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第三十話


 他のスプリガンとは違い、根を足のように器用に動かして移動している黒色のスプリガンは、明らかな自意識を持っているように見える。

 枝の色も黒く、樹皮が剥がれた部分からは血のような赤が見え隠れしている。葉は一枚も無く、冬の日の枯れ木のように寂しいか身体をしている。


『理乃、聞こえる?』


 俺は頭の中で理乃の顔を思い浮かべ、そして彼女の声を送る。返事はすぐに返ってきた。


『どうしたの?』

『変わった個体を見つけたんだ。全身黒色のスプリガンだよ』

『それって、もしかして……』

『うん、かもしれない』


 思い出されるのは、忽然とその姿を消した〈千年樹のスプリガン〉のことである。

 姿を縮ませたのではないか、と言うのが俺と理乃の考えだった。つまり、あの黒色のスプリガンが千年樹のそれなのではないか、と俺と理乃は思ったのである。


『取り合えず、戦ってみるよ』

『……私は他の雑魚たちを蹴散らす……怪我、しないでね……?』

『もちろんだよ。そっちこそ、気をつけてね』

『うん、わかった』


 そして会話は終了する。

 雑魚を蹴散らす、とは中々物騒な言葉であるが、その直後に俺の心配をしてくるあたり、彼女の優しさを伺うことが出来る。

 さてと、と気を入れなおし、そして剣を構える。


 黒いスプリガンの背後から近づき、そして、鋭い刃を横薙ぎに振るう。阻まれると言うことを知らない【ドラゴンエッジ】の刃は、今回もまた敵の身体を容易く切り裂く……ものだと思っていたのだが。


 ガキン、と同等の硬度を持つ物質同士がぶつかり合った音が響き渡る。見ると、黒いスプリガンは腕となる枝で俺の攻撃を受け止めており、赤い目のようなものを俺に向けていた。

 俺は攻撃の手を緩めず、さらに一撃を加えるが、それも防がれてしまった。奴の枝には、一切の傷すら付けられていない。

 驚きに俺の動きが鈍る。鋭く尖った枝が俺に向かってくる。


「くっ……」


 後ろに飛んで攻撃をかわす。

 まさか【ドラゴンエッジ】の刃が通らないとは。俺の技量が足らない遠いこともあるのだろうが、少なくとも今までのスプリガンとは比べ物にならない硬さを、あの黒色のスプリガンは持っている。

 一筋縄ではいかない相手であるようだ。


「なに……?」


 黒色のスプリガンの体がぶれる。次の瞬間、奴は俺の視界から消えうせた。背筋に走る悪寒。俺は咄嗟に振り返り、武器を構える。

 ガン、と衝撃が体中に伝わる。いつのまにか俺の背後に回っていた黒色のスプリガンが、俺に向かってその枝を突き立てていた。何とか剣で防御したものの、あと一瞬でも反応が遅れていたら危なかった。


 地面に、抉られたように窪んでいる箇所がある。恐らく、あの驚異的な速度は、地面を強く蹴ることによって生まれたものであるようだ。

 いったいどれほどの脚力を持っていればそんな瞬間移動まがいのことが出来るのか。

 と言うか、黒色スプリガンのそれは足ですならない。あれは根だ。本来であれば地面の中に伸び、そこから動くことさえしない部位だろうに。


 相変わらず魔物には驚かされる。

 黒色スプリガンの正体は今だ不明だが、強敵であることには違い無い。手を抜いている場合ではなく、俺も全力で行かなければならない。


 〈心眼・極〉を発動させる。急に緩やかになる黒色スプリガンの動き。僅かな足運びだけで繰り出される攻撃をかわす。

 少しずつ、タイミングが掴めて来た。


「ここだっ!!」


 黒色スプリガンの攻撃をかわし、がら空きの身体に〈風神斬り〉を繰り出そうとする。

 が、心眼により俺はその場からとび退いた。攻撃は完全にかわしたと思ったのだが。

 直後、俺のいた場所に、地面から黒い枝が突き出てくる。黒色スプリガンの体から三本目の枝が生えてきていて、それが地面の中に入り込んでいた。

 にや、と魔物が笑ったような錯覚に陥る。


 奥の手、と言うわけか。くそ。中々の強敵だ。

 だが俺にも、奥の手の一つや二つはある。今度は俺がお前を驚かせてやる番だ。


 再び黒色スプリガンと切り結び、〈幻影剣〉を発動させる。薄らと霧のようなものが発生して、それが一箇所に固まり、剣の形を成す。

 黒色スプリガンは俺との斬りあいに意識を向けているようで、背後に現れたその剣に気づいている様子は無い。


「――ま、喰らっといてよ」


 生み出された剣を操り、それで黒色スプリガンを、背後から思い切りきりつける。

 がくん、と前のめりになった魔物に、俺は渾身の〈風神斬り〉を放つ。


 風を纏った刃が目にも留まらぬ速さで十二回、空気を切り裂く。黒色スプリガンの強固な枝が削れる。ががが、と音が響き、見舞われた衝撃によってスプリガンの身体は後ろに吹き飛ばされた。

 宙を舞う枝は、その体から切り離されている。


 残った片方の枝を地面に刺し、黒色スプリガンは立ち上がる。そして俺に顔を向け、枝が切断され短くなった腕を激しく振るわせた。

 折れたところから、新たな枝が生えてくる。先ほどよりも長くなったそれは、まさに槍のようである。

 まただ。また、魔物が笑ったような気がした。


「はは、凄いね」


 再生するなんてこと、まあ考えていないわけではなかった。俺は既に黒色スプリガンに接近しており、そして次の技を放つ準備を完了させていた。


 ――〈乱れる稲妻〉――


 バチバチと、雷を帯びる剣。その切っ先を、魔物に向けて突く。ただそれだけの行為を、より早く、より多く繰り出す。

 火花が散る。閃光のように放たれる無数の突きはまさに稲妻のようであり、それは魔物の体を確実に削っていく。


 漆黒の幹が砕け、枝は折れる。粉砕された欠片が辺りに飛び散る。がくがくと身体を揺らす魔物は、何の抵抗も出来ずにいる。

 剣の切っ先が動きを止めたとき、黒色スプリガンの姿はところどころこげており、欠けてぼろぼろになっていた。


 樹皮も剥がれ、赤い何かがその体の中で蠢いているのが見える。苦しそうにもがく黒色スプリガンは、その身体をぶるりと震わせて――

 

 ――そして全てが白色の炎に包まれた。


「え……!?」


 と乾いた声が漏れる。

 なんだ、何が起こったのだ。

 轟々と、と言うよりかは、静かに燃える白色の炎が、俺すらをも巻き込みつつ、点在する魔物たちを残らずその餌食にしている。

 だが、俺にダメージは一切いない。寧ろ優しい温かさを感じるくらいなのだ。これた多分、理乃の〈白炎世界〉だろう。


 〈合体スライム〉を倒した呪文〈ホワイト・エンド〉の進化版であるから、それはもう強力な呪文なのだろうと思ってはいたが、これほどまでのものとは思ってもいなかった。


 スプリガンたちはかなり遠くまで広がっていたが、それらを全て、白色の炎は飲み込んでしまっている。

 これはまさしく白い世界。世界を白く染め上げる最強の炎……。


『ぶい……』


 頭の中に声が響く。

 自慢げに胸をはり、ピースサインを向けてくる理乃の姿を、俺は容易に想像することが出来た。


 炎が消えていく。

 俺が相手をしていた黒色スプリガンも炎に包まれており、その命はもう尽きているものだと俺は思っていた。

 しかし、消え行く炎を背景に、その漆黒のシルエットが浮かび上がる。赤い何かを燃え上がらせて、苦しみに身体を震わせている。

 まるで悪魔のような姿だ、と俺は思った。


 直後、光が空に向かって立ち上る。

 黒色のスプリガンの足元から、膨大な数の根が発生し地面に突き刺さる。まさか、と思い、俺は後ろに跳んだ。


 その直後、巨大な木が出現した。

 見上げると、その頂点は雲よりも高いところにある。

 太く巨大な幹。それを覆う樹皮は、まるで岩であるかのようにゴツゴツとしている。


 間違いない。〈千年樹のスプリガン〉である。

 やはり姿を消したのではなく、姿を縮ませていたのだ。そして、黒色をしたスプリガンとして戦場を闊歩していた。

 そして今、再び元の姿に戻ったのである。


 その巨大な身体は最早、僅かに残る理乃の白炎をもろともしていない。動きが鈍くなった代わりに、体が巨大になり、防御力も格段に上がった、と言うことだろうか。


「理乃……」


 気づけば、俺の隣に彼女の姿があった。


「これは予想以上……。〈白炎世界〉は次の発動までかなり時間を置かないとだめ……どうする?」

「うーん……俺がやるしかないみたいだね。理乃の呪文じゃ決定打は与えられないだろうし」

「……できるの?」


 理乃が目を輝かせて俺を見てくる。

 彼女に期待されていると言うだけで、俺のやる気はマックスぶっちぎりだ。できるかどうかは正直わからなかったが、これはもうやるほか無い。


「こいつを切り倒したら、あと百年ぐらいは木材に困りそうに無いね」


 何てことを、挑発的に笑いながら言う俺。

 やっと俺も、度胸がついてきたようだ。理乃にはまだまだ及ばないだろうが、ここぞと言うときにしり込みするほど愚かではなくなった。


「――やってやるさ、千年樹。お前を切り倒してやるよ」


 

 

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