を手で叩いた。


「ヨイチお前っ!! まったくやってくれやがったな。畜生、俺はどうやってもお前への感謝を言葉に出来る気がしねえぜ」

「僕への感謝もいいけど、君の家族にも感謝してね。君の事、本当に大切に思ってるみたいだからさ」

「へっ、言われなくてもわかってるさ!――と、他の奴らも来たみたいだな」


 デルマが出入り口を見る。すると、そこからノームたちがぞろぞろと現れてくる。


「「「「おーーい!!――って何だこりゃ!!??」」」」


 皆一様に足を止め、驚愕に表情を染める。


「あはは、反応がデルマと一緒だ」

「たくっ、あいつら少し驚きすぎだぜ」

「……デルマの方が驚いてた」

「うん、リノの言うとおりだね」


 俺たちの言葉に、そうかもしれねえな、と笑うデルマ。ノームたちは次々に俺たちの方に近づいてきて、そして溢れんばかりの笑顔でそれぞれの感謝の気持ちを告げてきた。

 そして、それは彼、ウルクも例外ではなかった。


 一人だけ集団からはずれ、いそいそと俺たちの方に近づいてきた彼は、相変わらずの不機嫌そうな顔で俺たちにこう言った。


「……お前らのおかげで村は、俺たちは無事でいられた。感謝する」


 と、それだけの言葉だった。

 だが、その短い言葉に彼の気持ちが凝縮されているのを、俺も理乃も感じ取った。

 デルマが彼の頭を殴り、もっと素直になりやがれと怒鳴る。そんな光景を笑いながら見ていた。

 

 次に近づいてきたのは、レオリアさんとエルナの親子だった。


「ヨイチさん、リノさん、本当にありがとうございます。貴方たちのおかげで、私たちは村を失わずに済みました。といっても、損害は甚大でしたが、皆で力を合わせてどうにかしていきます」


 千年樹のスプリガンのせいで、地下世界の村も被害を受けていた。それを元通りに修復するのは難しいことだろうが、不可能ではない。

 時期族長となるデルマが正式に族長となるのもそう遠いことではないだろう。村が元に戻るのにも、そう時間は掛からないはずだ。


「お、お兄ちゃん……」


 レオリアさんの影に隠れていたエルナが、俺に向かって言った。

 お、お兄ちゃん……? 俺はその言葉に、感じたことの無い高揚を覚える。何だこの感情は。まさかこれが恋――


「代一……?」

「いやいや、エルナは可愛いな。うん、妹みたいに可愛い。家族的な意味で可愛いなほんと」


 だからね理乃、そんなに冷たい視線を向けないで欲しいな。


「か、可愛い……!?」


 と、俺の言葉を聞いたエルナが顔を真赤にさせる。うんうん、エルナは可愛いぞ。お人形みたいだ。ぜひ抱っこしてみたい。理乃がまた睨んでくるが、これは別によこしまな感情ではない。可愛いものを愛でたいと思うのは、人として当然の感情なのである。


「あ、あの、ありがとう……! お父さんを助けてくれて……村を守ってくれて、本当にありがとうございます……!!」

「うん、どういたしまして」


 顔を真っ赤にしてそう言ったエルナの頭を優しく撫でる。これぐらいなら理乃も怒らないらしく、僅かに微笑んでその光景を眺めている。

 恥ずかしそうに俺の手を払おうとしたエルナだが、その際に手と手が触れ、さらに顔を真赤にさせてしまった。俺の手を両手で握ったまま、彼女は固まってしまって動かない。


「あ、あ、私……すいません」


 はっとしてわれに返り、エルナは俺の手を離す。良かった、もう少しで理乃ガ怒り出すところだった。


「いいんだよ、謝らなくて」


 そういって微笑むと、彼女は顔を赤くしたまま、再びレオリナさんの後ろに隠れてしまった。

 そんな平和な光景に、俺は再度、戦いの終わりを実感したのだった。



 


 翌朝。

 昨日は崩壊せずに残っていた村の建物で一泊した俺たちは、身支度を済ませて地上へと出てきていた。

 見送りには、デルマとレオリナさん、そしてエルナだけが来てくれている。エルナが眠気に負けそうになりつつ必死に目を開いている様子からわかるように、今はかなり早い時間帯だ。

 あまり大勢に見送られるのも性に合わない気がしたので、特に親交の深かった彼らにだけ来てもらうことにしたのだ。


 俺たちの前に立ったデルマは、さっきからしきりに鼻をすすっており、今にも涙を流してしまいそうな感じである。

 ノーム族は情緒豊かで、案外涙脆いのかもしれない。


「ヨイチよぉ、俺はお前にあえて嬉しいぜ。お前が村を救ってくれた英雄だとかは関係無しに、お前と知り合えて嬉しいんだ。なあ、俺たちは仲間だよな。そうだろう?」

「もちろんだよ。仲間で、友達だ」

「ああ、そうだよなぁ。畜生っ、目から汗が止まらないぜ……っ」


 そんな俺たちの隣では、レオリナさんと理乃が会話をしている。


「リノさん……ヨイチさんのこと、しっかり支えてあげてくださいね。彼はお強いですけど、それは力の強さです。女は常に心を強く持って、男の人を支えてあげないとね」

「はい……!」


 そしてデルマの後ろからエルナが姿を現す。彼女は俺に近づくと、服の袖をぎゅっと握り、上目遣いに俺を見つめる。


「また……会えますよね……?」


 瞳を潤ませている少女の頭を、俺は優しく撫でる。


「大丈夫。絶対にまた会えるよ。そして今度は一緒に遊ぼう」

「っ!……はい……凄く、た、楽しみです……っ」

「エルナ……」


 俺の言葉にエルナは、笑顔と泣き顔をごちゃ混ぜにして、しかしはっきりとわかるように俺に微笑んだ。

 また会いにこよう。健気とも言える彼女の姿に、俺はそう心に決めた。


 そして別れのときがきた。

 俺たちの姿が見えなくなるまで、三人は手を振り続けてくれた。丘を下りれ道を進む。デルマから話を聞いて、俺たちはノーム領から出ることを決めていた。

 次の目的地は――


 と、俺たちの前に見知った男が現れる。

 ウルクである。最初に出会ったときのように、彼は俺たちの前に立ちふさがり、そして俺たちを交互に睨む。


「……ふん」


 そしれ鼻を鳴らし、俺に何かを投げてよこした。


「……これは?」

「俺には必要ないものだ。お前らの役には立つだろう……じゃあな」


 それだけ言って去ろうとするウルク。


「ちょっと待って」

「……なんだ」

「一つ、頼みたいことがあるんだけど……」


 そういってあることを彼に頼んだのである。


――――――


 デルマは代一の姿が見えなくなっても手を振り続けていた。

 そして村に戻る。一時間ほどは椅子に座って崩壊した村を眺めていた。これを修復するのには、実際問題かなり金が掛かる。

 だが、そんな金はどこにもない。元からこの村は、王のおさめる大空洞からは一番離れており、はっきり言って田舎だ。

 村人たちもほとんど自給自足で生活しているし、あまった金などどこにもない。

 となると、王に直接要請するか、別の村の族長に交渉を持ちかけ、村の復旧を手伝ってもらうほかない。

 これは大きな借りとなってしまうだろう。


 誰かが部屋の扉を叩く。


「入って良いぞ」


 そういうと、扉がゆっくりと開く。

 入ってきたのはウルクだった。


「こりゃ驚いた。まさかお前が俺の部屋に来るなんてな。で、どうした?」


 彼は俯きがちにデルマを見る。

 その姿に、デルマは遠く昔のことを思い出した。


 まだ二人が幼く、まだ二人の仲がよかったときのこと。大切にしていた石をなくしたウルクがデルマになきついてきて、そして、今みたいな顔でデルマのことを見つめていた……。


「……俺たちは協力するべきなのかもな、兄貴(・・)」


 兄貴。そう呼ばれたのは何年ぶりだろうか。もう遠い昔のことのように思える。が、懐かしさは無い。そう呼ばれるのが当たり前のように、デルマは感じていた。

 兄弟とはそうあるべきだと、彼はずっと思っていたのである。


「はんっ、そんじゃまずは、二人で族長どもに頭を下げに行くか。うちの村じゃこれだけの損壊を修復することなんて出来ないからな。たく、貸しは作りたくねえってのに。親父だってそう言って……」

「貸しならもう作っちまったよ」


 とウルクが言う。


「ん? どういうことだ?」

「あ、相手は族長どもじゃなし。俺たちのよくしる奴らだけどな」


 ウルクは重そうな袋を引きずってきて、デルマの前においた。そして袋の口を開き、やれやれと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「……これは大きな借りだな、兄貴」

「――畜生あいつらめっ! まったく、どこまで俺たちのために……っ!」


 袋の中には、溢れんばかりの宝石がおさまっていた。それは、〈深獄〉で偶然手に入れたものである。

 デルマはすっかりその存在を忘れていたのだが、確か取り分は三分の一ずつのはずだったと思い出す。

 しかし、彼の前にある宝石の山は、三分の一どころかあの場で手に入れたほとんど全てに近い量だった。


 ノームにとって宝石は富の最たる証である。

 これだけあれば、村を完全に元通りにしてもおつりがくるだろう。


「……お前の言うとおり、これは大きすぎる借りだぜ。いつかしっかり返してやらないとな――」


――――――


「……代一」

「ん、どうしたの?」


 ウルクに宝石を託した俺たちは、次なる目的地へと向かい歩みを進めている。

 宝石はほとんど渡したが、実は少しだけ残しており、それをいつか加工して理乃にプレゼントしてやろうと俺はもくろんでいる。

 宝石自体にはあまり興味のなさそうな理乃だが、贈り物となれば喜んでくれるはずだ。


「わくわく、するね?」


 初めて会ったとき。あの時は、森を抜けるときもお互いびくびくしながら歩いていた。

 だが、今は違う。胸の高鳴りすら感じるほどだ。


「――ああ、そうだね」


 楽しみだ。

 そんな思いを胸に、俺と理乃は進む。


 次なる目的地――人間の住む土地を目指して・




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